上 下
30 / 37

第30話 それを愛と呼ぶなんて、私は絶対認めない!!

しおりを挟む
 セルガ伯爵はツツクラ様へ選択を迫ります。
 それはどちらを選んでも、行きつく先は同じもの……。

「君を生かしていても悲しみが生まれるだけだ。私の手によってあやめられるが良いか? それとも、正式な裁判ののちに、縛り首になる方が良いか? どちらを選ぶ?」

「ふ、ふざけるんじゃないよ! 私は死ぬもんか。ああ、死ぬもんか! この胸に焦がれる思いに身を預け、心も体も焼き焦がして生きてきたんだい! 何もない私じゃ、お前の心の片隅にすらいられない。だから、普通じゃない私でお前の心宿り続けるために生き続けた! そうだってのに! お前は私の全てを否定した!! だから、この絶望から生きて、生き抜いて、お前の心に宿ってやる。宿ることで、お前を蹂躙してやる! これが、これが、これが、私の――」


 ツツクラ様は息を吸うも吐くも滅茶苦茶にして捲し立てています。
 いつだったでしょうか、ツツクラ様はこう仰っていました。

 恐怖では人の心は支配できないと。
 彼女にとって、セルガ伯爵は恐怖の象徴だった。
 だから、彼から遠くにある場所に逃げた。

 でも、彼を思う心を忘れられず、彼が興味を抱くであろう情報を集めていた。
 いつか、愛する彼の瞳に、自分の姿が映るように。

 逃げたいのに、見てもらいたい矛盾。

 そのために彼女は人の道を踏み外した。
 奴隷を売り、尊厳を踏みにじり、狂気に身を投じ、それによって貴族や富豪たちの弱みを手にして、いつか訪れる再開の場で、セルガ伯爵の記憶に残る存在になるつもりだった。

 全て、彼を愛するあまりにおこなった非道……。

 恐怖である対象に、愛されたいと思うがための悪逆。

 愛が、老婆ツツクラを狂わせ……愛?
 これが愛?

 カタカタと、私の心から音が聞こえてきます。
 それは恐怖で蓋を封じたはずの感情。
 詰まっているのは悲しみ・憎しみ・怒り・絶望……そして、愛。

 お父さんとお母さんから頂いた愛。
 とても暖かく、時にくすぐったく、ちょっぴり照れちゃうもの。
 そんな大切な思いを封じていた。

 だって、お父さんやお母さんやエイラちゃんのように、惨たらしい死に方をしたくなかったから。
 愛に身を任せれば、蓋は開き、同時に悲しみや憎しみや怒りや絶望が飛び出してきます。
 そうなれば、理性を失い、破滅する。
 

 だから、恐怖によって蓋を締めていた。きつくきつく締めていたはず。
 それなのに――――愛?

 何ですか、愛って? 愛によって恐怖を忘れ、狂気に染まった?
 なんですか、それ? なんですか、それ?

 私たちは、老婆の愛の犠牲になったと言うんですか?
 そのために大勢が痛みにさいなまれ、死んでいったと言うんですか?

 お父さんは燃やされ、お母さんは内臓を引きずり出されて、エイラちゃんはバラバラにされて、ティンバーさんは首の骨を折られた。
 全ては、たった一人の女性の狂った愛のために?

 これが愛? 愛? 愛?
 私の蓋の中に眠るものと同じ、愛?


――同じはずがない!!


 お父さんがくれた愛は痛くなかった! お母さんがくれた愛は悲しくなかった!
 ただ、微睡まどろみのような暖かさに包まれ、穏やかだった。
 そんな愛が――――あんな、独りよがりな狂気と同じはずがない!!


 蓋が、蓋が外れる。きつくきつく締めていたはずの蓋がカタカタと、ガタガタと音を立てて外れる。
 奥底に眠っていた愛が、恐怖で縛り付けていた蓋を、蓋を、蓋を!


 ああ、両手に愛が伝わります。ギシギシと大斧のを締め上げて、の先にまで伝わります。
 悲しみと憎しみと怒りと絶望が愛と交わり、殺意が全身にほとばしります。


「うあぁぁあぁぁぁあぁぁぁぁぁ!!」

 私は咆哮しました。獣のように吠えました。
 大斧を大きく振り回す。憎むべき老婆を消し去るために!

「みんなを、かえせぇえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」

 斧は振り抜かれ、老婆は臓腑の雨となって散らばる――――はずでした。
 ですが、斧は老婆の赤き瞳の前で止まり、彼女の虹彩にやいばの光を反射させて、瞳孔に刃先を映すのみ。

 止めたのは、一本の長剣。

 の向こう側には、セルガ伯爵の姿。

「その感情に飲まれ、命を奪えば、君の大切な人々を穢すことになる」
「…………あ……」

 私は掠れるような声を漏らし、斧を地面に落として、その場にへたり込みました。
 瞳から涙が溢れ、頬を伝い、ぽたりぽたりと落ちて、太ももを濡らしていきます。
 小さく頭を動かし、私の前に立つ男性の姿をぼやける視界にとらえます。

 彼はただ、私を見つめる。
 彼は私のことなんて全く知らない。それなのに、私の心の全てを知っている。
 なんという方でしょうか。
 
――敵わない
 
 それは武力や知識というわけではありません。生命いのちの有り様として、まったくもって敵わないと感じました。
  
 伯爵は剣を再び鞘に戻して、こう語ります。
「もはや、剣を振るう必要もなくなったな。君の思いが、ツツクラの心を斬った」
「え?」

 老婆へ顔を向けます。
「あああああ、はあああああ、ああああ」

 彼女は口をだらしなく開けて、だらだらと涎を流していました。
「あの、一体どうされたんですか?」

「君の心の悲鳴に耐えられなかったのだろう。正気を失ったようだ。さすがは猫族のドワーフ。役目を遠い過去に捨て去っていても、力を失っていなかったか」
「力?」

「それに、籠められたのは君だけの思いではないからな。ツツクラの犠牲になった者たちの悲鳴が、君の声に宿り、心を斬ったのだろう」
「みんなの……」


 私は岩の地面にへたり込んだまま顔だけを上げて、奇妙な笑いを漏らしながら涎を垂れ流し続ける老婆を見つめます。
(こんなに弱弱しいなんて……私は、この人の何が怖かったんだろう?)

 たしかに恐怖していたはず。その恐怖に心を縛り付けられていたはず。そうだというのに、その恐怖が思い出せない。
 呆然としている私へ、セルガ伯爵が手を伸ばしました。

「さぁ、手を。冷たい地面に座り続けるのは体に毒だ」
「え、えっと……ありがとうございます」

 相手は敵であっても伯爵様。畏れ多いと思いましたが、何故か最初に抱いた彼に対する恐怖心は霧散していて、僅かな戸惑いはありましたが手を借りて立ち上がりました。

 伯爵はディケードさんの遺体に顔を向けます。
「できるならば、友人であった彼の願いを聞き、君を見逃してやりたいが……」
「……いえ、その必要はありません。事情はどうあれ、私もまた罪人です。だから、全てを受け入れます」


 たとえ、子どもであっても、死罪は免れないでしょう。
 でも、いいんです。それだけの行いはしてきたので。
 それに、みんなの辛い思いを、老婆ツツクラにぶつけることができましたし。

 だから、もう、私は満足なんです。

 セルガ伯爵は無言のまま私に近づきます。
 彼は私の知る貴族とは違う御方。
 拷問なんてしないでしょう。きっと、楽に逝かせてくれる。
 私は目を瞑ります。
 
 そして、その時を待ちました。

 大きな気配が前に立ち……それは唐突に無くなります。
 いえ、気配はあります。
 なんというか、遮られていたはずの空間が急に開けたような?

 私は薄目を開いて、状況を確認することにしました。
 すると、瞳には信じられない光景が宿ります。


 なんと、セルガ=カース=ゼルフォビラ伯爵が膝をつき、私にこうべを垂れていたのです!
 そして、こう訴えかけてきました。

「猫族のドワーフよ、力を貸して欲しい。過ちを正すために助力を求めたい。この愚かな男を助けてくれ」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【R18】淫夢の城

月島れいわ
恋愛
背徳の官能物語

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました

結城芙由奈 
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】 私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。 2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます *「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています ※2023年8月 書籍化

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです

青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。 しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。 婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。 さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。 失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。 目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。 二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。 一方、義妹は仕事でミスばかり。 闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。 挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。 ※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます! ※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。

【完結】転生少女は異世界でお店を始めたい

梅丸
ファンタジー
せっかく40代目前にして夢だった喫茶店オープンに漕ぎ着けたと言うのに事故に遭い呆気なく命を落としてしまった私。女神様が管理する異世界に転生させてもらい夢を実現するために奮闘するのだが、この世界には無いものが多すぎる! 創造魔法と言う女神様から授かった恩寵と前世の料理レシピを駆使して色々作りながら頑張る私だった。

キャンピングカーで往く異世界徒然紀行

タジリユウ
ファンタジー
《第4回次世代ファンタジーカップ 面白スキル賞》 【書籍化!】 コツコツとお金を貯めて念願のキャンピングカーを手に入れた主人公。 早速キャンピングカーで初めてのキャンプをしたのだが、次の日目が覚めるとそこは異世界であった。 そしていつの間にかキャンピングカーにはナビゲーション機能、自動修復機能、燃料補給機能など様々な機能を拡張できるようになっていた。 道中で出会ったもふもふの魔物やちょっと残念なエルフを仲間に加えて、キャンピングカーで異世界をのんびりと旅したいのだが… ※旧題)チートなキャンピングカーで旅する異世界徒然紀行〜もふもふと愉快な仲間を添えて〜 ※カクヨム様でも投稿をしております

天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】

田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。 俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。 「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」 そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。 「あの...相手の人の名前は?」 「...汐崎真凛様...という方ですね」 その名前には心当たりがあった。 天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。 こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。

処理中です...