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第十四章 兵(つわもの)どもが夢の跡

――運命の分岐――

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――バイオハザードマーク研究室扉前

 
 ケントが閉じ込められ、四人は焦りに焦っていた。
 そこに追い打ちをかけるように、扉の表面が赤の光を纏って点滅を始めた。
 言い知れぬ危機感に、一同の焦りはさらに増す。

 マスティフが扉をこじ開けようとするがびくともしない。
 マフィンが高出力の魔導をぶつけるが、扉に触れた途端、霧散して消えてしまう。
 親父はエクアに声をぶつけた。

「エクアの嬢ちゃん! フィナの嬢ちゃんを!!」
「わかりましたっ!」
 
 エクアはフィナのもとへ駆け出そうとした。
 その時、彼女の声が響く。

「その必要はないよ、エクア」
「え!? フィナさん!?」

 フィナが正十二面体の深紅のナルフを浮かべ、皆の前に現れた。
「さぁ、ケントを救わないと!」

 

――研究室内部

 
 研究室内部では、呻き声のような短い声が響いている。
 感覚的に、何かのカウントダウンのようだ。

「これはまずいこれはまずい、まずいぞっ。ここは病原体を扱っていた場所。誤作動か何か知らないが、この内部を完全に浄化しようとしている! 早く脱出しないと!!」

 私は扉を何度も叩く。
 しかし、力も音さえも扉に吸収されているようで、何の反応を示さない。

「みんな、聞こえるか!? 聞こえていないよな、くそっ! どこか脱出口を!!」
 室内を見回す。どこにもそのような場所はない。
 この間にもカウントダウンらしきものは続いている。
 その音に交わり、彼女の声が聞こえてきた。


「ケント、聞こえる?」

「え?」

 声は青いナルフから聞こえてきた。

「フィナか!?」
「ええ、そうよ」
「フィナ、どうやら故障か何かでこの部屋はっ」
「わかってる。部屋の右奥にある制御卓コンソールに向かって」
「なに?」
「いいから行ってっ。死にたいの?」
「あ、ああ、わかった」


 フィナに促されるまま、部屋右奥にあるコンソールの前にやってきた。
 それは透明な壁から透明な机が飛び出したもの。

「来たぞ。どうするんだ?」
「机の真下にパネルがある。それを開いて」
「パネル? ……あったぞ。なぜ、君がそんなことを?」
「あとで話すからっ。パネルを開いた?」

「開いた。中には色とりどりの水晶のようなものがある」
「その中で、中央にある大きな穴から右に三つ目の穴。六角形の穴があるでしょ?」
「え~っと、あったぞっ」
「そこに……そこに……」


 フィナは突然、とても苦し気に声を出す。
 だが、次には、その苦しみや辛さを吹き飛ばすような大声を張り上げた。

「そこにおばあさんからもらったペンダントをはめなさい!」
「おばあさんの? あの老婆の? だが、一体?」
「いいから早くしなさい! 死ぬよ!!」
「わ、わかった!」

 首に掛けていたペンダントを外し、六角形の七色水晶をはめこんだ。
 その途端、透明な机の上に立体的な画像が浮かぶ。
 画像はこの施設のマップのようだ。

 マップには古代人の丸文字が描かれ、この部屋と思われる部分が赤く点滅する。
 次に、正面の透明な壁にたくさんの丸文字の羅列が浮かび、それが消えると、赤く点滅していた部屋が緑色を示した。
 同時に、あれほど耳障りだったカウントダウンも止まった。


「助かった、のか?」
「まだよ。一時的に止まっただけ。この研究室は完全に壊れていて、制御は不可能なの」
「なぜ、そんなことを? 君は一体?」
「……部屋の隅に行って、扉から離れて。吹き飛ばすから……」

 フィナは私の問いかけに答えず、必要なことだけを口にしてナルフの通信を切った。



――研究室扉前


 このフィナの一連の不可思議な言動・行動は、扉の前にいた者たちにも伝わっていた。
 彼らはフィナに問いかけるが、彼女はやはり答えない。

 フィナはケントを救うために、マスティフとマフィンに声をぶつける。
「この扉はエネルギー波を吸収する。魔法をいくらぶつけようと無駄。でも、純粋な物理的な打撃なら破壊できる。そこで、マスティフさん、マフィンさん!」
「応っ!」
「なんニャ!?」

「ワントワーフとキャビットの合わせ技でこの扉を破壊して! 私が爆弾を使用するよりも、計算上、この方法が最もケントの生存率が高いらしいの。おそらく、不測の事態が発生しても、二人がいた方が対処の幅が広がるんでしょうね」

「フィナ殿、何を言っている?」
「ごめん。疑問はあとで答えてあげるっ! 早くしないとまたカウントダウンが始まっちゃう!!」
「なに、それはいかんなっ! マフィン!」
「了解ニャ! いくニャよっ!」

 マフィンは魔力を高め、身の内から光の奔流を生み出し、秘儀となる魔法の詠唱を始めた。


――共に歩み別れ線は交差する機会を失えど、盟友の絆は凛として輝く。輝きは光の衣となりて我らの穢れなき魂魄こんぱくを示し、十万億土へと続く道を形作る。我と汝は幾重もの層を産み、分界は終幕へと結び新たなる道を指し示さん! ニャ!!――


「受け取るニャ! マスティフ! 永遠の誓いノクシンガペリ!!」

 マフィンの肉球から光の球体が飛び出して、それはマスティフの肉体を包み込んだ。
 光の衣に身を包むマスティフは腰を落とし、右拳に力を溜める。

「うぉぉおぉぉぉぉお!」

「親父とエクアは下がってるニャ! フィナ、結界の準備ニャ!」
「わかってる!」

 
 二人はエクアと親父を守るように立ち、結界を張った。
 それを見届けたマスティフは鮮烈せんれつなる正拳を放つ!

「憤怒っ!」

 拳が扉にぶつかる――衝撃が廊下に広がり、空気は竜巻のように渦を巻く。

 フィナとマフィンが張った結界は衝撃と竜巻によって、耳をつんざくような悲鳴を上げ、震えは結界内部にも伝わった。
 振盪しんとうが、エクアたちの肌を痺れさせる。

 空気は駆け抜け、音が消える。
 マスティフは拳を放った扉を見つめ、驚愕に声を生んだ。

「なんとっ!?」


 家の丈を越える巨石でさえ消し飛ばすであろう、爆発的な力を持った拳。
 そうだというのに、扉は軽くひしゃげた程度。
 
「信じられぬっ? どれほどまでに頑丈なのだ!」
「扉が壊れなかったのは計算外だけど、十分!」
 
 フィナが扉を指差す。
 ひしゃげた扉には隙間が生まれ、そこから銀髪を見せてケントが這い出してきた。

「よいっしょっと、いつつ。あ、尻が引っ掛かった!」
「もう、何やってるのよ! みんな、手伝って!」

 フィナを中心にケントを引っ張り出す。

「いっせい~の、はい!」
「いたたたたっ、まて! 尻がとれる!」
「待たない! 時間がないんだから。もう一回! せ~のっ」
「うがっ!?」


 スポンッ、といった感じでケントが飛び出してきた。
 ケントは尻をさすっている。

「いつ~、尻の筋肉を捻った」
「あとでエクアに治療してもらいなさいっ。今はここから距離を取るのが先!」

 尻を痛めたケントは親父に支えられ、他の皆と一緒に扉から離れていく。
 しばらくすると、扉の前に半透明の青白いカーテンが降りた。
 カーテンは研究室を覆う障壁のようだ。

 次に呻くような声が響き、研究室内で眩い閃光が走る。
 光が消えると青白いカーテンは消えて、静けさのみが辺りに残った……。


 たしかな意味で助かったと安堵したケントは大きく息を吐き、フィナに問いかける。
「はあ~……フィナ、どういうことか、説明してもらえるな?」
「うん、もちろん。これはみんなにも知ってもらいたいことだから……」

 フィナは悲しみに瞳を溺れさせ、眉を顰めながらもエクアとケントへ微笑みを浮かべていた。
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