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第十四章 兵(つわもの)どもが夢の跡

特別な部屋

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 浄化された古代人の遺跡。
 歩む足を邪魔する闇も命をむしばむ放射線も消え、代わりに清浄な空気と光に満たされる。
 結界を失うが、自由となった私たちは廊下奥にある部屋に向かっていった。
 そばに近づくと、左右から閉じられていた扉が自動的に開く。

 扉が開いた先には天井が高く広々とした円の形をした部屋。
 中心には例によって例のごとく、灰色の球体が乗った台座がある。
 それだけで、他には何もない……。
 フィナは両手を振り上げて叫んだ。二つのナルフも同じような動きを見せる。


「またかいっ!」
「フィナ、落ち着け。浄化された現状ならゆっくりと調査できる。とりあえず、台座を調べてみたらどうだ?」
「ま、それしかないよねぇ~」

 フィナはナルフと共に中央の台座に近づいていった。
 私のすぐ後ろに立つ親父は遠くへ視線を投げて、部屋の奥を見ているようだが……。

「ありゃ、なんでしょうかね? 窓っぽいですが」
 親父の言葉に誘われ、私も奥へ視線を投げた。

 奥には、部屋の円の形に沿って湾曲した巨大な窓のようなガラス製の窪みがあり、ガラスの外側には金属らしきシャッターが下りている。
 その大きさは縦2m横5mほど。

「たしかに窓っぽいが、シャッターの先に何かあるのか?」
「ねぇ、みんな。こっち来てくれる~」
 フィナの呼ぶ声がする。

「とりあえず、フィナのもとへ行こう」


 声に呼ばれてフィナに近づくと、彼女はナルフを浮かべて台座に乗る球体を注視しながら声を出す。

「この球体だけどさ、有機体でできてる」
「有機体? 生物ということか?」
「んにゃ、そうじゃない。有機体で作られた機構。生きてる機械ってところかな? 意志はなさそうだけど」
「それで、何のための球体なんだ?」
「それはさっぱり。なんだろうねぇ?」

 そう言ってフィナは灰色の球体の表面を指でつつく。
 指はふにゅふにゅとした感触を表すように、球体表面に軽く埋まる。

「表面は柔らかい。反応はない。接続媒体もない。ちょっとショックを与えてみようかな?」
「大丈夫なのか? 壊れたり、爆発したりするんじゃ?」
「その可能性は否定しないけど、このまま見てるだけじゃしょうがないしね。機械のたぐいと仮定するなら、ここは微弱な電気の刺激かなぁ」
 彼女は肩から腰に掛けて伸びるタイから、雷撃の力が詰まった黄色の試験管を取り出す。

「みんな下がってて」

 私たちはいつでもこの部屋から逃げられるように、入り口を開けたままその傍に集まる。
 フィナもこちらの近くに寄り、球体に向かって試験管をひょいと投げた。
 試験菅が回転しながら球体へ向かう。
 球体に当たる手前で試験菅は割れ、中から小さな雷撃が飛び出す。
 それは球体にパチリと当たる。
 だが……。


「なんにも起きないね……」
「ふむ、それでは別の方法を――」
「待ってください、お二人ともっ。球体が震えてますよ!?」

 エクアが球体を指差す。
 球体はぶるぶると震え始め、突如、跳ね上がった。

 そして、壁や床にぶつかり、でたらめに部屋中を跳ねまわる。
 私たちは暴れまわる球体から逃れるために部屋の外へ出ようとした。
 しかし、その球体が私の後頭部に命中してしまった!

「あたっ!」

 ぼよ~んとした感触が後頭部に広がる。
 反射的に『あたっ』っと声を出したが、痛みはほとんどない。
 球体はテンテンと軽く弾み床で止まった。

 後頭部をさすりながら球体へ顔を向ける。
 すると、球体から私の顔めがけて光の線が飛んできた。

「うわっ!?」

 光線は私の銀眼に集約され、軽い眩暈を覚えた。
 光が消え、私はよろめく。

 それをマスティフと親父が支えた。


「大丈夫か?」
「旦那っ?」
「ああ、大丈夫だ。少々目がちかちかするがもんだいは…………」


 途中で言葉を失う。
 それは皆も同じ。
 私のことを心配して声を上げようとしたエクアやフィナやマフィン。私を支えてくれた親父にマスティフ。
 皆が部屋に視線を向けて、ただただ沈黙を纏う。


 いま、私たちの瞳に映っているのは、球体の台座だけが置かれた円形状の広々とした部屋でない。
 多くの本と錬金の道具が置かれた四角部屋の書斎。
 私が声を発しようとしたが、フィナが先に声を出す。
 彼女は書斎最奥にあるガラス窓に近づき外を眺めた。


「……ここって、王都オバディア?」


 窓の先には王都の街並みが広がっていた。
 私を残し、皆は窓の前に集まる。
 エクアとマフィン。マスティフと親父が声を出し、フィナが言葉を返す。

「ここが王都? どういうことですか?」
「どうやら、ここは三階っぽいニャ。おかげで街の景色がよく見えるニャ」
「一体どうなっているのやら。我らは化かされておるのか?」
「それとも、転送魔法ってのが発動して、王都に来ちまったんでしょうかねぇ?」

「いえ、場所は移動してない」

 フィナは私の方へ顔を向け、その背後にある入口を指差す。
 入口の向こうには遺跡の長廊下……。
 彼女はナルフを浮かべ、こう答える。

「光子の集合体……これらは映像ね」
「映像、ですか?」
「そうよ、エクア。魔導なんかでも立体的な映像を生み出せるけど、これはもっと洗練されてる。質量を持った光子の映像」

 彼女は近くにあったコーヒーカップを手に取る。コーヒーからはゆらりとした湯気が立ち昇っている。


「信じられない。どんな技術なの?」
 フィナはカップを置き、窓へ目を向ける。

 窓には王都の威容にふさわしい、屋敷たちが建ち並ぶ。
 窓のすぐ下にはお洒落なカフェがあり、花屋もあり、馬車や人も行き交っている。
 マフィンは下を眺めながら言葉を落とす。

「人がいるニャ。にゃが、生気……というものを感じにぇ~ニャ」
「全部、光子でできた幻だからね。見た感じ、王都の北西に位置するエクセル通り。だけど……」

 視線を少し東に向ける。
「レーウィン百貨店が建設中? 土台もできてないなんて。あの百貨店は去年の春には完成しているはずよ」


 この言葉に沈黙を保っていた私が口を開いた。

「おそらく、ここは三年前の王都だ」
「ケント?」
「そして、この部屋は…………私の父の書斎だ」
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