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第十四章 兵(つわもの)どもが夢の跡

エクアの発想

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 フィナは親父の背中をバンバンと叩き、親父は頭をぼりぼりと掻いて照れを見せている。 
 彼女はこちらに顔を向けて、私の名を呼ぶ。

「と、いうことはっ! ケント! アーガメイトの日記帳みたいのってある?」
「日記帳? 定期的に研究記録を記したメモはあったと思うが?」
「どこに?」
「君の近くにある執務机の右の引き出し、上から一段目だ」

 
 父の机を模した、広々とした漆黒の執務机。
 上には錬金の道具と本が山積みになり、マフィンが飲み干した空のコーヒーカップ。
 その机の両側には引き出しがある。
 フィナは私が教えた、右から上一段目を開いた。

「あったっ。この茶色のメモ帳ね。これを読めば、凄いことがわかるかも!」
「フィナ、何を考えているんだ?」
「親父の言うとおり、この部屋にあるものが古代人の情報と対応しているなら、この記録メモは古代人の記録メモに同期しているはずっ」


 彼女は勇んで本を広く。
 だが……中にあったのは丸い文字の羅列。

「こっのっ! 何で翻訳されてないのよっ! もう~、腹が立つ~」
 目に見える形で頭から蒸気を飛ばすフィナ。
 そこへエクアが、水色の髪を揺らしちょこんと手を上げて言葉を差し入れた。

「あの~、私たちの言語に翻訳できなくても、地球の言語には翻訳できるんじゃ?」
「え?」
「古代人は地球の言語を知っているんでしょう。フィナさんとケント様はそれを読めるようですから、それに訳してみるとか?」

「なるほど、スカルペル語に翻訳する機能部分に不具合はあっても、地球の言語部分ならしっかり機能しているかも。いい考えね、エクア! 天才!!」
「そ、そんな……」

「ただ問題は、私はそれほど地球人の言語に明るくないってことだけど。ケントは?」
「私もほとんどわからない。英単語の一部と、日本語を少々」
「私も同じ。でも、もし訳できるなら、丸い点よりかはマシか」


 と、ここで、背中はこげ茶でお腹は真っ白なモフモフマフィンが猫髭をキュッと引っ張って、髭でハテナマークを作り声を上げる。
 それに私とフィナが答える。

「えいたんご? にほんご? 勇者たちがやってきたという、地球の言語は複数あるのかニャ?」
「ああ、複数あるらしい。こちらに訪れた地球人は日本という国からやってきて、日本語と言われる言葉を使っていた」
「英単語……英語って言うんだけど、この言語は地球で中心となる言語みたい。だから、日本人の彼らも多少は知っていた」

「だが、彼らが日常的に使用する言語は日本語。数式やそれらに付随する言語は他国のものを使用していたらしいが。ともかく、我々に伝わっている地球の言語は日本語の方が強い。英語に関してはほぼわからない」
「これはおまけ情報だけど、地球には数千単位の言語があるんだって」
「なんニャ、そりゃ? 地球は非効率的な世界のよーニャねぇ。どうしてそんニャことに?」


 フィナはその問いかけに両手を軽く上げて、「さぁ?」という態度を見せた。
 だが、私の知識の片隅に、それに関する情報が光る。

「彼らの神話の話になるが、かつて言語は一つだったが、天を目指そうとする塔。バベルの塔と呼ばれる塔を作ろうとし、その傲慢さに神の怒りを買い、塔を崩され、罰として言語がバラバラになってしまったと」


 この説明に、フィナが疑問の声を上げる。
「なにそれ、初耳? どこ情報?」
「さぁ……彼らの文献に目を通したときにどこかで目にしたのかもしれない」
「以前話した生命誕生の理由の時といい、あんたって半端に知識に触れてるよね」
「悪かったな、半端でっ」
「まったく、理論派は古代人だけじゃなくて地球人から得た情報も一人占めにしてる癖に、そちら側の人間が知識に興味を持って接してないなんて、嘆かわしいったらありゃしないっ」


 フィナは『今の私』に対しては愚痴をぶつけ、『理論派の私』に対しては嫌悪を抱き眉間に皺を寄せてじとりと睨んでくる。

「そのような目で見るな。興味のない知識は断片的になるものだろ。それに、私の意志で情報を一人占めしようとしたわけでもないし」
「たしかにそうだけどさぁ。ま、とりあえず、翻訳システムが完全に壊れていないことを祈りつつ、地球の言語。日本語に翻訳できるか? どうやったらできるか? を、探さないとね。しばらく、ナルフを使って調べることになると思うから、みんなは楽にしてて」

 この言葉を最後に、フィナはナルフと睨めっこを始めた。
 彼女は沈黙を纏い、部屋全体と部屋中にあるものを調査している。
 私たちは彼女の邪魔にならぬよう、いったん部屋から出ることにした。

「フィナ、私たちは他の部屋を見て回る」
「他の部屋……わかった……このナルフを持って行って、ケント」

 フィナはなぜかとても淡白な声を出しながら、青いナルフを私に投げ寄こす。
 それは無理やり感情を抑えているかのような態度だった……。



――幻想のアーガメイトの書斎
 

 フィナは皆が調査に向かってすぐに、ポシェットから懐中時計を取り出し、針を確認する。
「うわ、ほとんど誤差がない。ここまでの移動時間に会話時間まで計算できるなんて。フフ、さすが私ね。微調整をしてっと……で、アラームを設定。スイッチをっと。これを机の上に置いて……」
 時計をそっと執務机に置いて、部屋中を見回す。


「ここにあるのは古代人の知識の宝。まさに財宝。そりゃ、我も忘れるはずよ。いえ、忘れなくても、私だけじゃどうにもならなかったのか……」

 彼女の両手が震える……いや、両手だけではない、身体全身が震えている。
 震えの正体は――乱された感情。

「はぁ……古代人の遺跡を前にしての興奮とこれから起こる恐怖のせいで感情はぐちゃぐちゃ。それでも、ここまで感情を何とか抑えてきたけど、さすがに厳しいかな。でも、もうちょっと我慢しないと。そうでしょ、エクア……」
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