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第二十一章 世界旅行
ちょっとした冗談
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――屋敷へ
馬車を屋敷の裏手につける。
ここは秘密裏に要人と会う際に利用される場所だ。
父は私をなるべく他者の目にさらさないようにと考えたのだろう。
御者も裏手を使用する際はそういった事情をよく理解しているので、私たちを降ろすと挨拶を交わすこともなく走り去った。
裏庭に咲き誇るベルガモットの花園を通り、その花々の清涼な香りを味わい、私は今の季節を形にする。
「ベルガモットが咲いている。ということは、今は夏。ですが、あまり暑さを感じない」
「今年は冷夏だからな。食料の先行きが心配だ」
「冷夏……冷夏というとたしか、七年前。つまりここは七年前なのか」
「ここではお前はまだ、十五の少年。いや、五歳というべきか?」
「いえ、肉体の質は年齢相応。ですので、経験薄くとも十五で構いません」
「フン、物言いが私よりもジクマに似ているな。政治家となり、奴から学んだか」
「良い薫陶を受けました」
「あれを良いと評するとは、お前はかなり汚れたようだ」
「はは、政治家としては一回り成長したつもりです」
「まさにジクマの返しだな。まったく、親の影響を受けずジクマなどの影響を受けおって……時にケント」
「なんでしょうか?」
「七年後の仲間には自分のことを話しているのか?」
「それは……」
「己のことは己が決めるべきだが、親として節介を言おう。仲間に話せ」
「え?」
「信頼を勝ち得るためには、自分から一歩踏み込まねばならぬ。歩み寄ってくれることを願うばかりでは駄目だ。時間に逃げ込むなど絶対にやめておけ。時間は共に歩んでこそ意味がある」
「……はい」
「とはいえ、己の存在を確固と支える証明がないお前には難しいことか。私の言葉や仲間を得たとしてもなかなか踏み出せぬだろう」
「…………」
「まぁ、いい。裏口に着く」
裏口であっても威風を纏う扉を開き、屋敷へ入る。
入るとすぐ前に、執事のオーキスが立っていた。
彼は白髪と真っ白な鼻髭をこさえた、実にスマートな老年の男性。私や父よりも背が高く、とても冷静で落ち着いた物言いをする男だ。
服装は常にアーガメイトに仕える執事服を身に着けている。
その装いは僅かばかりの意匠が施された黒色の燕尾服。そして、クロスを描くような茶色のネクタイに真っ白な手袋を着用している。
彼は深々と父へ頭を下げる。
「お帰りなさいませ、旦那様」
「オーキスか。相変わらず耳が利く」
「執事として、主のご帰宅を察するのは当然でございます」
彼は頭を上げて、私の姿を緑の瞳に宿した。
そして……。
「これはこれはケント様。ご立派になられて」
「いやいやいやいや、待ってくれ。父さんはともかく、どうしてオーキスまで簡単に受け入れられるんだ?」
「常日頃から旦那様の御客は珍しい方ばかりですので、この程度こと」
「珍しい?」
「ええ、銀色の肌で大きな黒の瞳を持つ方や、頭はひょろ長く体液が酸である方や、狩りを常として数多の星で獲物を追っている方や、皺皺で指先を光らせて傷を治してしまう方や、コーヒーを好み様々な職業を熟す方や、学生姿で古代人よりも強い少女などなど」
「はい?」
「オーキス、ケントをからかうな」
「申し訳ございません。立派な大人となられたケント様を目にして、少々舞い上がっておりました。失礼しました、ケント様」
「あ、なんだ、いつもの君の冗談だったのか。驚いた」
オーキスは態度も口調も淡白であるが、子どもだった頃の私をよくからかうような真似をしていた。そのおかげで、養子となった私が屋敷に溶け込みやすかった一面もある。
しかしそれは、私が政治家に転向してからも相変わらずであり、突然大人となった私と出会っても彼のスタイルは崩れることがないらしく、私をからかったようだ……と思ったのだが、オーキスと父の返しがおかしい。
「はい、ちょっとした冗談でございます」
「そうだな、ちょっとだな」
「え、ちょっととは?」
「ケント、こっちへ来い。時に支配される我らにとって時間は有限だぞ」
父はオーキスを伴い、廊下の奥へと進んでいく。
私の方は促されるままに二人の後をついて行くのがやっとだった。
廊下を少し進み、地下のワイン倉庫へと続く階段前で二人は止まる。そして、その階段を降りていく。
「父さん、この先はワインがあるだけでしょう?」
「ワインだけしかない場所に案内するわけないだろう。少し、頭を回せ」
「す、すみません」
「この世に意味のない行動などない。常に行動には何かしらの意味があると思い、考えろ」
「はい」
階段を降り、ワイン樽やワインボトルが納まる棚たちが私たちを出迎えた。
父は部屋の中心に立ち、私へ顔を向ける。
「ケント、今から言葉にすることをよく覚えておけ」
「はい、わかりました」
「クラウンシステム発動。認証コード・アステ=ゼ=アーガメイト。412.0923」
父がそう言葉に出すと、地下室に光の線が走り、次にどこからともなく声が響き、その一連の出来事に対して私は驚きの声を飛ばした。
――声紋一致。遺伝情報一致。セキュリティ解除。展開します――
「な、いったいこれは?」
不思議な声が閉じると、ワイン棚の一角が消え、そこに大きな空間が生まれた。
その空間には、トーワの遺跡にあった転送装置とは色違いの転送装置。
大理石のようにつるつるとした円盤は黒ではなく青――青い円盤に上下を挟まれた転送装置が存在していた。
馬車を屋敷の裏手につける。
ここは秘密裏に要人と会う際に利用される場所だ。
父は私をなるべく他者の目にさらさないようにと考えたのだろう。
御者も裏手を使用する際はそういった事情をよく理解しているので、私たちを降ろすと挨拶を交わすこともなく走り去った。
裏庭に咲き誇るベルガモットの花園を通り、その花々の清涼な香りを味わい、私は今の季節を形にする。
「ベルガモットが咲いている。ということは、今は夏。ですが、あまり暑さを感じない」
「今年は冷夏だからな。食料の先行きが心配だ」
「冷夏……冷夏というとたしか、七年前。つまりここは七年前なのか」
「ここではお前はまだ、十五の少年。いや、五歳というべきか?」
「いえ、肉体の質は年齢相応。ですので、経験薄くとも十五で構いません」
「フン、物言いが私よりもジクマに似ているな。政治家となり、奴から学んだか」
「良い薫陶を受けました」
「あれを良いと評するとは、お前はかなり汚れたようだ」
「はは、政治家としては一回り成長したつもりです」
「まさにジクマの返しだな。まったく、親の影響を受けずジクマなどの影響を受けおって……時にケント」
「なんでしょうか?」
「七年後の仲間には自分のことを話しているのか?」
「それは……」
「己のことは己が決めるべきだが、親として節介を言おう。仲間に話せ」
「え?」
「信頼を勝ち得るためには、自分から一歩踏み込まねばならぬ。歩み寄ってくれることを願うばかりでは駄目だ。時間に逃げ込むなど絶対にやめておけ。時間は共に歩んでこそ意味がある」
「……はい」
「とはいえ、己の存在を確固と支える証明がないお前には難しいことか。私の言葉や仲間を得たとしてもなかなか踏み出せぬだろう」
「…………」
「まぁ、いい。裏口に着く」
裏口であっても威風を纏う扉を開き、屋敷へ入る。
入るとすぐ前に、執事のオーキスが立っていた。
彼は白髪と真っ白な鼻髭をこさえた、実にスマートな老年の男性。私や父よりも背が高く、とても冷静で落ち着いた物言いをする男だ。
服装は常にアーガメイトに仕える執事服を身に着けている。
その装いは僅かばかりの意匠が施された黒色の燕尾服。そして、クロスを描くような茶色のネクタイに真っ白な手袋を着用している。
彼は深々と父へ頭を下げる。
「お帰りなさいませ、旦那様」
「オーキスか。相変わらず耳が利く」
「執事として、主のご帰宅を察するのは当然でございます」
彼は頭を上げて、私の姿を緑の瞳に宿した。
そして……。
「これはこれはケント様。ご立派になられて」
「いやいやいやいや、待ってくれ。父さんはともかく、どうしてオーキスまで簡単に受け入れられるんだ?」
「常日頃から旦那様の御客は珍しい方ばかりですので、この程度こと」
「珍しい?」
「ええ、銀色の肌で大きな黒の瞳を持つ方や、頭はひょろ長く体液が酸である方や、狩りを常として数多の星で獲物を追っている方や、皺皺で指先を光らせて傷を治してしまう方や、コーヒーを好み様々な職業を熟す方や、学生姿で古代人よりも強い少女などなど」
「はい?」
「オーキス、ケントをからかうな」
「申し訳ございません。立派な大人となられたケント様を目にして、少々舞い上がっておりました。失礼しました、ケント様」
「あ、なんだ、いつもの君の冗談だったのか。驚いた」
オーキスは態度も口調も淡白であるが、子どもだった頃の私をよくからかうような真似をしていた。そのおかげで、養子となった私が屋敷に溶け込みやすかった一面もある。
しかしそれは、私が政治家に転向してからも相変わらずであり、突然大人となった私と出会っても彼のスタイルは崩れることがないらしく、私をからかったようだ……と思ったのだが、オーキスと父の返しがおかしい。
「はい、ちょっとした冗談でございます」
「そうだな、ちょっとだな」
「え、ちょっととは?」
「ケント、こっちへ来い。時に支配される我らにとって時間は有限だぞ」
父はオーキスを伴い、廊下の奥へと進んでいく。
私の方は促されるままに二人の後をついて行くのがやっとだった。
廊下を少し進み、地下のワイン倉庫へと続く階段前で二人は止まる。そして、その階段を降りていく。
「父さん、この先はワインがあるだけでしょう?」
「ワインだけしかない場所に案内するわけないだろう。少し、頭を回せ」
「す、すみません」
「この世に意味のない行動などない。常に行動には何かしらの意味があると思い、考えろ」
「はい」
階段を降り、ワイン樽やワインボトルが納まる棚たちが私たちを出迎えた。
父は部屋の中心に立ち、私へ顔を向ける。
「ケント、今から言葉にすることをよく覚えておけ」
「はい、わかりました」
「クラウンシステム発動。認証コード・アステ=ゼ=アーガメイト。412.0923」
父がそう言葉に出すと、地下室に光の線が走り、次にどこからともなく声が響き、その一連の出来事に対して私は驚きの声を飛ばした。
――声紋一致。遺伝情報一致。セキュリティ解除。展開します――
「な、いったいこれは?」
不思議な声が閉じると、ワイン棚の一角が消え、そこに大きな空間が生まれた。
その空間には、トーワの遺跡にあった転送装置とは色違いの転送装置。
大理石のようにつるつるとした円盤は黒ではなく青――青い円盤に上下を挟まれた転送装置が存在していた。
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