上 下
11 / 37

第11話 謎に疑問を問い掛けると真実を覗く

しおりを挟む
 ひと月が経ち、事務仕事に慣れてきました。
 今日も早朝からお掃除です。
 ですが、今日は珍しく、朝からまだ誰も来ていない事務所にツツクラ様がいらしていました。


 私に気づくと、お茶を用意するように命じます。

「ルーレン、茶だ」
「はい」

 彼女はこちらに軽く視線を飛ばし、すぐに戻して、机の前に積まれた書類に目を落としました。
 私は給湯室に向かい、ラスティさんがお茶を淹れている姿を思い出しながら準備を行います。

 そして、お盆に載せたお茶を手に取り、ツツクラ様の前に差し出したのです。
「どうぞ、粗茶ですが」
「それはおかしい気遣いだろ。お前があるじで私が来客ならわかるが、これはうちのお茶だよ。私の扱うお茶を馬鹿にしてるのかい?」

「あ、す、すみません!」
「まったく、ずずっ……」

 ツツクラ様はお茶を一啜りして、すぐに湯呑みを机の端に置きました。
「いや、たしかに粗茶だね。不味い」
「え!? ラスティさんと同じように淹れたつもりなんですが?」
「ちゃんと教えてもらったのかい?」

「いえ、見よう見真似ですが、手順は間違ってないはずです」
「お前は記憶力が良いから、手順はしっかり覚えていて間違ってないだろうね。だけど、それだけじゃ駄目なようだ」
「では、一体何が――」


「ふぁ~あ、はよ~、ルーレン」

 と、ここで、ラスティさんが出社してきました。
 彼女はツツクラ様の姿を目にしてすぐに畏まり、ぴしりとした挨拶を行います。
「ツツクラ様!? おはようございます!」
「まったく、緩んでるねぇ。ま、仕事さえしっかりしてくれれば問題ないが。ラスティ、お茶を淹れ直せ」

「はい、淹れ直す?」
「ルーレンに淹れさせたが不味くてな」
「そういうことですか、ただいまご用意致します」


 ラスティさんは深々と頭を下げて、給湯室へと向かおうとしました
 私はツツクラ様に頭を下げて、ラスティさんの後を追います。

「ツツクラ様、私も失礼します。埃が舞うとお茶に入るでしょうから、お掃除の方はお昼休みに、皆さんが食堂にいらっしゃる間に行いますので」
「ああ、そうしろ。でだ、今からお前は何をするつもりなんだ?」
「ラスティさんからお茶の淹れ方を盗もうと思います。では、失礼します」

 もう一度頭を下げて、机に置いてある粗茶を回収し、私は給湯室へ向かいました。
 言葉は聞こえませんでしたが、背後ではツツクラ様が少々気の抜けた声を漏らしているみたいです。

「盗む? ああ、目で盗むってやつか……板前じゃあるまいし、普通に教えてもらえばいいだろうに。あのガキは変わってるね」


――給湯室

 私は目を皿のようにしてお茶の用意をしているラスティさんの姿を見つめます。
 その瞳に、何故かラスティさんが怯えた様子を見せました。

「な、なに? どうしたの、睨みつけて? 私、恨まれるようなことしたっけ?」
「い、いえ、そんなことは。先程、ツツクラ様からお茶が不味いと言われたので、ラスティさんの技術を盗み、学ぼうと思いまして」
「はい? ぬすむ?」
「はい、技術は目で盗むもの。ですので、しっかり目に焼きつけさせて戴きます!」


 ふんすっと、鼻息荒く漏らします。
 この私の姿に、ラスティさんは眉間に皺を寄せました。
「目で盗むものって……ああ、ドワーフって職人が多いもんね。だから、そんな感じなのかな?」
「え?」
「直接教わるんじゃなくて、職人さんみたいに目で盗むことが普通なのかなって?」

「そうですね、学問は普通に教わりますが、手に職のような技術的なことについてはそうなります」
「お茶淹れはそこまで技術的なことじゃないんだけど……でも、私のお茶は事務所内で、私だけがツツクラ様を満足させることのできる特別なものだし。そうね~、簡単には教えて……」


 ラスティさんは途中で言葉を止めて、考え込むような仕草を見せました。
 お茶淹れといえど、ラスティさんにとってこれは、ツツクラ様から評価を得られるものの一つ。
 となると、やはり貴重な技術で教えてもらえないようです。
 と、思っていたのですが……。

 思案を終えたラスティさんが、こう言葉を返してきました。
 僅かに口端を上げて……。
「ま、いっか。直接教えてあげるよ、ルーレン」
「え!? いいんですか?」
「うん。まずは、ルーレンはどうやってお茶を淹れたの?」


 私はツツクラ様に出したお茶の淹れ方を伝えます。
 それを伝えるとラスティさんはふむふむとしながらも、ちょっと驚いた様子を見せました。

「ふむ、なるほど。いつも横で見られてたけど、しっかり盗まれてるなぁ」
「でも、ラスティさんのお茶みたいに美味しくは淹れられませんでした。何が足りないんでしょうか?」
「簡単だよ。温度」

「え、それには気を配ってましたよ? しっかりお湯を冷まして七十℃にしてから――」
「お湯じゃなくて、湯呑みの温度」
「そ、それもちゃんと事前に沸騰したお湯を湯呑みに移して、適温まで冷ましてからお茶を淹れましたよ」

「手順はいいよ、それで。でも、湯呑みの冷め具合は、その日によって微妙に異なるから」
「え?」
「寒い日や暑い日で冷ます時間が異なるの。今日の朝はいつもより?」
「暖かいです」

「だったら、もうちょっと冷ますべきだったかもね」
「なるほど、手順だけじゃなくて、その日その日の気温に左右される部分があるんですね」
「そういうこと。さて、講義は終わったから、ツツクラ様にお茶を出してくるね」
「ご指導、ありがとうございます」


 ぺこりと頭を下げる私にラスティさんは微笑み、くっぱくっぱと手のひらを開け閉めして、お茶を届けに行きました。

 お茶の淹れ方……これはラスティさんだけが、ツツクラ様を満足させることのできる技術。
 それなのに、ドワーフの私なんかに教えてくれるなんて……やっぱりラスティさんはとても良い人で優しい人…………なぜ?

 どうして、優しいの? 
 人間なのに?
 三度目の疑問。わからない疑問は泡のように弾け消える。

 ですが、わからないに対して答えを求めたら? そこに思考が生まれ、やがて正解に至る。
 いえ、真実と言うべき事象でしょうか。

 私はその真実を手にするために…………お茶を淹れたいと思います。


――――――
 少し時間が経ち、皆さんが事務所へやってきました。
 そして、黙々と仕事に従事します。
 その中で、ツツクラ様がお茶のお代わりを求めました。
 ラスティさんが席を立とうとしたところで、私が手を上げます。

「あのっ、私にお茶を淹れさせてもらえませんか!?」
 
 これにラスティさんも皆さんも驚いた表情を見せます。
 ツツクラ様に至っては驚きに呆れを交えて、言葉を多少強めに出しました。

「だから、お前は追い回しの小僧か?」
 ※追い回し――板前の修業で調理の担当は許されず、雑用に従事する役目。仕事中は質問する機会がないため、仕事時間であってもそれを惜しみ、板前らの技術を目で盗んだりする。最近では仕事の合間に教えてくれるところが増えているとか。


「へ?」
「いや、何でもない。お茶を淹れてこい、ルーレン」
「はい!」


 給湯室に向かい、ラスティさんのご指導通り湯呑みの温度を温めすぎず、かと言って冷まさないように温度を調節して、お茶を注ぎ、それをツツクラ様にお出しした。

「どうぞ、お茶です」
「みりゃあ、わかるよ。ずずっ……うん」

 ツツクラ様は事務仕事に戻りました。
 何も言われませんでしたが、飲んで頂けたということはお茶に不満がなかったということでしょう。

 私は小さく拳を握ります。

 そんな私の様子をラスティさんは微笑みながら見守り――――主任のエバさんは苛立つ様子で、こちらを睨みつけていました……。

 
 その後も、事務仕事のことはもちろん、他の細かなこともラスティさんからご指導を戴きます。
 その甲斐あって、そつなく事務仕事をこなせるようになり、ツツクラ様からの評価を得ることができて、厳しいお叱りを戴く機会が減っていきました。

 ですが、それに比例して、エバさんからの指導が厳しくなる一方。
 ツツクラ様から評価を得るたびにエバさんの苛立ちが加速して、私に対するいじめも同様に加速していきます。

 周りの方々も、エバさんに同調して私をいじめてきます。
 ラスティさんは私を庇ってくれますが、それはあくまでも仕事の支障になると判断した時だけです。

 ですが、それは仕方がありません。 
 仕事の支障という理由がなく私を庇えば、エバさんの矛先はラスティさんにも向かうでしょうから……。


――――いえ、矛を向けられているのは私だけじゃありません。そうです、見えざるやいばは着実に、標的の首を切り落とそうとしていたのでした。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【R18】淫夢の城

月島れいわ
恋愛
背徳の官能物語

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

愚者による愚行と愚策の結果……《完結》

アーエル
ファンタジー
その愚者は無知だった。 それが転落の始まり……ではなかった。 本当の愚者は誰だったのか。 誰を相手にしていたのか。 後悔は……してもし足りない。 全13話 ‪☆他社でも公開します

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました

結城芙由奈 
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】 私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。 2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます *「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています ※2023年8月 書籍化

狼の子 ~教えてもらった常識はかなり古い!?~

一片
ファンタジー
バイト帰りに何かに引っ張られた俺は、次の瞬間突然山の中に放り出された。 しかも体をピクリとも動かせない様な瀕死の状態でだ。 流石に諦めかけていたのだけど、そんな俺を白い狼が救ってくれた。 その狼は天狼という神獣で、今俺がいるのは今までいた世界とは異なる世界だという。 右も左も分からないどころか、右も左も向けなかった俺は天狼さんに魔法で癒され、ついでに色々な知識を教えてもらう。 この世界の事、生き延び方、戦う術、そして魔法。 数年後、俺は天狼さんの庇護下から離れ新しい世界へと飛び出した。 元の世界に戻ることは無理かもしれない……でも両親に連絡くらいはしておきたい。 根拠は特にないけど、魔法がある世界なんだし……連絡くらいは出来るよね? そんな些細な目標と、天狼さん以外の神獣様へとお使いを頼まれた俺はこの世界を東奔西走することになる。 色々な仲間に出会い、ダンジョンや遺跡を探索したり、何故か謎の組織の陰謀を防いだり……。 ……これは、現代では失われた強大な魔法を使い、小さな目標とお使いの為に大陸をまたにかける小市民の冒険譚!

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

悪意のパーティー《完結》

アーエル
ファンタジー
私が目を覚ましたのは王城で行われたパーティーで毒を盛られてから1年になろうかという時期でした。 ある意味でダークな内容です ‪☆他社でも公開

転生令嬢の食いしん坊万罪!

ねこたま本店
ファンタジー
   訳も分からないまま命を落とし、訳の分からない神様の手によって、別の世界の公爵令嬢・プリムローズとして転生した、美味しい物好きな元ヤンアラサー女は、自分に無関心なバカ父が後妻に迎えた、典型的なシンデレラ系継母と、我が儘で性格の悪い妹にイビられたり、事故物件王太子の中継ぎ婚約者にされたりつつも、しぶとく図太く生きていた。  そんなある日、プリムローズは王侯貴族の子女が6~10歳の間に受ける『スキル鑑定の儀』の際、邪悪とされる大罪系スキルの所有者であると判定されてしまう。  プリムローズはその日のうちに、同じ判定を受けた唯一の友人、美少女と見まごうばかりの気弱な第二王子・リトス共々捕えられた挙句、国境近くの山中に捨てられてしまうのだった。  しかし、中身が元ヤンアラサー女の図太い少女は諦めない。  プリムローズは時に気弱な友の手を引き、時に引いたその手を勢い余ってブン回しながらも、邪悪と断じられたスキルを駆使して生き残りを図っていく。  これは、図太くて口の悪い、ちょっと(?)食いしん坊な転生令嬢が、自分なりの幸せを自分の力で掴み取るまでの物語。  こちらの作品は、2023年12月28日から、カクヨム様でも掲載を開始しました。  今後、カクヨム様掲載用にほんのちょっとだけ内容を手直しし、1話ごとの文章量を増やす事でトータルの話数を減らした改訂版を、1日に2回のペースで投稿していく予定です。多量の加筆修正はしておりませんが、もしよろしければ、カクヨム版の方もご笑覧下さい。 ※作者が適当にでっち上げた、完全ご都合主義的世界です。細かいツッコミはご遠慮頂ければ幸いです。もし、目に余るような誤字脱字を発見された際には、コメント欄などで優しく教えてやって下さい。 ※検討の結果、「ざまぁ要素あり」タグを追加しました。

処理中です...