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第二十六章 過を改め正へ帰す

もう大丈夫

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 多くの人々が想いを抱き、様々な勢力に変化の兆しが見えていた頃、ケントとギウは…………給仕の真似事をしていた。



――古代人の遺跡・幻想のアーガメイトの書斎

「フィナ様、お茶とお菓子の用意ができましたが?」
「ギウギウ」
「うむ、ご苦労。そこに置いてて」

 フィナは背が少し高めの透明な椅子に座り、同じく透明な机の上に無数のモニターを浮かべて、これまた透明なお菓子である水饅頭を味わっている。

「もぐもぐ、いや~、このくにゅくにゅっとした食感と餡子の甘味がたまりませんな~」
「それはようございましたねって、なんで私たちがこんな真似を?」
「ギウッ」

「あんたたちが戦力外だからでしょ。ギウには期待したけど、結局のところシステムの扱い方は知らないようだし、ケントは論外だし」
「論外と言うな。はぁ、こんなことなら私たちが留守の報告に戻り、エクアたちを残せばよかった」

「別に私一人で大丈夫よ~」
「それはできん、君一人だと何をしでかすかわからないからな。もう、転送事故のようなことはごめんだ!」

「ちぇ、信用ないなぁ~、ずずずっ」
「私たちをこき使って運んでもらったお茶はうまいかっ」
「うん、誰かに淹れてもらったお茶は最高ね。特にこの水饅頭と緑茶の相性は最高~」


 フィナはこれ見よがしに水饅頭を頬張り、お茶を啜る。
 これに私は大きくため息を返した。

「はぁ~、君に頼るしかないとはいえ、みんなが帰ってからというもの私たちをこき使いすぎだろ」
「だってぇ、武器システムの解読のためにここから離れるわけにはいかないでしょ。だからあんたたちには身の回りの世話をお願いしたいわけ」

「では、世話係として一言物申すが、そろそろ休憩しろ。適当な部屋を浴場してあるから風呂に入って一息入れるといい」
「え~、浄化原子灌水浴装置ナノウェイブシャワーでいいのに。ナノレベルで体内の汚れを浄化できて短時間で済むし」

「私はエクアや親父と違って、この施設のシステムに詳しくないんでな。風呂を呼び出すだけで精一杯なんだ。それに私は如何に文明が進もうと、暖かな風呂に浸かる方がいいと思うぞ」

「そう? ま、私は綺麗になればどっちでもいいけど…………覗くなよ」
「フンッ!」
「うわ、こいつ、鼻で笑いやがった! ね、ギウ、どう思う!?」
「ギウギウ、ギウ」
「馬鹿やってないで風呂に入れって? あ~、そうだった。ギウってケントの味方だもんね。一人じゃ勝ち目ないから言われた通り、休憩ついでのお風呂にでも行きますよっ」


 フィナはモニターたちを消して、少し高めの位置にあった椅子から飛び降りる。
 そして、風呂が用意してある部屋に向かおうとするのだが……。


「あ、そうだ。お風呂上りにアイス食べたいから用意してて。クルフィってやつが気になってんのよ。あと、ご飯だけど、油淋鶏ユーリンチーってやつと、アロス・コン・ポーヨで」
「たしか二つとも鶏肉メインの料理だったか? ご飯は鶏肉三昧だな。というか、君は食べ過ぎじゃないか?」

「翻訳機能が回復したおかげでフードレプリケートがまともに扱えるようになったからね。せっかくだから、地球の食べ物を色々味わいたいじゃん。とりあえず今は料理の味がわからないから見た目でチョイスしてるけど」

「だからといってな……知らないぞ、あとで後悔しても」
「フッ、残念。私って太らない体質だから」
「私は健康のことを言っているんだ。ご飯はともかくお菓子っ。糖分の取りすぎだ」

「誰かさんたちと違って脳に栄養が必要なのよ。あ、夜食は地球の料理じゃなくて連邦とやらの料理が食べたいな。アミュックレイってのすっごい気になる。連邦領に属する星に住む、おっきな象さんが作った料理だって。見た目は地球のあんかけチャーハンに似てるけど、味は全然違ってて宇宙一美味しい料理だってさ」

「わかったわかった。いくらでもお食事はご用意いたしますよ、フィナお嬢様」
「ええ、よろしく頼んだわよ。メイドのケントに執事のギウ」

「なんで私がメイドの方なんだっ?」
 こう言葉を飛ばすとギウが悪乗りして、それにフィナが遠慮なく乗っかる。
「ギウギウ」
「いっそメイド服を着て給仕をしてみるかって? そんな冗談はやめてくれっ」

「あ、それ面白そう!」
「ほら、フィナが悪乗りしてきただろ! 君はさっさとお風呂に行きなさい!」
「行きなさいって、ママみたいなこと言って」
「誰がママだ!」
「へいへい、ママが怖いのでお風呂に行ってきますよ。じゃね、ギウパパ」
「ギウ」



 嵐のような少女は風呂に向かい、残された私たちは一息入れることにした。
 私はモニターを呼び出して画面を指先で叩き、丸いウッドテーブルを部屋の中央に呼ぶ。
 そのテーブルに私とギウは向かい合うように座り、写真付きのお菓子のメニュー表が浮かぶ画像に手を突っ込み、現実の世界に取り出して広げた。


「さてと、私はこのアーモンドクリームの生地である、クレームダマンドをパイ生地で包み焼き上げたコンベルサシオンというやつにしようか、ギウは?」
「ギウ」
 ギウは甘く煮たリンゴを層状の生地で巻いたお菓子、アプフェルシュトゥルーデルの写真を指差した。

「ふふ、それも美味しそうだ。では、お茶は……私は紅茶にしておこう。ギウは?」
 私は写真のない文字だけのメニューをギウへ見せた。
 するとギウは、迷わずコーヒーと書かれた文字を指差した。

「コーヒーか……やはり、今の君は文字が読めるんだな」
「ギウッ!?」
 
 初めて出会ったときギウは言葉を話すことができず、また文字が読めない種族と聞いた。
 実際にアルリナの町では、お店で売られてあるものがギウたちにもわかるように、八百屋なら野菜の看板、魚屋なら魚の看板、金物屋なら金槌の看板といった感じで看板が掛けられていた。
 しかし、今ギウは、スカルペルの言語で記載された写真のないメニューの文字だけを見て、ためらいもなくコーヒーを指差した。


「読めたのは最初からではないだろう。いつからだ、読めるようになったのは?」
「ギウ、ギウ……」
「そうか、バルドゥルが翻訳機能を直したときか。喋ることは?」
「ギウギウギウ」
「ん? 自分はこの施設と直結している存在ではないから、他の子のようには無理? 他の子とは?」
「ギウギウ」

「ああ、アルリナに住んでいるギウたちか。ということは、彼らはいま喋れるようになっているのか?」

「ギウ」
「片言なら……」
「ギウウ」
「変質した私たちの発声器官がスカルペルの言語には不向き。治すことは?」
「ぎう~……」
「わからない。ふふ、そういったところも、時間があるときにフィナに見てもらえるよう頼んでみよう……一つ、質問をいいかな?」
「ギウ」

「君たちは基本的に翻訳機能の部分をこの施設に依存していた。そうだというのに、私たちの言葉が理解できた理由はなんだ?」
「ギウウ、ギウギウ」

「精神感応能力? テレパシーかっ。なるほど、私たちの喋っていることを心や脳で読み取っていたわけだな。ならば、それを使い、こちらに意志を渡すこともできたのでは?」
「ギウ」
「やってる?」
「ギウギウギウ」

「だけど、スカルペル人の脳機能はまだまだ未発達な部分があり、正確には無理。また、魔法を使用する脳機能のため、精神感応に耐性があり、こちらのアクセスを阻害される」
「ギウ、ギウギウ、ギウギウ」

「それでも時間をかければ、阻害を回避して多少の意思の疎通が可能になる。だから、自分のそばにいる人たちとはそれなりにやり取りが可能……ああ、それで私たちは何となく君のことを理解できているんだな」


 私たちは甘いお菓子と清涼な一服を与えるお茶をお供に会話を重ねる。
 会話の中で彼と意思の疎通ができた理由がわかるが、それよりも気になることが私にはあった。

「ギウ、君はなぜ、文字が読めるようになったことを伝えなかった?」
「ギウギウウ」
「必要ではないから? 何故だ?」
「ギウ」


 ギウはコーヒーカップをソーサーの上に置き、私を真っ黒真ん丸の瞳に宿す。
 そして、今までの会話の流れとは無関係と思われる言葉を出した。


「ギウ、ギウギウ、ギウギウ」
「旅立つ? いなくなる? 独立? ん、今のは意味がわからないぞ?」
「ギウギウ」
「覚悟を決めろ? 覚悟とは?」
「ギウウッ、ギウ! ギウ。ギウギウ」
「必ず、決断できるはず? 多くを経験したあなたなら? もう私は役割を終えた? ……さっきから君は何を言っているんだ?」
「ギウ……」
「不要なもの? 何がだ?」

 問うても問うても、ギウは一方的に意味のわからぬ言葉を渡すだけで答えない。
 だけど、ギウの瞳に寂しさが宿っているのを感じた。
 私はもう一度だけ、ゆっくりと問い掛ける。


「旅立つ、独立。そう言ったが、まさか、私のそばから離れる気なのか?」
「ギウウ」
 ギウは軽く体を左右に振る。
 そして、こう言葉を返した。

「ギウ、ギウギウ。ギウ……」
「いつだって、あなたのそばにいる。だって、あなたは…………だってのあとはなんだ?」


「あ~、気持ち良かった~。アイスある~?」

 突然、部屋の扉が開き、能天気な声が響いた。
 どこから生み出したのか、シルクのパジャマ姿のフィナはお菓子を食べている私たちの姿を見た途端、気炎を上げる。

「あ、ずるい、二人とも! なんだかおいしそうなもの食べて!」
「少し休憩していただけだ。それに君はお菓子よりもアイスなんだろ?」
「そうそう、インドってところのアイス、クルフィね。あ、そのあとに私もお菓子が食べたいかな。生八つ橋ってのが食べたい。餡入りのやつね」
「だから、甘いものの取りすぎだっ」

 
 私はフィナに強い口調をぶつけつつも、ギウへちらりと視線を振った。
 だが彼は、すでに話は終えたとばかりの態度を取り、無言でコーヒーを味わっていた。
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