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第十八章 純然たる想いと勇気を秘める心

裏切り者

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――屋敷・昼前(数時間前)


 
 調べ車しらべぐるまの塔の会談は昼前には終わり、私は屋敷に戻っていた。
 戻ると同時に、とんでもない情報が舞い込む。

 なんと、アグリスの警備隊がエクアに逮捕状を出したのだ!?

 彼らは議会にうかがいを立てることもなく、突然屋敷の前まで来てエクアを差し出すように要求してきた。このことから彼らは私のことを下に見ていたのだろう。だが、私は領主という立場をフルに生かして、何とか追い払うことに成功した。
 
 彼らは一度戻り、これらを議会に報告し、改めて屋敷に戻ってくるはず。
 
 あまりに非礼な行為だったが、僅かとはいえ時間を得られたのは好機。
 この時間を最大限に生かさなければならない。


 
 着替えの時間も惜しく私は会談用の正装の姿のままで会議室に皆を集め、音が外に漏れないように魔法石を使い部屋を封じ、椅子に座ってエクアに事情を尋ねる。
 エクアは警備兵から虐待を受けるカリスの幼い兄妹を見過ごすことができず、助けてしまった。
 その際、身分を隠していたものの、どこから漏れて、このような状況に……。


 事情を話すエクアは涙を流しながら、ずっと嗚咽を漏らしている。
「も、申し訳ございません。こんなことになるなんて。私が浅はかだったばかりに、皆さんに迷惑が掛かって」
「気にするなっ、君は間違っていない! この私が何とかするから、もう泣くのはよせ。な、大丈夫だから」
「ごめんなさい、ごめんなさい」

 どんなに優しく接しようとも、落ち着かせようとしても、エクアは涙を止めることはない。
 それを何とか収められるようにフィナとギウが声を掛け続けている。
 

 二人にエクアを任せている間に、私は彼女から聞いた状況を反芻する。

・路地裏のそばから立ち去ろうとしたら、叫び声が聞こえた。
・すると幼い兄妹が棒で打たれていた。理由は警備兵に石を投げたから。
・しかし、兄妹は石を投げていないと証言。
・エクアは素性を隠し、警備兵を撃退。
・警備兵はエクアの正体を突き止め、逮捕状を取った。


(おかしい、早すぎる)

 
 エクアは自分の素性を隠していたと言っている。
 街の者たちは馬車に乗った客の存在を知っていても、私たちの姿は知らない。
 そうだというのに、朝から昼という僅かな時間で正体を突き止めるなんて。
 可能性があるとすれば、エクアが屋敷から出た時から、あとをつけられていた……しかし、昨日のカインとグーフィスからその様子はなかったと報告を受けている。
 フィナと親父もまた自分たちを追う影を見ていない。

 これらのことから私たちはさほど危険視されていないことがわかる。
 それなのに、エクアだけあとを追いかける理由がない。
 また、屋敷へ戻る際に誰かからつけられた様子もなかったとエクアは言っていた。


 次に、おかしな出来事。
 エクアが路地裏から去ろうとしたタイミングでの叫び声。そして、どこからか飛んできた石。
 まるで、誰かがエクアを嵌めようとしていたかのような感じだ。

 誰がエクアを嵌める? 何のために?
 いや、理由はどうでもいい。
 それを行える存在を突き止めるべきだ。

 だが、行えるとなると……。

 私は顔を歪める。
 聞きたくはない。だが、聞くしかない!


「……みんな、今日の朝、何をしていた?」

 この質問に、一同はぽかんとする。
 すると、質問の意味に気づいたカインが声を少し荒げた。

「ケントさん、まさかっ?」
「そのまさかだ。エクアは絶妙なタイミングで騒動に巻き込まれた。エクアは素性を隠していたのに、短時間で突き止められた。これはエクアの行動を知り、素性を知っている者以外できない」


 そう、言葉を漏らすと、フィナが怒りを露わとして私に詰め寄った。
「あんたっ、私たちの中に裏切り者がいるっていうの!?」
「一連の騒動を外の者が起こそうとすると、かなり難しい。だが、中の者ならば……」
「ふざけんなっ!! ぶっ殺すよ!!」
「ぐっ!」

 フィナはいまにも殴り掛からんとする勢いで私の胸倉を締め上げた。
 その光景に皆が驚く中でギウが止めに入ろうとするが……親父が先に声を出す。


「フィナの嬢ちゃん。やめてくださいな。旦那は正しい」
「なに言ってんの!? 仲間に裏切り者がいるって言いやがったのよ! 許せるわけないでしょ!?」
「あはは、フィナの嬢ちゃんは本当にいい奴だ。いや、いい女だ」
「え?」
「そして、旦那は、旦那は……鋭い方だ」


 黒眼鏡で無精ひげを生やしたいかつい親父は、何とも弱々しく形容しがたい表情を見せる。
 それは泣いているような、微笑んでいるような、不思議な表情。
 私は彼に、はっきりと言葉を渡した。

「君が、エクアを嵌めたんだな」
「……はい」


 静かに、たしかに、ゆっくりと染み渡る不快な返事。
 皆はなぜ!? という疑問の鎖に縛られる。
 フィナは私の首から手を降ろし、親父に向かい、獣のような咆哮を上げて、拳を固めた。

「おやじぃぃいいいい! いったいっ!! どういうつもりよおぉおぉおぉぉぉ!!」

 親父は目を瞑り、フィナの拳を受け入れようとする。
 だが、私はそのような卑怯な真似を見過ごすつもりはないっ。

「フィナッ! やめろ!!」
「はぁ! どうして!?」
「この問題は君の拳一つで解決できる問題ではない!」
「だからなによっ! この親父はエクアをっ!」

「そのようなこと言われなくてもわかっている。少しは頭を冷やせ!」
「冷やせるわけっ」
「黙れ! いい加減にしろ!!」
「っ!? な、な、なんですってぇぇ!」

「ここで感情を爆発させて何が解決できるっ? まずは親父から意図を聞くべきだ!」
「いまさら仲間を裏切った奴の意見なんて!」
「黙れと言っている! エクアを救いたいなら引っ込んでろ! フィナ! 君は邪魔だ!」
「じゃ、じゃ、じゃま……? あんたねぇ~」


 フィナの瞳に、怒り揺らめく色が宿る。
 だが、それ以上の怒りを私は瞳に乗せて睨み返す
「フィナ……」
「な、なによっ?」

「私はエクアを救いたい。だから、感情を抑えろ。ここで親父を殴っても意味はない。殴るなら全てを終えてからにしろ」
「…………わかった。今は我慢してあげる。だけどっ」

 彼女は親父の細胞の一欠けらも消し去らんとする形相を見せて、こう言い放った。

「私の拳には利子が付くからね! 親父、覚悟しときなさいよ……」
「ああ、わかっているさ。フィナの嬢ちゃん」
「馴れ馴れしく私の名前を呼ぶな! フンッ!!」

 
 フィナは鼻息を荒く飛ばし、長机の端の方に座り、腕を組んで私と親父を睨みつける。
 ひと騒動を治めた私は嘆息たんそくを挟み、親父に問う。
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