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第二十七章 情熱は世界を鳴動させ、献身は安定へ導く

ヴァンナスの二つの頂

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――研究室


 私たちが研究室に入ると、すぐにクローンを生成するガラスの筒が目に入った。
 それはだだっ広い部屋に数十存在するが……どれもが空っぽ……。


「フィナっ?」
「待って、すぐに調べる!」

 フィナは黒薔薇のナルフを浮かべて、研究室全体とガラスの筒を走査スキャンする。
 結果は――


「そ、そんな、すでに全部が最終プロセスを終えたあと……」
「つまり、百を超える勇者が誕生したということか?」
「そうなる……」
「そうか……予定変更だな」


 元のプランは勇者が稼働していないことを前提とした行動。
 この研究室に訪れ、彼らの洗脳を解き、安全に眠りから目覚めさせるつもりであった。
 安全を期するならば、眠っているまま彼らを葬り去るべきだろうが……私の甘さがそれを良しとしなかった。
 上記はそのためのプランだ。
 その後、研究室の重要区画を破壊して立ち去る予定だった。


 私はフィナへ新たな指示を与えようとするが……。
「フィナ、私たちは動力室へ向かい破壊する。君はナルフを使い、この施設のデータを全て消去してくれ。では、施設の地図を」
「それはできないっ」
「なに?」

「潜入がバレてるっ。私が乗っ取ったはずセキュリティシステムが外部からアクセスされて権限を奪われた! 保安部員がこっちへ向かってる。ケント、ここは釣り餌よ!!」
「なっ!?」
「何とか、この部屋の出入り口の権限だけは私の下において封鎖した。しばらくは凌げるけど、フフフ」


 フィナは黒薔薇の周りを舞う花弁を見つめながら、口角を不敵に上げる。
「やる~、さすがはの中心をうたうヴァンナス。遺跡の知識を手にしたばかりの私よりも装置の扱いが上手い」
「笑っている場合ではないと思うが?」
「ごめん。楽勝だと思ってたけど、やりがいが出てきてちょっと興奮してる」

「まぁ、余裕があることは良いことだ。その様子だと脱出は可能なのだろう?」
「うん、施設全体に結界が張られて転送が阻害されてるけど、こっちの共鳴転送ならそれを無効にできる。でも、王都オバディアの外までは無理」

「なぜだ?」
「施設もそうだけど、オバディア全体を包み込む結界を張られた。その結界はこの施設よりも強固。この二つの結界を生身の肉体で乗り越えるのはちょっと危険がある」
「そうか、仕方がない。施設を破壊したかったが、その時間もなさそうだ。一旦、去るとしよう」


 私たちはフィナを中心に置いて、円陣を組む。
 フィナが薔薇のナルフを操作する中、親父とマフィンとギウが残念そうな声を上げた。

「せっかくここまで来たのに何もせずトンボ返りとは骨折り損ですな」
「そうニャねぇ。どうせなら、この施設もゆっくり拝見したかったニャがね」
「ギウ、ギウ」

 さらにマスティフとカインとエクアの声が続く。
「マフィン、観光に来たのではないのだぞ」
「ふふ、不謹慎かもしれませんが私としてもこの施設には興味があります」
「でも、次来るときは観光の暇もないですね。警戒の度合いも上がっているでしょうし」

 
 エクアの言うとおり、次に訪れるときはこうまで簡単には行くまい。
 だが今は、脱出が先だ。
「今回は相手の警備の素晴らしさに敬意を示し、侵入者が我々だという痕跡を残さず去るとしよう。できるな、フィナ?」
「もちろん、ついでに一部データを破損させてやった」
「ふふ、上出来だ。では、行こう」

 
 黒薔薇のナルフから無数の花弁が飛び出し、私たちを包むように舞う。
 花弁が光に包まれ、せわしなく動き始める。
 瞳に無数の光跡が宿り、一瞬、光が瞬くと、私たちは研究施設の外にいた。



――施設・外

 空っぽのガラスの筒が建ち並ぶ研究室から、施設のそばに在る広場に移動した。
 周囲は背の高い木と鬱蒼とした草むら。
 王都内でありながら、森のような自然がある場所。
 木々や草たちは施設に緑の幕を下ろし、外からの目を閉ざしているような感じであった。


「フィナ、ここからどうする?」
「現在、保安部員は私たちが閉じ籠っていると勘違いして研究室の前に。今なら警備が薄い。とりあえず、ここから離れましょ」

 彼女は黒薔薇のナルフを浮かべたまま、人気ひとけのない茂みへ向かおうとした。
 だが、その茂みから人影が現れる。


「お~っと、そいつは問屋が卸さねぇぜ、べらんめぇ!」
「陛下、妙な口ぶりはおやめください」


 茂みの中から現れた二人の人影――。
 一人は、ヴァンナス国王ネオ=ベノー=マルレミ。
 陛下は一本角のついた鉢巻をつけ、腹巻姿でそこにドスを挟むという意味不明な格好をしている。
 彼はこちらへ金色の髪を振るい、柔和な紫の瞳を見せつつ、百三十を超えるとは到底思えない若々しい青年の柔らかな笑みを浮かべていた。


 もう一人は、ヴァンナスの支柱ジクマ=ワー=ファリン。
 六十の老体とは思えぬ巨体に、白の外套を纏う。 
 彼の持つ白髪と深く刻まれた皺は、これまで歩み培った叡智を証明し、氷のように青い瞳が一層の落ち着きを伝えている。

 
 私は二人の名を呼ぶ。すると、エクアが驚きに声を返す。
「陛下に、ジクマ閣下。どうして……?」
「え? 陛下って、まさか、ネオ国王様!? それにもう一方は、ケント様をトーワへ左遷した大貴族様ですかっ!?」

 エクアの近くに立つフィナは黒薔薇のナルフを見つめ、焦りの声を漏らす。
「ど、どうして? 周囲に生命反応は見当たらない。今だって存在しない。でも、二人が幻ってわけでもない。なんでナルフのセンサーに映らないの!?」


 彼女の声にジクマ閣下が答えた。
「フフ、君が手にした古代人の知識は我々よりも深い。だが、寄り添った時間は我々の方が長い。経験の分だけ、こちらに分があったということだ」
「クッ、覗き見られていることを前提に防ごうとせず、予め偽造データを用意してたのね。やってくれるじゃないっ」

 フィナが見ていたデータは全てフェイク。
 すでに勇者は眠りから覚めていた。
 そう、百の勇者が眠っていたことも、保安部員が研究室に押し寄せてきたことも、施設の周囲に生命反応がないことも全てフェイク……。


 悔しがるフィナヘ、ネオ陛下が話しかけてくる。
「ほ~、君だったんだ。フィナ、久しぶりだね。君とは二・三度話した程度だけど覚えてるよ。十三歳の少女にしては、いい体のラインをしていて将来有望だった」
「この、セクハラ王めっ」

「そうそう、それだよ。当時も私に向かって口汚く罵り、拳を振り上げたっけ。まぁ、祖母のファロムから諫められていたけど」
「チッ、あん時とどめを差しとけばよかった」
「ふふん、残念。しかし、もっと残念なのはせっかく美味しく育った果実を摘まなければならないことだねぇ」


 そう言って、陛下はフィナの大きな胸に紫の瞳をぶつけた。
 それにはたまらず彼女も胸を隠すが、陛下の隣に立つジクマ閣下がこれ以上の暴挙を諫めた。
「陛下、話が進まないのでお黙りください。次、余計なことを口にしたら、縫いますよ」
「ひ、ひどい、こちとら王様なのに……」


 二人の軽いやり取りにエクアと親父は呆れに身を包み、それにカインが言葉を返している。
「あの方々がヴァンナスの頂点に立つ方々なんですか?」
「噂には聞いちゃいたが、噂以上にちゃらんぽらんしてそうな陛下だな」
「あはは、オバディアに住む人々の間では有名なんですがね。歴代の王の中でも、もっともいい加減……ですが」

 ここで彼は一拍子を溜めて、陛下の評を口にする
「王となられて百年。ヴァンナスの栄華を頂きに持ち上げた御方。政治・経済・軍事ともに隙がなく、その視線は世界の全てを見つめるという。そして、召喚士としても、武人としても歴代最強の王です」


 カインの評価にネオ陛下は気を良くしたのか、彼を指差しながら有頂天に声を出す。
「よく言った! 名前は!?」
「え、えっと、トーワで医術を施していますカイン=キシロでありますが……」
「君は医者なんだ。君のような人物に近くにいてもらいたい。私の周りにいる連中はろくでもない奴ばっかりでね。君のように私のことを深く理解してくれてる人が欲しいっ。私の下に来い! 病院の一つや二つくれてやるから!」
「ええっと……」

 相手は王。
 どうしようもないお調子者だが、カインから見れば遥か上の存在。
 そのため、返す言葉に窮する。
 この状況を見かねたジクマ閣下が声を上げて、誰かに命令する。


「はぁ。陛下、余計なおしゃべりをすれば縫うと言ったでしょう。シエラ」
「はいは~い、陛下のお口を閉じま~す」

 突然、女の子の声が響き、陛下の後ろにある茂みから姿を現す。
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