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第十七章 頂へ続く階段の一歩

画家

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――長廊下


 廊下を歩いている途中、フィコンが私に話しかけてきた。
「ケントよ、議員共は何を話しておった?」
「アグリスの素晴らしさと偉大さを。おかげさまで良き観光案内となりました」
「クスッ」

 感情の希薄な少女フィコンは私の皮肉に小さく声を立てた。
 後姿からではわからないが、いま彼女は微笑みを見せているのだろうか?
 彼女は言葉を軽く漏らす。

「あやつらめ、どうせ詰問のような真似をしておったのだろうな。百万都市のかじを担う議員でありながら、矮小なことよ」
「フィコン様」

 エムトはそっと名を呼び、フィコンの声を止めた。
 今のフィコンの言葉――それはフィコンと二十二議会の間に距離があることをしめしている。それをエムトは止めたのだが、フィコンは明け透けに口にした。
 いくらルヒネ派のトップとはいえ、中身は十四歳の少女。
 言葉の取捨選択ができていないと見える。


 暗に注意を促されたフィコンは話題を変える。
「化粧品の話だが、そこは詰めたのか?」
「いえ、まったく」
「そうか、フィコンとの会合ののちに議員たちがそれについて話すだろう。詳しい話は後日になるだろうが……あの者たちは時間の有用性を理解できておらんな」
「フィコン様」

 再び、エムトが言葉を差し入れた。
 フィコンは軽く息を抜く動作を見せて、次にエクアへ話しかける。


「エクアよ、この先にまだ世に出ておらぬサレート=ケイキの新作がある。それを批評してもらいたい」
「え、ええっ! 先生の新作が! それも、私なんかが先生の新作の批評を!?」
「何を言う。何か発表すれば何者かに批評されるものだ。批評を恐れるならば、己の家の額縁に飾るだけで満足しておればいい」

「それは……ですが、批評は時に創作者に対する刃となります。もちろん、私ごときの批評に刃のような切り口はありませんが」

「批評もまた発表と同じ。創作者や横の者から、鋭き返し刃で傷つけられることもある。心を表すということは、常に賞賛と痛みが表裏として存在しておるものだ。そうであろう?」
「はい、わかります……」

 エクアは顔を僅かに伏せた。
 いま彼女は、自分の絵をムキから否定されたことを思い出しているのだろうか?
 フィコンはエクアへちらりと視線を送り、言葉を続けた。

「中には批評を口汚く罵ることと勘違いしておる者もいるが、そのような者の言葉は無価値だ。エクアはそのような勘違いをする娘ではあるまい。つまりは、遠慮なく批評するがいい。もちろん、その批評が批評されることを恐れずにな」
「……はい」
「よろしい。そろそろ見えてくるな」


 長廊下を歩いた先には殺風景な真四角の広間があった。
 その広間の壁に一枚だけ、巨大な絵画が飾られてある。
 エクアは絵画を目にして、言葉を一切発さずに、目だけに意識を始める。

「…………」

 代わりに隣に立つ私が言葉を漏らした。
「な、なんという迫力。心を鷲掴みにされるような……」

 暗雲の下で、大勢の人々が無秩序に絡み合い、空へ手を差し伸べる姿。
 人々は暗雲の下にある小さな光を追い求め、我先にと手を伸ばす。
 絶望に染まった人々は一縷の望みに縋り、たかり、他者を押しのけ、少しでも高く天にある光へ指先を引っ掛けようとしている。

 そこにあるのは傲慢・暴力・痛み・叫び・我慾がよく
 そうであるのに、絵画に描かれている人々は笑顔を浮かべている。
 彼らは自分の瞳に映る希望のみを映して、喜びに身を包む。
 その下には押しつぶされた人々が身体の原型をなくすほどに、崩れ、溶けあっているいうのに……。

 心の闇を一つに押し固めたような絵画に、私の背筋は凍りついた。
 呼吸は乱れ、恐怖に体は震えるが、瞳は絵から逃れようとしない。
 それは、絵から人間の根源を惹きつける力が溢れ出しているからだ。
 
 根源の名は――欲望。

 人にとって必要不可欠な感情であり、成長を促すもの。
 だが、過ぎれば毒にもなる。
 毒にもなるが、甘美な感情でもある。
 だから、魅了され、瞳は固定される……。


 私の隣ではエクアもまた、絵に釘付けであった……しかし。

「言い訳……」

 エクアがポツリと零した言葉に、私の瞳は絵からエクアへと動いた。
 この言葉の意味を、フィコンが問う。

「言い訳とは?」
「盲目に希望を追いかけているから、見えずに他者を踏みつぶして笑顔であるのは言い訳。本当は見えている。だけど、希望を言い訳に使って、屍の山を築いている」


「いや~、素晴らしいねぇ~」
 パチパチパチと、乾いた拍手を奏でながら広間の奥から一人の男が現れた。
 男は薄汚れた灰色の薄着の上に緑のジュストコール。先端がカールを巻いた長めの茶髪を深緑のベレー帽で押さえるといった、変わった出で立ちをした、細長の四角眼鏡をかけた優男。

 眼鏡の奥には紫の瞳。背は私よりも少し低い。
 彼は私に一瞥もくれることなく、エクアにだけ視線を注ぐ。


「会いたかったよ、エクア=ノバルティ。君こそが僕を新たな世界に導く少女だ!」
「えっと、あなたは……え? ベレー帽にジュストコールに眼鏡。そして、紫の瞳……………………まさかっ!!」
「ふふん、初めまして。僕の名はサレート=ケイキ。会えてうれしいよ、贋作の少女さん」
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