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第11話 謎に疑問を問い掛けると真実を覗く
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ひと月が経ち、事務仕事に慣れてきました。
今日も早朝からお掃除です。
ですが、今日は珍しく、朝からまだ誰も来ていない事務所にツツクラ様がいらしていました。
私に気づくと、お茶を用意するように命じます。
「ルーレン、茶だ」
「はい」
彼女はこちらに軽く視線を飛ばし、すぐに戻して、机の前に積まれた書類に目を落としました。
私は給湯室に向かい、ラスティさんがお茶を淹れている姿を思い出しながら準備を行います。
そして、お盆に載せたお茶を手に取り、ツツクラ様の前に差し出したのです。
「どうぞ、粗茶ですが」
「それはおかしい気遣いだろ。お前が主で私が来客ならわかるが、これはうちのお茶だよ。私の扱うお茶を馬鹿にしてるのかい?」
「あ、す、すみません!」
「まったく、ずずっ……」
ツツクラ様はお茶を一啜りして、すぐに湯呑みを机の端に置きました。
「いや、たしかに粗茶だね。不味い」
「え!? ラスティさんと同じように淹れたつもりなんですが?」
「ちゃんと教えてもらったのかい?」
「いえ、見よう見真似ですが、手順は間違ってないはずです」
「お前は記憶力が良いから、手順はしっかり覚えていて間違ってないだろうね。だけど、それだけじゃ駄目なようだ」
「では、一体何が――」
「ふぁ~あ、はよ~、ルーレン」
と、ここで、ラスティさんが出社してきました。
彼女はツツクラ様の姿を目にしてすぐに畏まり、ぴしりとした挨拶を行います。
「ツツクラ様!? おはようございます!」
「まったく、緩んでるねぇ。ま、仕事さえしっかりしてくれれば問題ないが。ラスティ、お茶を淹れ直せ」
「はい、淹れ直す?」
「ルーレンに淹れさせたが不味くてな」
「そういうことですか、ただいまご用意致します」
ラスティさんは深々と頭を下げて、給湯室へと向かおうとしました
私はツツクラ様に頭を下げて、ラスティさんの後を追います。
「ツツクラ様、私も失礼します。埃が舞うとお茶に入るでしょうから、お掃除の方はお昼休みに、皆さんが食堂にいらっしゃる間に行いますので」
「ああ、そうしろ。でだ、今からお前は何をするつもりなんだ?」
「ラスティさんからお茶の淹れ方を盗もうと思います。では、失礼します」
もう一度頭を下げて、机に置いてある粗茶を回収し、私は給湯室へ向かいました。
言葉は聞こえませんでしたが、背後ではツツクラ様が少々気の抜けた声を漏らしているみたいです。
「盗む? ああ、目で盗むってやつか……板前じゃあるまいし、普通に教えてもらえばいいだろうに。あのガキは変わってるね」
――給湯室
私は目を皿のようにしてお茶の用意をしているラスティさんの姿を見つめます。
その瞳に、何故かラスティさんが怯えた様子を見せました。
「な、なに? どうしたの、睨みつけて? 私、恨まれるようなことしたっけ?」
「い、いえ、そんなことは。先程、ツツクラ様からお茶が不味いと言われたので、ラスティさんの技術を盗み、学ぼうと思いまして」
「はい? ぬすむ?」
「はい、技術は目で盗むもの。ですので、しっかり目に焼きつけさせて戴きます!」
ふんすっと、鼻息荒く漏らします。
この私の姿に、ラスティさんは眉間に皺を寄せました。
「目で盗むものって……ああ、ドワーフって職人が多いもんね。だから、そんな感じなのかな?」
「え?」
「直接教わるんじゃなくて、職人さんみたいに目で盗むことが普通なのかなって?」
「そうですね、学問は普通に教わりますが、手に職のような技術的なことについてはそうなります」
「お茶淹れはそこまで技術的なことじゃないんだけど……でも、私のお茶は事務所内で、私だけがツツクラ様を満足させることのできる特別なものだし。そうね~、簡単には教えて……」
ラスティさんは途中で言葉を止めて、考え込むような仕草を見せました。
お茶淹れといえど、ラスティさんにとってこれは、ツツクラ様から評価を得られるものの一つ。
となると、やはり貴重な技術で教えてもらえないようです。
と、思っていたのですが……。
思案を終えたラスティさんが、こう言葉を返してきました。
僅かに口端を上げて……。
「ま、いっか。直接教えてあげるよ、ルーレン」
「え!? いいんですか?」
「うん。まずは、ルーレンはどうやってお茶を淹れたの?」
私はツツクラ様に出したお茶の淹れ方を伝えます。
それを伝えるとラスティさんはふむふむとしながらも、ちょっと驚いた様子を見せました。
「ふむ、なるほど。いつも横で見られてたけど、しっかり盗まれてるなぁ」
「でも、ラスティさんのお茶みたいに美味しくは淹れられませんでした。何が足りないんでしょうか?」
「簡単だよ。温度」
「え、それには気を配ってましたよ? しっかりお湯を冷まして七十℃にしてから――」
「お湯じゃなくて、湯呑みの温度」
「そ、それもちゃんと事前に沸騰したお湯を湯呑みに移して、適温まで冷ましてからお茶を淹れましたよ」
「手順はいいよ、それで。でも、湯呑みの冷め具合は、その日によって微妙に異なるから」
「え?」
「寒い日や暑い日で冷ます時間が異なるの。今日の朝はいつもより?」
「暖かいです」
「だったら、もうちょっと冷ますべきだったかもね」
「なるほど、手順だけじゃなくて、その日その日の気温に左右される部分があるんですね」
「そういうこと。さて、講義は終わったから、ツツクラ様にお茶を出してくるね」
「ご指導、ありがとうございます」
ぺこりと頭を下げる私にラスティさんは微笑み、くっぱくっぱと手のひらを開け閉めして、お茶を届けに行きました。
お茶の淹れ方……これはラスティさんだけが、ツツクラ様を満足させることのできる技術。
それなのに、ドワーフの私なんかに教えてくれるなんて……やっぱりラスティさんはとても良い人で優しい人…………なぜ?
どうして、優しいの?
人間なのに?
三度目の疑問。わからない疑問は泡のように弾け消える。
ですが、わからないに対して答えを求めたら? そこに思考が生まれ、やがて正解に至る。
いえ、真実と言うべき事象でしょうか。
私はその真実を手にするために…………お茶を淹れたいと思います。
――――――
少し時間が経ち、皆さんが事務所へやってきました。
そして、黙々と仕事に従事します。
その中で、ツツクラ様がお茶のお代わりを求めました。
ラスティさんが席を立とうとしたところで、私が手を上げます。
「あのっ、私にお茶を淹れさせてもらえませんか!?」
これにラスティさんも皆さんも驚いた表情を見せます。
ツツクラ様に至っては驚きに呆れを交えて、言葉を多少強めに出しました。
「だから、お前は追い回しの小僧か?」
※追い回し――板前の修業で調理の担当は許されず、雑用に従事する役目。仕事中は質問する機会がないため、仕事時間であってもそれを惜しみ、板前らの技術を目で盗んだりする。最近では仕事の合間に教えてくれるところが増えているとか。
「へ?」
「いや、何でもない。お茶を淹れてこい、ルーレン」
「はい!」
給湯室に向かい、ラスティさんのご指導通り湯呑みの温度を温めすぎず、かと言って冷まさないように温度を調節して、お茶を注ぎ、それをツツクラ様にお出しした。
「どうぞ、お茶です」
「みりゃあ、わかるよ。ずずっ……うん」
ツツクラ様は事務仕事に戻りました。
何も言われませんでしたが、飲んで頂けたということはお茶に不満がなかったということでしょう。
私は小さく拳を握ります。
そんな私の様子をラスティさんは微笑みながら見守り――――主任のエバさんは苛立つ様子で、こちらを睨みつけていました……。
その後も、事務仕事のことはもちろん、他の細かなこともラスティさんからご指導を戴きます。
その甲斐あって、そつなく事務仕事を熟せるようになり、ツツクラ様からの評価を得ることができて、厳しいお叱りを戴く機会が減っていきました。
ですが、それに比例して、エバさんからの指導が厳しくなる一方。
ツツクラ様から評価を得るたびにエバさんの苛立ちが加速して、私に対するいじめも同様に加速していきます。
周りの方々も、エバさんに同調して私をいじめてきます。
ラスティさんは私を庇ってくれますが、それはあくまでも仕事の支障になると判断した時だけです。
ですが、それは仕方がありません。
仕事の支障という理由がなく私を庇えば、エバさんの矛先はラスティさんにも向かうでしょうから……。
――――いえ、矛を向けられているのは私だけじゃありません。そうです、見えざる刃は着実に、標的の首を切り落とそうとしていたのでした。
今日も早朝からお掃除です。
ですが、今日は珍しく、朝からまだ誰も来ていない事務所にツツクラ様がいらしていました。
私に気づくと、お茶を用意するように命じます。
「ルーレン、茶だ」
「はい」
彼女はこちらに軽く視線を飛ばし、すぐに戻して、机の前に積まれた書類に目を落としました。
私は給湯室に向かい、ラスティさんがお茶を淹れている姿を思い出しながら準備を行います。
そして、お盆に載せたお茶を手に取り、ツツクラ様の前に差し出したのです。
「どうぞ、粗茶ですが」
「それはおかしい気遣いだろ。お前が主で私が来客ならわかるが、これはうちのお茶だよ。私の扱うお茶を馬鹿にしてるのかい?」
「あ、す、すみません!」
「まったく、ずずっ……」
ツツクラ様はお茶を一啜りして、すぐに湯呑みを机の端に置きました。
「いや、たしかに粗茶だね。不味い」
「え!? ラスティさんと同じように淹れたつもりなんですが?」
「ちゃんと教えてもらったのかい?」
「いえ、見よう見真似ですが、手順は間違ってないはずです」
「お前は記憶力が良いから、手順はしっかり覚えていて間違ってないだろうね。だけど、それだけじゃ駄目なようだ」
「では、一体何が――」
「ふぁ~あ、はよ~、ルーレン」
と、ここで、ラスティさんが出社してきました。
彼女はツツクラ様の姿を目にしてすぐに畏まり、ぴしりとした挨拶を行います。
「ツツクラ様!? おはようございます!」
「まったく、緩んでるねぇ。ま、仕事さえしっかりしてくれれば問題ないが。ラスティ、お茶を淹れ直せ」
「はい、淹れ直す?」
「ルーレンに淹れさせたが不味くてな」
「そういうことですか、ただいまご用意致します」
ラスティさんは深々と頭を下げて、給湯室へと向かおうとしました
私はツツクラ様に頭を下げて、ラスティさんの後を追います。
「ツツクラ様、私も失礼します。埃が舞うとお茶に入るでしょうから、お掃除の方はお昼休みに、皆さんが食堂にいらっしゃる間に行いますので」
「ああ、そうしろ。でだ、今からお前は何をするつもりなんだ?」
「ラスティさんからお茶の淹れ方を盗もうと思います。では、失礼します」
もう一度頭を下げて、机に置いてある粗茶を回収し、私は給湯室へ向かいました。
言葉は聞こえませんでしたが、背後ではツツクラ様が少々気の抜けた声を漏らしているみたいです。
「盗む? ああ、目で盗むってやつか……板前じゃあるまいし、普通に教えてもらえばいいだろうに。あのガキは変わってるね」
――給湯室
私は目を皿のようにしてお茶の用意をしているラスティさんの姿を見つめます。
その瞳に、何故かラスティさんが怯えた様子を見せました。
「な、なに? どうしたの、睨みつけて? 私、恨まれるようなことしたっけ?」
「い、いえ、そんなことは。先程、ツツクラ様からお茶が不味いと言われたので、ラスティさんの技術を盗み、学ぼうと思いまして」
「はい? ぬすむ?」
「はい、技術は目で盗むもの。ですので、しっかり目に焼きつけさせて戴きます!」
ふんすっと、鼻息荒く漏らします。
この私の姿に、ラスティさんは眉間に皺を寄せました。
「目で盗むものって……ああ、ドワーフって職人が多いもんね。だから、そんな感じなのかな?」
「え?」
「直接教わるんじゃなくて、職人さんみたいに目で盗むことが普通なのかなって?」
「そうですね、学問は普通に教わりますが、手に職のような技術的なことについてはそうなります」
「お茶淹れはそこまで技術的なことじゃないんだけど……でも、私のお茶は事務所内で、私だけがツツクラ様を満足させることのできる特別なものだし。そうね~、簡単には教えて……」
ラスティさんは途中で言葉を止めて、考え込むような仕草を見せました。
お茶淹れといえど、ラスティさんにとってこれは、ツツクラ様から評価を得られるものの一つ。
となると、やはり貴重な技術で教えてもらえないようです。
と、思っていたのですが……。
思案を終えたラスティさんが、こう言葉を返してきました。
僅かに口端を上げて……。
「ま、いっか。直接教えてあげるよ、ルーレン」
「え!? いいんですか?」
「うん。まずは、ルーレンはどうやってお茶を淹れたの?」
私はツツクラ様に出したお茶の淹れ方を伝えます。
それを伝えるとラスティさんはふむふむとしながらも、ちょっと驚いた様子を見せました。
「ふむ、なるほど。いつも横で見られてたけど、しっかり盗まれてるなぁ」
「でも、ラスティさんのお茶みたいに美味しくは淹れられませんでした。何が足りないんでしょうか?」
「簡単だよ。温度」
「え、それには気を配ってましたよ? しっかりお湯を冷まして七十℃にしてから――」
「お湯じゃなくて、湯呑みの温度」
「そ、それもちゃんと事前に沸騰したお湯を湯呑みに移して、適温まで冷ましてからお茶を淹れましたよ」
「手順はいいよ、それで。でも、湯呑みの冷め具合は、その日によって微妙に異なるから」
「え?」
「寒い日や暑い日で冷ます時間が異なるの。今日の朝はいつもより?」
「暖かいです」
「だったら、もうちょっと冷ますべきだったかもね」
「なるほど、手順だけじゃなくて、その日その日の気温に左右される部分があるんですね」
「そういうこと。さて、講義は終わったから、ツツクラ様にお茶を出してくるね」
「ご指導、ありがとうございます」
ぺこりと頭を下げる私にラスティさんは微笑み、くっぱくっぱと手のひらを開け閉めして、お茶を届けに行きました。
お茶の淹れ方……これはラスティさんだけが、ツツクラ様を満足させることのできる技術。
それなのに、ドワーフの私なんかに教えてくれるなんて……やっぱりラスティさんはとても良い人で優しい人…………なぜ?
どうして、優しいの?
人間なのに?
三度目の疑問。わからない疑問は泡のように弾け消える。
ですが、わからないに対して答えを求めたら? そこに思考が生まれ、やがて正解に至る。
いえ、真実と言うべき事象でしょうか。
私はその真実を手にするために…………お茶を淹れたいと思います。
――――――
少し時間が経ち、皆さんが事務所へやってきました。
そして、黙々と仕事に従事します。
その中で、ツツクラ様がお茶のお代わりを求めました。
ラスティさんが席を立とうとしたところで、私が手を上げます。
「あのっ、私にお茶を淹れさせてもらえませんか!?」
これにラスティさんも皆さんも驚いた表情を見せます。
ツツクラ様に至っては驚きに呆れを交えて、言葉を多少強めに出しました。
「だから、お前は追い回しの小僧か?」
※追い回し――板前の修業で調理の担当は許されず、雑用に従事する役目。仕事中は質問する機会がないため、仕事時間であってもそれを惜しみ、板前らの技術を目で盗んだりする。最近では仕事の合間に教えてくれるところが増えているとか。
「へ?」
「いや、何でもない。お茶を淹れてこい、ルーレン」
「はい!」
給湯室に向かい、ラスティさんのご指導通り湯呑みの温度を温めすぎず、かと言って冷まさないように温度を調節して、お茶を注ぎ、それをツツクラ様にお出しした。
「どうぞ、お茶です」
「みりゃあ、わかるよ。ずずっ……うん」
ツツクラ様は事務仕事に戻りました。
何も言われませんでしたが、飲んで頂けたということはお茶に不満がなかったということでしょう。
私は小さく拳を握ります。
そんな私の様子をラスティさんは微笑みながら見守り――――主任のエバさんは苛立つ様子で、こちらを睨みつけていました……。
その後も、事務仕事のことはもちろん、他の細かなこともラスティさんからご指導を戴きます。
その甲斐あって、そつなく事務仕事を熟せるようになり、ツツクラ様からの評価を得ることができて、厳しいお叱りを戴く機会が減っていきました。
ですが、それに比例して、エバさんからの指導が厳しくなる一方。
ツツクラ様から評価を得るたびにエバさんの苛立ちが加速して、私に対するいじめも同様に加速していきます。
周りの方々も、エバさんに同調して私をいじめてきます。
ラスティさんは私を庇ってくれますが、それはあくまでも仕事の支障になると判断した時だけです。
ですが、それは仕方がありません。
仕事の支障という理由がなく私を庇えば、エバさんの矛先はラスティさんにも向かうでしょうから……。
――――いえ、矛を向けられているのは私だけじゃありません。そうです、見えざる刃は着実に、標的の首を切り落とそうとしていたのでした。
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