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第二十六章 過を改め正へ帰す

嵐の前の

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一日後――トーワ

 
 施設にはケント、ギウ、フィナが残る。
 フィナが武器システムを解読し、ケントは雑用、ギウはメイド。
 エクアたちはトーワへ戻り、しばらく留守にするむねを伝え、ヴァンナスへ向かうまでトーワの様子を見ておくことにした。


 その際、冬の寒空であっても何ら変わらず日に焼けた逞しい肉体を露出する白のTシャツ姿のグーフィスがしつこくフィナのことをエクアへ尋ねてくる。

「エクアさん、フィナさんは遺跡に?」
「ええ、そうですけど」
「ケント様と二人っきりで?」
「いえ、ギウさんもいますが」

「これは大変だっ! 若い男女が二人で! ああ~、嫌な記憶が蘇ってくる。大好きな女性を奪われた記憶が~」
「だから、ギウさんもいますって。それにあのお二人はそんな間柄にはならないと思いますよ」

「エクアさん、それは違う!」
「な、何がですか?」
「男と女ってのは、ふとした瞬間に、いったぁ!?」


「この馬鹿、エクアちゃんに何を話してやがんだ!」
 話の途中でグーフィスの頭をぶったのはゴリン。
 彼は指先で鉢巻を掻きながら申し訳なさそうな声を生む。

「すまねぇなぁ、グーフィスの奴が馬鹿なことばっかり」
「いえ、大丈夫ですから。明日には私と親父さんとカイン先生はしばらくいなくなりますが、留守の方よろしく頼みますね」
「ああ、安心してくれ。このゴリンがしっかりトーワの留守を預かってやすんで」

「お、おれも、フィナさんの期待に応えて城を守ります。だから、エクアさん! フィナさんとケント様を見張っててくださいね」
「は、はは、そうですね。見張っておきますから」
「たのみまし、あだっ!」
「この馬鹿たれ。ほんとにすまねぇ。エクアちゃん」
「い、いえ、大丈夫ですから……」



――診療室

 ここにはカインとキサがいた。
 キサは赤髪の二本の三つ編みを揺らしながら鳶色の瞳を白衣姿のカインへ向けて、医療制度について尋ねている。

「ヴァンナスだと医療保険があって、国の管理の下なんだよね?」
「そうだよ。でも、この制度はまだ試験的なもので王都オバディアだけで行われているんだ。ゆくゆくはヴァンナスに属するみんなが医療を受けやすいように、保険制度を拡大しようと考えているみたいだね」
「それはこまるな~」
「どうしてだい?」

「できれば民間に担当させてもらたいな~」
「儲けのために?」
「うん」
「それは感心しないなぁ」
「どうして? 私たちは儲けて、みんなも医療を受けられる。悪くない話だと思うけど?」

「公的補助が行いやすい国の保険と民間の保険では質が違うからね。民間だと必ず利益を生まなければならない。そうなると、貧しい人たちにとって保険料が大きな負担になっちゃうから」
「収入の応じて対応できるのは国ならではだもんねぇ……う~ん、儲けられるけど、誰かを苦しめるのは嫌かも」
「そうだね。君は才能豊かだ。だから、その優しさを忘れずに、心を知る商人として大成することを願っているよ」



――トーワ防壁・二枚目内側

 黒眼鏡を掛けた親父は、作業着姿のカリスの代表と親父に怒りを向けた中年の男と話をしていた。


「畑の様子はどうだ?」

「キサちゃんに指導されて、まだ耕し始めたばかりだ。それにもうすぐ本格的な冬がやってくる。実りの期待は来年に持ち越しだな」
「だけど、ギウさんがアグリスから手に入れた種が芽吹いている。七つの味を味わえる『キンロート』。冬に育つ植物だから今からの季節に持ってこいだ」

「そうか……カリスが豊かになるのはまだ先か」

「フッ、豊かになる機会があるだけでも良いさ」
「そうだ、俺たちには何もなかった。だけど今は、努力をすれば手に入れられる。俺たちは、カリスという呪われた運命の歯車を打ち破ったんだ。それもこれも、テプレノ。お前のおかげだ」


 中年の男は親父へちらりと視線を振るが、それをすぐに逸らす。
 そして、こう言葉を続けた。


「だけど、お前に対する憎しみが消えない。それでも、救ってくれた感謝の思いがないわけでもない。でも、認めることができねぇんだ……」
「そいつは、当然だ。俺がやったことはどう言い繕おうと許されることじゃねえ。何をやったって、許されねぇ」
「そうだ。俺はお前を許せない。俺の両親を死に追いやった、テプレノ! お前のことがっ」
「……そうだろうな」

 親父の顔が深く沈みこんでいく。
 中年の男はそれさえも許さない。だが……。

「顔を上げろ、馬鹿野郎! そして、俺の話を最後まで聞きやがれ!」
「えっ?」
「ああ、お前はたしかに俺の両親を死に追いやったっ。だけど、それを行ったはルヒネの教えのせいだ! お前を追い詰めたのもルヒネだ。それはわかってる。わかっちゃいるが、やっぱりお前を恨んじまう……でもよ……」


 中年の男は親父の肩を強く掴む。
 骨を砕かんと強く強く掴む。その想いに宿るのは感謝と憎しみ。


「テプレノ! お前はカリスを救った! これは誰にもできなかったことだ! たとえ、罪に塗れた存在で俺にとって糞野郎でも、お前はカリスにとって救世主なんだ! だから、顔を上げろ! 胸を張れ! そして、憎しみも感謝も受け取れ!! そうしたら、そうしたら、俺は……」

 彼は掴んでいた肩を離し、涙の混じる声を上げる。
「俺は……憎しみを俺の心の中で留める」
「だけどそいつはっ」
「我慢するわけじゃねぇ! 忍ぶわけでもねぇ! これが俺にできるお前への感謝なんだ!!」

 中年の男から憎しみは消えない。
 だが、カリスを解放してくれた親父へ感謝の印として、憎しみを発露することなく内に秘めることにした。


 彼は歯車の焼き印のついた右胸を左手でぐっと握り締めて、静かに涙を流す。
 彼の代わりに、代表がテプレノへ伝える。


「私たちはお前にどう向き合えばよいのかわからない。だから、子どもたちにはお前が行った罪と感謝を包み隠さず伝える。憎しみに囚われた私たちは愚かな存在だ。だが、無垢な心を持つ子どもなら、テプレノという存在を正しく見つめることができるかもしれない」

「無垢な心に純白な瞳か……とんでもなく怖い裁判官様たちだな」

「ふふ、せいぜい恐れろ。私たちは感情を抑え、事実を淡々と伝えるよう努力する。その後に、子どもたちがどう判断するかはわからない。お前を唾棄するのか、はたまた英雄として扱うのか。だから、できるだけ長生きをして、感謝と憎しみの間に翻弄され続けるがいい」

「ああ、罪から逃れるために命を粗末するようなことはしない。未来にどのような裁定があろうと、俺は全てを受け入れるさ」
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