上 下
231 / 359
第二十章 それぞれの道

彼女の成長は仇となる

しおりを挟む
――海岸


 私たちはぞろぞろと石階段を降りて、雁首を揃え砂浜に立ち並び、ギウに頭を下げた。
 ギウは銛を砂浜に刺して両手を組み、大きくため息を吐くが怒ってはいないようだ。

「ギウ~、ギウギウ、ギウ」
「許してくれるのか? 本当に悪かった、ギウ」
「ギウ~ギウ」

 ギウは再度、別に構わないと声を上げた。
 すると、私の脇からするりとフィナが飛び出して、許してもらった矢先からカエルが何者かと尋ね始めた。


「ねぇ、ギウ。あのカエルって、誰? あんたの、何?」
「フィナッ」
「いいじゃん。みんな気になってるんだし。でも、まぁ……」

 フィナはギウをちらりと見て一言。
「話しにくいことなら無理強いはしないけどさ」
「ほぅ~」
「なによ、その『ほぅ~』は?」

「いや、以前の君なら不作法に突っ込んだ話をするだけだったが、相手に配慮を見せるとは……成長しているんだな、君も」

「ケント、あんたの銃貸して。弾を五発だけ入れて、ぶっ放すから。運が良ければ助かるかもよ」
「ほぼ死じゃないかっ。そこまで怒るとは、悪かった」
「まったく、私だって仲間に気を遣うくらいするっての。それで、ギウ。あいつ、なんなの?」

「ぎう~……」


 ギウは人差し指を真っ黒なお目目の少し横――こめかみのような場所に当てて唸り声を上げる。
 そしてフィナに、こうカエルのことを話した。

「ぎう、ぎうぎう、ぎう」
「古い友人? それだけ」
「ギウ」
「どんな友人なの?」
「ぎう~、ギウ……ギウ」
「昔の仕事仲間? 何それ? 仕事って?」
「ギウギウ」
「色々? もしかして、話したくない?」
「ギウ」
「ふ~ん、まあ、いっか」

 
 知りたがりのフィナがあっさり退いた。
 私はまたもや驚きに息を漏らす。

「ほぅ~、本当に仲間を気遣うようになっているんだな」
「あんたさ、私をなんだと思ってんの? 銃貸して。六発入れて、ぶっ放す!」
「100%死じゃないか。悪かった」
「悪いと思うなら二度も言うなっ」
「すまない。なんというか、不遜だと思っていた君も成長しているんだなと思うと、感慨深くて、つい」
「あんたは私のパパかっ!」

 フィナが唾を飛ばすように声を出した。
 すると、この言葉にエクアがちょっと驚いたような顔を見せた。


「フィナさんって、お父さんのことパパって呼ぶんですね。なんか意外です」
「え、なんて呼ぶイメージだったの?」
「親父……」
「そんな呼び方しないよっ。だいたい、親父ならもうそこにいるじゃん!」
「俺の親父呼びとパパの親父だと全然意味が違うだろ」

 と、私たちが談笑を広げる隣では、話に加わらなかったマスティフがすでに小さくなったカエルの乗る小舟を見つめてギウに話しかけている。


「ギウ殿。友人は東大陸へ帰るのか?」
「ギウ」
「しかし、あのような小舟では大海原は渡れまい?」
「ギウギウギウ、ギウ」
「問題ない、と。それに、途中でサメの餌になったとしても誰も困らない……」
「ギウッ」

 ギウには珍しく、唾棄するような言葉遣いを見せる。
 それは心底、カエルを嫌がっているような態度……。

 私はこそりとマスティフに声を掛ける。

「彼とカエルは本当に友人なのだろうか?」
「さて? 友人でありながらも、鬱陶しい人物、といったところではないか?」

 東から訪れた、よくわからない人物に私たちは眉を顰める。
 とはいえ、無理に人間関係を深く探っては失礼だろう。

 私たちは覗き見をしていたことをもう一度謝って、そろって城に戻ることにした。
 だが、フィナは海岸沿いの海流の流れを調べておきたいと。
 彼女は防壁の下に流れる奇妙な力の流れを調べるつもりようだ。

 フィナを残し、ギウを含め私たちは城に戻る。


――海岸・フィナ

 ケントたちは石段を昇っていく。
 彼らの姿が崖上に消え、見えなくなったところでフィナは指をパチリと跳ねて、未来から贈られた人頭ほどの大きさの正十二面体の深紅のナルフを浮かばせる。

「さてと、ここまで来たからついでに先延ばしにしてた防壁の下を流れるエネルギーの中心点を見つけておきたいんだよねぇ」

 ナルフの鏡面にはトーワを真上から見た図が浮かぶ。
 トーワ城を中心に三重の壁が広がり、その下に走るエネルギーは海にまで及んでいる。
 フィナはトーワ城より少し海側を見つめる。


「やっぱり中心点がずれてる。トーワよりちょっと背後。え~っと……」

 ナルフを頼りに海岸を歩き、少し南に行ったところで足を止めた。

「洞窟……ケントから聞いた話だと、昔はここにギウが住んでいたんだっけ?」
 彼女は崖下にぽっかり空いた洞窟を見つめる。
 端の方に人一人分くらいなら通れそうな道が見えるが、荒々しい波が打ち寄せ、気を許せばあっという間に波に呑まれそうな道である。

「この洞窟の最奥が中心点っぽいんだけど、どうしよっかな? でも、ギウの家に勝手に入るのはなぁ。かといって、ギウって自分を語らないし」


 遺跡を恐れるギウ。
――彼は何かを知っている。
 魔族を瞬時にして塵に帰す謎の銛。
――それを調べようとすると抵抗する。
 奇妙なカエルの友人。
――彼は友人の存在を詳しく語らない。


「絶対、私たちの知らないことを知ってるんだと思うんだけど、おそらく見せてくれないだろうし。ケントもなぜかギウには甘いし……ふむ」


 選択肢は二つ――入る・入らない。


 当然、謎を知ろうとすれば入るの選択肢しかない。
 以前のフィナであれば、迷わずそれを選択していた。
 だけど、今の彼女は……。


「はぁ、友達の秘密を探るのってのは趣味悪いよね。今は遺跡の解析でかかりっきりだし、ギウが話してくれるまでのんびり待ちますか」

 彼女はナルフを消して、石段へ戻っていった。
 
 これは、誰かを思うというフィナの心の成長の表われであった。
 だがっ、この選択により、フィナは……いや、世界は最良の選択を失ったことになる。


――かつてフィコンはケントへこう言葉を渡した。

『ただし、犠牲は……そうか、成長により、最も素晴らしい選択肢は消えるのか。成長が仇になるとは難儀だな』
『私の成長が何か問題でも?』
『いや、貴様のことではない。貴様が影響を与え成長した者のことだ』


 その者こそ、フィナ。フィナ=ス=テイロー。
 褒め称えるべき友人を思う心が仇となり、ケントたちは多くの犠牲を払うことが運命づけられた。
 しかし、これを非難することはできない。
 誰もが常に最良の選択を選べるわけではない。

 そして、最良を選べなかったとしても、何も悲観することはない。
 最良が必ずしも、最高とは限らないのだから。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

夫から国外追放を言い渡されました

杉本凪咲
恋愛
夫は冷淡に私を国外追放に処した。 どうやら、私が使用人をいじめたことが原因らしい。 抵抗虚しく兵士によって連れていかれてしまう私。 そんな私に、被害者である使用人は笑いかけていた……

【完結】婚約破棄されて修道院へ送られたので、今後は自分のために頑張ります!

猫石
ファンタジー
「ミズリーシャ・ザナスリー。 公爵の家門を盾に他者を蹂躙し、悪逆非道を尽くしたお前の所業! 決して許してはおけない! よって我がの名の元にお前にはここで婚約破棄を言い渡す! 今後は修道女としてその身を神を捧げ、生涯後悔しながら生きていくがいい!」 無実の罪を着せられた私は、その瞬間に前世の記憶を取り戻した。 色々と足りない王太子殿下と婚約破棄でき、その後の自由も確約されると踏んだ私は、意気揚々と王都のはずれにある小さな修道院へ向かったのだった。 注意⚠️このお話には、妊娠出産、新生児育児のお話がバリバリ出てきます。(訳ありもあります)お嫌いな方は自衛をお願いします! 2023/10/12 作者の気持ち的に、断罪部分を最後の番外にしました。 2023/10/31第16回ファンタジー小説大賞奨励賞頂きました。応援・投票ありがとうございました! ☆このお話は完全フィクションです、創作です、妄想の作り話です。現実世界と混同せず、あぁ、ファンタジーだもんな、と、念頭に置いてお読みください。 ☆作者の趣味嗜好作品です。イラッとしたり、ムカッとしたりした時には、そっと別の素敵な作家さんの作品を検索してお読みください。(自己防衛大事!) ☆誤字脱字、誤変換が多いのは、作者のせいです。頑張って音読してチェックして!頑張ってますが、ごめんなさい、許してください。 ★小説家になろう様でも公開しています。

ハズレスキル【収納】のせいで実家を追放されたが、全てを収納できるチートスキルでした。今更土下座してももう遅い

平山和人
ファンタジー
侯爵家の三男であるカイトが成人の儀で授けられたスキルは【収納】であった。アイテムボックスの下位互換だと、家族からも見放され、カイトは家を追放されることになった。 ダンジョンをさまよい、魔物に襲われ死ぬと思われた時、カイトは【収納】の真の力に気づく。【収納】は魔物や魔法を吸収し、さらには異世界の飲食物を取り寄せることができるチートスキルであったのだ。 かくして自由になったカイトは世界中を自由気ままに旅することになった。一方、カイトの家族は彼の活躍を耳にしてカイトに戻ってくるように土下座してくるがもう遅い。

ハズレスキル【分解】が超絶当たりだった件~仲間たちから捨てられたけど、拾ったゴミスキルを優良スキルに作り変えて何でも解決する~

名無し
ファンタジー
お前の代わりなんざいくらでもいる。パーティーリーダーからそう宣告され、あっさり捨てられた主人公フォード。彼のスキル【分解】は、所有物を瞬時にバラバラにして持ち運びやすくする程度の効果だと思われていたが、なんとスキルにも適用されるもので、【分解】したスキルなら幾らでも所有できるというチートスキルであった。捨てられているゴミスキルを【分解】することで有用なスキルに作り変えていくうち、彼はなんでも解決屋を開くことを思いつき、底辺冒険者から成り上がっていく。

【完結】実家に捨てられた私は侯爵邸に拾われ、使用人としてのんびりとスローライフを満喫しています〜なお、実家はどんどん崩壊しているようです〜

よどら文鳥
恋愛
 フィアラの父は、再婚してから新たな妻と子供だけの生活を望んでいたため、フィアラは邪魔者だった。  フィアラは毎日毎日、家事だけではなく父の仕事までも強制的にやらされる毎日である。  だがフィアラが十四歳になったとある日、長く奴隷生活を続けていたデジョレーン子爵邸から抹消される運命になる。  侯爵がフィアラを除名したうえで専属使用人として雇いたいという申し出があったからだ。  金銭面で余裕のないデジョレーン子爵にとってはこのうえない案件であったため、フィアラはゴミのように捨てられた。  父の発言では『侯爵一家は非常に悪名高く、さらに過酷な日々になるだろう』と宣言していたため、フィアラは不安なまま侯爵邸へ向かう。  だが侯爵邸で待っていたのは過酷な毎日ではなくむしろ……。  いっぽう、フィアラのいなくなった子爵邸では大金が入ってきて全員が大喜び。  さっそくこの大金を手にして新たな使用人を雇う。  お金にも困らずのびのびとした生活ができるかと思っていたのだが、現実は……。

他国から来た王妃ですが、冷遇? 私にとっては厚遇すぎます!

七辻ゆゆ
ファンタジー
人質同然でやってきたというのに、出されるご飯は母国より美味しいし、嫌味な上司もいないから掃除洗濯毎日楽しいのですが!?

【本編完結】さようなら、そしてどうかお幸せに ~彼女の選んだ決断

Hinaki
ファンタジー
16歳の侯爵令嬢エルネスティーネには結婚目前に控えた婚約者がいる。 23歳の公爵家当主ジークヴァルト。 年上の婚約者には気付けば幼いエルネスティーネよりも年齢も近く、彼女よりも女性らしい色香を纏った女友達が常にジークヴァルトの傍にいた。 ただの女友達だと彼は言う。 だが偶然エルネスティーネは知ってしまった。 彼らが友人ではなく想い合う関係である事を……。 また政略目的で結ばれたエルネスティーネを疎ましく思っていると、ジークヴァルトは恋人へ告げていた。 エルネスティーネとジークヴァルトの婚姻は王命。 覆す事は出来ない。 溝が深まりつつも結婚二日前に侯爵邸へ呼び出されたエルネスティーネ。 そこで彼女は彼の私室……寝室より聞こえてくるのは悍ましい獣にも似た二人の声。 二人がいた場所は二日後には夫婦となるであろうエルネスティーネとジークヴァルトの為の寝室。 これ見よがしに少し開け放たれた扉より垣間見える寝台で絡み合う二人の姿と勝ち誇る彼女の艶笑。 エルネスティーネは限界だった。 一晩悩んだ結果彼女の選んだ道は翌日愛するジークヴァルトへ晴れやかな笑顔で挨拶すると共にバルコニーより身を投げる事。 初めて愛した男を憎らしく思う以上に彼を心から愛していた。 だから愛する男の前で死を選ぶ。 永遠に私を忘れないで、でも愛する貴方には幸せになって欲しい。 矛盾した想いを抱え彼女は今――――。 長い間スランプ状態でしたが自分の中の性と生、人間と神、ずっと前からもやもやしていたものが一応の答えを導き出し、この物語を始める事にしました。 センシティブな所へ触れるかもしれません。 これはあくまで私の考え、思想なのでそこの所はどうかご容赦して下さいませ。

いつもの電車を降りたら異世界でした 身ぐるみはがされたので【異世界商店】で何とか生きていきます

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
電車をおりたら普通はホームでしょ、だけど僕はいつもの電車を降りたら異世界に来ていました 第一村人は僕に不親切で持っているものを全部奪われちゃった 服も全部奪われて路地で暮らすしかなくなってしまったけど、親切な人もいて何とか生きていけるようです レベルのある世界で優遇されたスキルがあることに気づいた僕は何とか生きていきます

処理中です...