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第二十五章 故郷無き災いたち

強くてニューゲーム

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――研究施設


 百合は施設に戻り、アコスアのことを報告しようとした。
 だが施設内では、所員たちが変化を遂げた所員たちと戦闘の真っ最中であった。
 彼女は変化を見せていない所員を捕まえて尋ねる。


「おい、何があった!?」
「百合副所長? わ、わかりません。一部の所員に再び変化が起こり始めて、この様です。分離組の方も同じような状況のようで!」
「クソ、何が起こってんだよ!? しょうがねぇ、俺が全員取り押さえて、なっ!?」


 襲い掛かってくる変異を遂げた所員の中で、武器をたずさえた男が百合たちへ発砲してきた。
 彼にはまだ知性が残っているらしく、百合たちへ語り掛けてくる。


「じゃ、じゃまをするなぁぁ! この高揚感! たまらない! すばらしぃぃぃぃいいいいいいいいい! 私たちを止めるなぁ。レスターが欲しい。力の源。もっと、もっと、もっと、もっと! レスターを寄越せぇぇぇえぇ!」


 男はでたらめに発砲を繰り返し、所員を撃ち抜いていく。
 その様を百合は冷静に見つめていた。


「レスターを欲しがってんのか?」
「どうやらそうみたいです。まだ変化を遂げていない所員に襲い掛かって体内に取り込んだレスターを啜っています」

 所員が指を向ける。
 向けた先では変異を遂げた所員たちが遂げていない所員のはらわたを引き裂き、血と肉を啜っていた。
 また、別の変異者は臓腑を啜るのではなく所員の肉体に手の平を当てて直接レスターを取り込み、相手をミイラのような姿へ変えて命を奪っていた。


「俺たちの身体に存在するレスターを喰ってんのか? 直接吸収している奴は警備員だな。あいつらの体には他の所員とは違い、エネルギー供給用の戦闘ナノマシンが宿っている。そいつを応用しているのか?」
「なんにせよ、最悪な状況です……」
「チッ、そうだな。バルドゥル所長は?」

「ミーティングルームです。ジュベルさんもそちらへ向かいました。百合副所長もそちらへ。所長を守ってください! この事態を解明できるのは所長だけですから!!」
「ここは?」
「私たちで何とか踏ん張りますよ」

「わかった。でもよ、やべぇと思ったらとっとと施設外に逃げて、出入口にシールドを張って封鎖しろっ。内部にいる連中は俺だけで十分だ!」
「わかりました。では、所長を!」
「おうっ、任せとけ!」


 百合は変異者が暴れ狂い、光線と魔法が飛び交う合間をくぐり抜けて、所長がいるというミーティングルームへ向かった。

 

――ミーティングルーム


 そこは真っ白な世界に様々な言語の立体映像が飛び交い、数多の世界を映し出している小窓が浮かぶ部屋。
 百合はその文字や小窓に囲まれた中心で相対しているジュベルとバルドゥルの姿を目にする。
 ジュベルはバルドゥルを鋭く睨みつけて、睨みつけられているバルドゥルは百合を見て笑みを浮かべた。

「ククッ、来たか。このたわけを説得してくれ、副所長」
「百合! こいつの話に耳を貸すな!」

「待て待て待て待て、二人とも。説得も耳を貸すも、こっちはさっぱりだっての。何があったか知らねぇけど、この騒ぎを鎮めるのが先だろうが」
「この騒ぎの張本人が所長なんだよ、百合!」
「んだと?」

 
 百合はバルドゥルへ顔を向ける。
 すると彼は、とても愉快そうに声を出した。

「クククッ、少しばかりの間、知性を失うくらいでおたおたしおって。これだから凡俗共はっ」
「ジュベル、所長は何を言ってんだ?」
「レスターの変異を止めることに成功したと所長は言っていただろ。あれは嘘だったんだ!」

「嘘?」

「そう、嘘……あの処置は一時的に変異を遅らせただけ。いや、それよりもひどい! 気づいた時には絶対に変異からのがれられないように、僕たちに大量のレスターを取り込めさせた。僕も百合もいずれは変異する!」


 百合は彼の言葉を受けて、バルドゥルを睨みつける。
「所長、いま言ったのはマジの話か?」
「本当だとも。変異の時間に差はあれど、いずれ貴様たちもああなる」
「なんでそんな真似をしやがった?」
「新たな進化のためだ!」
「はっ?」

「我々は肉の檻を手放さずに進化すること選んだ! だが、そのために進化に限界を設けてしまった! すでに物質状態の進化は限界点! これ以上はない! だがっ、レスターによって新たな進化の可能性を手にしたのだ!」


 彼は空を仰ぎ、高らかに語る。
 百合は失ったアコスアに対する思いが怒りの炎となり心に揺らめくが、それをこらえて、極めて冷静に言葉を発する。


「能力値も知性も落ちて、なんで進化の可能性がひらけんだよ? 下らねぇこと言ってねぇでこれを止める方法を探しやがれ」

「クククク、それらは一時的なことだ。千年も経てばレスターに対する欲求も緩和されて普通の食事を好むようになる。そうっ、貴様らは一時的に原始的な存在に落ちて、再び進化の歩みを始めるのだ。だが、今度は棒切れを持った猿からの進化ではない。絶大な力を宿した猿から始まる! 仮に同じ道を歩んだとしても、人類はどれほどの頂に立つか!」


 彼が口にする内容に対して百合は理解しがたいといった表情を見せた。
 するとジュベルが、彼なりにわかりやすく解説を行った。


「強くてニューゲーム」
「なに?」
「遥か昔のレトロゲームの中でそういったシステムを取っているものがある。ゲームをクリアして、もう一度最初から始めるとき、一週目の状態を保持して始めることができるんだ」
「だからって、設定された限界値は変わらないだろ? 肉の檻の進化の限界値は?」

 彼女の疑問に、バルドゥルは腐臭の漂う笑みを漏らす。
「クク、カカカカッ、ゲームではそうだろうが、これはゲームではない。レスターと我らの技術の融合により、限界値は大幅に広がった!」


 バルドゥルは大仰に右手を振った。
 彼の感情と手の動きに応え、いくつものモニターが浮かび、その中に彼が開発した新たなナノマシンが映った。
 それはレスターを吸収し、肉体に溶け込み、細胞と一体化して新たな進化へと導くもの。
 彼はモニターを愛しくも狂おしそうに掴み、それを床に叩きつけモニターを粉々にする!


「だがしかし! すでに限界値を迎えた我らでは新たな進化に耐えられん! だからこそ、初期化し、もう一度道を歩み直す必要がある! この新たなナノマシンは肉体をゆっくりと改良し、進化の可能性を広げていく!」


 彼は口角泡を飛ばし、スポットライトを当てられた演者のように饒舌に語る。

「だが、安心したまえ! 知性なき存在として恥をさらすのは僅か! 長い人類史から見ればちっぽけなもの! 千年程度で知性の片鱗を見せ、そこから加速度的に貴様らは知性を取り戻して、さらに千年も経てば、かつての自分らを超えた存在として生まれ変わる!! そして、この可能性はすでに世界中に散布された。念には念を入れてな。このナノマシンは失われることなく子どもたちに受け継がれていく。そうして進化を重ねていくだろう!!」


 彼は両手を広げ、新たな世界を迎え入れるような仕草を取る。
 その姿にジュベルの顔は怒りと憎しみに染まり、彼は刃のついた言葉を振るおうとした。
 だが、百合は彼に手の平を向けて言葉を無理やり納めさせ、バルドゥルに対して静かに説得と質問を交える。


「所長。あんたの理想は理解した」
「ククク、そう言ってくれるか、同志よ。さすがはこの施設の副所長を担うだけはある」
「お褒めに預かり嬉しいがね、同志ではねぇよ。これは仲間の意思を無視してやるようなことじゃねぇ。ひとまず、この実験を止めろ。あんたならできるだろ?」

「何を言う!? 偏狭な凡俗共に我らの思想はわかるまい! それにこれは実験ではなく、すでに始まったこと、終わったことなのだ!」
「何が我らだ。何が同志だ。あんたは自分だけ無事でいられる算段がついてんだろ?」

「ほ~、何故そう思う?」

「さっきから変異するのは『貴様ら』と言ってんだろ。『我々』、ではなくてよ」
「ほほ~、いかんな。興奮のあまり自分を隠せなかった。いかにも、私は変異しない」
「で、てめぇは何をするつもりだ?」


 バルドゥルは声に最大の愉悦と興奮を乗せて、こう言葉を返す。
「決まっておるだろう!? 私は指導者として貴様らを導く。新たな進化を遂げた者たちを新たな道へ導くために! 喜べ! 進化を遂げたのちの貴様らは凡俗などでない!! 全てが私と肩を並べる素晴らしき存在! その者らを率いて、新たに宇宙を生み、世界を再興し、更なる世界を求めて旅に出ようではないかぁぁあぁぁあ!」


「きさまぁぁあぁぁあああ!」
「馬鹿、やめろっ!」

 ジュベルはバルドゥルに手の平を向けて、光の円環を生んだ。
 そしてそこから光線を飛ばし、それはバルドゥルに当たり、彼は塵のように霧散してしまった。
 百合は彼を責める口調を見せる。

「馬鹿野郎! 新型ナノマシンについて知っているのは所長だけだぞ! この事態を収拾できるのは腹は立つがこいつしかいなかったのによ!」
「だけど、だけど、だけど……」
「チッ! しゃーねぇ」

 百合は瞳を左右に振り、施設へアクセスする。

「こうなったら所長の過去データから所長を複製して……クソッ! 自分に関するデータをまるっきり消してやがるっ。それどころか俺たちの健康なデータも消してやがる。復元も無理か。勝手に自分の複製を創られ情報を聞き出されねぇための予防と、俺たちに後戻りをさせねぇための措置かよ」

 
 彼女は首を横に振り、小さくため息をついた。
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