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第十章 喧騒と潮騒の中で 

銀髪の偽妹と空色の髪の偽娘

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 銀髪の少女は私をお兄ちゃんと呼んで、警備隊を押しのけながらこちらへ走ってきた。
 周りが見えていないのか、手に持つ大鎌の刃が警備隊の顔をかすめている。
 私は気をつけろと彼女に促す。


「ほら、危ないぞ。大鎌を置きなさい」
「あ、そうだった。ごめ~ん」

 グサリッ、と、大鎌の柄の先を真っ白な石畳に突き立てた。せっかくの石畳に穴が……。
 そんなことを全く気にする様子もなく、少女は血のように真っ赤な瞳をキラキラさせ、頭突きをするような形で頭から私の胸に飛び込んできた。
 私は飛び込んできた少女の頭をガシッと捕まえて、指先に力を込める。

「あ・ぶ・な・い・だろうがっ」
「いたたた、お兄ちゃん。耳からいろいろ漏れる」
「お兄ちゃんはやめろ!」

 少女の頭を放り投げるように手を放す。
 痛がる少女を横目に、エクアが私に尋ねてきた。

「あの、お兄ちゃんということは、こちらの方はもしや?」
「血の繋がりはない」
「え?」
「それに、彼女は私よりも年上だ!」
「ええ!? でも、私よりちょっと年上くらい女の子ですよっ?」

 エクアは驚きの声を上げ、その声を耳にしていた周囲の者たちもざわりと音を立てた。
 すると、一人の男性が声を震わせながら言葉を飛ばし始めた。


「ぎ、銀の髪に深紅の瞳。巨大な大鎌を手にする赤のドレス姿の少女。ま、まさか、ヴァンナスが勇者の一人。アイリ=コーエン!? あの方は、ヴァンナスが誇る、千年の時を生きる永遠のロリババアと名高い、あの、アイリ=コーエンだぁ!」

 彼の声を中心に町の者たちは口々に『ああ、あれがあの勇者のロリババアなのか』と囁き合っている。
 それを耳にしたアイリは……深紅の瞳をさらに赤く染めて、石畳に突き刺した大鎌を手に取ろうとしている。


「ねぇ、お兄ちゃん。こいつらの首と胴を薙ぎ払ってもいいよね……?」
「やめろ。それに彼らの指摘はおおむね間違ってない」
「間違ってる! 間違ってるよ! 千年に生きてないし! なんで、そんな噂が流れてるんだよ! 私まだ、二十五だもん! それなのにババア扱いはないよ~、しくしく」

「そうだ、君は二十五だ。だからいい加減、私をお兄ちゃん呼ばわりするのはやめろっ」
「え~、私、妹になることに憧れてるからぁ」
「わけのわからん憧れを……」
「それに~、見方によってはお兄ちゃんの方が年上だもん」
「いやいや、その見方は間違って……まぁ、そういう見方もあるかもしれないがな」


 このやり取りを不思議に思ったのか、エクアが声を差し入れた。
「あの、どういう意味ですか、今の? 結局、どちらが年上で?」
「気にするな。アイリの戯言だ」
「戯言!? ひどい……って、あなただ~れ?」
 
 アイリは眉間にこれでもかと皺を寄せてやからの如くエクアを睨みつける。
「え、わ、私ですか?」
「そう、あなた……まさか、私から妹の座を奪うつもりじゃっ!」
「そ、そんなこと考えたこともありません」
「ほんとに~?」


 さらに詰め寄るアイリ。それを見かねて私が間に入ろうとしたところ、先にギウが二人の間に割って入った。

「ギウ」
「わ、何? お魚?」
「魚ではない、ギウという種族で名前もギウという」
「へ~、クライエン大陸では見ない種族。それで、何のつもり?」

「ギウギウウ、ギウ」
「……あれ、私の耳が変なのかな? ギウギウとしか言ってない気が……」
「別に耳は変じゃないぞ。ギウギウとしか言っていない。むしろ、アイリは耳よりも頭の方は変だろうが」
「お兄ちゃん、ひどい!」
「ギウはこう言っている。エクアが狙っているのは娘の座だと」


「「ええ!?」」


 叫び声を上げたのは二人。アイリとエクアだ。
 エクアは顔を真っ赤にして、ギウのひれを掴み強く引っ張る。

「ちょ、ちょ、ちょ、ギウさん! 私はそんなつもりありませんよっ。なんてこと言うんですか!」
「ギウウ」
「え、面白そうだったから……そんな冗談、いまは必要ないです!」

 漫才じみた掛け合いを行うギウとエクア。その前でアイリが地面に突っ伏して雄叫びを上げ始める。
「そんな手があったとはっ! 盲点だったぁ、くやしいぃぃぃぃ!」

 
 …………鮮やかな青の海が眺望できる港。
 そこでは、見た目だけは少女っぽい銀髪の女が地面を叩きながら叫び声を上げて、空色の髪の少女はギウに詰め寄っている。 
 空には飛行艇ハルステッド。
 周りには大勢の人々。その中には警備隊もいれば、アルリナの代表ノイファンもいる。
 私はこう思った。

「なんて、カオスな……」
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