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第八章 あの日の情景

ワントワーフの長

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 その後、雑談を交えつつ進み、半島と大陸を分断するファーレ山脈の袂へ向かう。
 そして、見目は犬のような姿をしているワントワーフの領地、半島の最北東に位置するトロッカー鉱山に到着した。

 彼らの見た目は犬っぽいが、犬と言うのは失礼にあたる。
 人間族に例えるなら、人を猿呼ばわりするようなものだろうか?
 間違っても、可愛いなどモフモフしたいなどと口にしてはいけない。


 私の隣で馬を操っているフィナはここまで特に問題なく旅ができたというのに、つまんないつまんないと連呼している。
 この子はどれだけ騒動が好きなんだろうか?

 愚痴をこぼし続けるフィナは放っておき、私とエクアは馬から降りて、トロッカー鉱山を見上げる。

 山の側面にはいくつもの穴があり、その穴を支える坑木が軒を連ねる。
 鉱山の動力源は風車と魔力を秘めた魔導石のようで、深紅に光る魔導石を収めた柱があちらこちらで輝き、中規模の風車が立ち並ぶ。

 その風車や魔導石を動力源とした複数の炉も存在する。
 炉の形は壺をひっくり返したようなもの。
 炉からは煙が濛々もうもうと立ち昇り、時折赤い炎と魔導石のちりが見える。
 

 魔導石とは、魔力を蓄えることのできる石のこと。
 これには鉱山から採掘できる石と、魔導士が魔力を込めて作り上げた石が存在する。力の効率は人工的に作られた魔導石の方が高い。さらに効率を高めると、遺跡の結界の動力源となっていた充填石という名に変わる。

 この鉱山で使われているのは採掘された自然の魔導石のようだ。
 おそらく、鉱山から採掘されているものを流用しているのだろう。

 その鉱山へ続く道は坂道で、坂道を登った先に丸太を組んでできた家々があった。
 そこが彼らの生活圏のようだ。


 私たちは鉱山の入り口へ近づく。
 入り口には門番として、見た目が二足歩行をする犬そっくりな、お口がギュンと伸び、全身を茶色の毛に覆われた二人のワントワーフが鎧を着て槍を持ち立っていた。

 彼らが私たちの姿を目に入れると、警戒の籠る視線を見せる。
 門番としては当然なのだろうが、警戒の度合いが高すぎる気がする。

 しかし、私の身分と名を告げると態度が一変し、すぐにおさを呼ぶと風のように坂道を駆け上がっていき、とても大柄なワントワーフを引き連れ戻ってきた。


 大柄なワントワーフが私に顔を向けて、軽い会釈を交えながら挨拶をしてきた。
「初めまして、ワシがトロッカーを仕切るマスティフ=アルペーだ」

 名を名乗ったワントワーフは門番と違い、お口の部分は三分の一程度の長さ。
 体つきは人よりも大きく、背の高い私よりも頭二つ分は高い。横幅のおいては比べることもできない。
 全身の毛は門番よりも短く、水に濡れたように艶やかな黒の色。

 逞しき両腕と両足。そして、胸板の厚い身体にはグレーの薄手の羽織を纏い、同じく薄手の履物の後ろからは長めの尻尾が飛び出していた。
 彼が纏う羽織の形状が珍しく自然と目が向いてしまう。

 それに気づいたマスティフは服の名を教えてくれた。


「こいつは作務衣さむえというやつだ。元々は東大陸の伝統衣装だが、作業用に便利だったので、いつの間にかワシらの間にも浸透していったというわけだ」
「そうでしたか。珍しく、つい目が行ってしまいました。私は古城トーワの領主ケント=ハドリー。名を告げることが遅れてしまい、申し訳ない」

「がっはっは、そんなに鯱張しゃちほこばる必要はないですぞ。あまりお堅いのは苦手なんでな」
「はは、そう言っていただけるとありがたい。実は私も苦手でして」

「なるほど、古城トーワに銀眼の領主が訪れたと聞き及び、どのような人物かと思っていたが、礼儀正しくあり、話が分かる方であったか……して、我らワントワーフに何用ですかな? ただ、挨拶しに来たというわけでもありますまい」

「たしかに挨拶も含まれますが、依頼が本題でして」
「依頼? ほぅ~、領主自らのご依頼か? 興味深い。と、その前に後ろのお嬢さん方は?」

 マスティフは皮下脂肪で柔らかそうなほっぺを下から包み込むように手で押さえ笑みを見せる。
 見た目は迫力があるが、彼もまた礼節を知り、とっつきやすい人物のようだ。
 興味を持たれた二人は前に出て、彼に挨拶を返す。


「初めまして、エクア=ノバルティと申します」
「私は旅の錬金術士のフィナ。よろしくね」

「こちらこそよろしく頼む。ここではなんだ、詳しくは我が家で伺おう」
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