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第三章 アルリナの影とケントの闇

長生きをしたければ……

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 私は鋭く親父を睨みつける。

「何故、私に情報を? 金か?」
「いえ、今回はサービスですぜ」
「それはそれは胡散臭いな。答えろ、何が目的だっ?」

 私は銀の瞳に力を籠めて、親父の心を視線で貫いた。
 親父はツーっと一筋の冷たい汗を零す。


「お、お若いのになかなか迫力がありますな」
「……王都では議員として、多くの議員あくまどもを相手にしていたからな。嫌でも鍛えあげられる」
「さすがは大貴族ジクマ=ワー=ファリン様と真っ向から対立しただけはありますね」

「無謀の極みだったがな。しかし、随分と私に詳しいな」
「多少は調べさせていただきました。俺の期待に添える人物かどうかをね……」
「期待とは?」
「そいつはまだお話しできません」


 そう言って、親父は土産物の人形を掴み、置時計の後ろへ隠した。

「ふん、話せるときは親父の期待に応えられたときか。応えられなければ、勝手に消える。ともかく、私に情報を与える行為は、親父に何かの利があるわけだ。ふふ、安心した」

「善意だけの行為は信用に欠けますからね。へっへっへ、見た目はお優しそうだが、やはり旦那の腹は中々だ」
「それはお互いにな」
「へへ。そうだ、腹の中身と言えば、旦那はどうして『偽名』を? 正直、あのお方の御子息だと知った時は驚きましたぜ。これにはなにか理由わけが?」


「……なに、大したことではない。父から独立したかった。それだけだ」
 これはある意味本音だが、誤魔化しの度合いも強い。
 その誤魔化しの雰囲気には、もちろん親父は気づいている。
 だが、彼は飄々とした態度で言葉を返してくる。そこには切迫した様子はない。

 だからこそ、釘を刺さなければならないだろう。
 彼は私の胸の内を悟ることなく、相も変わらず緊張感など皆無で言葉を生んでいる。

「なるほど、お父上の名はジクマ=ワー=ファリン様とついなす程のお方。子としては相当な圧でしょうし」
「ふふ、本当によく調べている。だが、私の姓を偽名と指すところから、まだハドリーの名が偽名ではなく旧名であることを知らぬようだな」
「旧名?」
「しかしな、そこまでにしておいた方がいいぞ」
「え?」
「これ以上、私のことを深く調べようとするな。長生きをしたければな」


 これは嘘偽りのない言葉。
 私という存在は、ヴァンナス国の奥深い場所に繋がっている。
 下手に私を知ろうとすれば、必ず消される……。

 親父は私の言葉を冗談ではなく、本当のものとして受け取り、口を堅く閉ざす。
 表情から一切の色を消して何食わぬ顔をしているが、心臓を打ち鳴らす鐘は鼓膜にまで響いているだろう。


「親父、これまでの情報はありがたく受け取っておく」
「いえいえ、旦那もあまり無茶をされぬように」
「私としても無茶はしたくないが、それは難しいかもな。それよりも親父さん、商人ギルドの長・ノイファン殿の屋敷がどこにあるか知っているか?」

「おや、旦那は知らないんですか? 領主様なら、この町を通る際に屋敷へ招かれてそうですが」
「私は利用価値のない存在だからな、最低限の関わりしか持っていない」
「冷遇されてますね」
「価値がないということもあろうが、ジクマ閣下の影も恐れているのだろう。なにせ、私は閣下に喧嘩を売った大馬鹿者だからな。だから、仕方のない話だ。それで場所は?」

「アルリナの中央通りから南西側に歩くと、富裕層が多く住むエリアに着きます。そのエリアの南側に赤色のレンガ造りの屋敷がありまして、そいつがノイファン様のお屋敷ですぜ」


 私は土産物の安っぽいブレスレットを手にして、それを観察する振りをしながら視線を南西の方角に向けた。
 今いる場所は町の東側なので小高い丘になっている。そのため、南西側にある町を見下ろせる。
 南西にある建物たちはどれも豪奢で、いかにも高級住宅街といった感じだ。

「ふむ、ここからだと距離があるな」
「差し出がましいでしょうが、ノイファン様に御用があるなら、俺が言付けを預かりしましょうか?」
「いや、親父さんが言付けをたずさえて訪れても、私からだと信用してもらえないだろう。それとも、親父さんはノイファン殿と通じているのか?」
「いえいえ。ですが、会う口実はいくらでも作れますよ」

 そう言って、彼は口角を上げて頬に皺を作る。
 見た目も曲者だが、中身も曲者のようだ。


「その口実がどんなものかは聞かない方がよさそうだ。だが……」
 私は眉をひそめて、親父を睨む。
 彼はというと、その態度に一切動じる様子もなく声を返してきた。

「信用できませんか?」
「信用できるほどの仲ではないからな。しかし、わざわざ私にタダで情報を渡すほどだ。私の不利になるようなことはしないだろう」
「へっへっへ、旦那の信頼が身に染みます。一言、余計なことを」
「なんだ?」

「旦那が何をお考えかまではわかりませんが、なんにせよ、いま、ノイファン様と直接接触を図るのはあまりよろしくないかと」
「たしかにな。わかった。では、手紙を届けてもらいたい」
「それでは、こちらの伝票にサインを……」


 親父が取り出した真っ白な紙。
 私は親父と世間話をしながら、その紙に言付けを書き込んでいく。


「よし、伝票の内容に相違ないか?」
「はい、大丈夫ですぜ」
「それを届けるタイミングは親父さんに任せる」

 この言葉に、親父はニチャリとした嫌らしい笑い顔を見せた。
「へへへ、旦那からの試しってわけですな」
「今後とも世話になりそうだからな。だが、使えない情報屋に用はない」
「これは手厳しい。しかしながら、見ると聞くとでは大違いで」
「ん?」

「王都では青臭い理想を掲げ、ジクマ=ワー=ファリンと対立した若造。結果、王都で居場所を失い、古城トーワに左遷された。これが世間の評です」
「間違っていない。概ね、その通りだ。だが、そのジクマ閣下に鍛えられた。それが今の私だ」

「こいつは恐ろしい。純朴だった青年をこうまで変えてしまうとは……王都には恐ろしい悪魔が住んでいますね」
「フフ、化け物揃いだ。良くも悪くも中央の政治を担っている方々だからな。では、そろそろ行くとしよう。日が傾く前に片づけてしまいたいことがあるのでね」
「そうですか。それでは、お手紙は確かに預かりました。毎度あり」

 親父は価値のなさそうな古ぼけたブレスレットを差し出す。
 私はブレスレットを受け取り、一度、とある店に立ち寄り商品を購入してから八百屋へ戻った。
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