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第三章 アルリナの影とケントの闇

積み上がる闇

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 残るキサの父から、私の身を案じられる。

「ケント様の正義感には心を打たれるものがありますが、相手はシアンファミリー。大丈夫なんですか?」
「今のところは何ともだな。だが、少なくともエクアのことはなんとかできると思う。一応、私の肩書は領主で、中央に知り合いもいる。シアンファミリーに対して悪事を暴露すると脅せば、彼らも無茶はできまい」

「そう、でしょうか……? あいつらはならず者の集まりですよ。最悪、ケント様を手に掛け、全てをなかったことに……」
「それほど面倒な連中なのか?」
「はい」
「なるほど……それは好都合」
「え?」
「いや、なんでもない。それよりも、シアンファミリーに関することを尋ねたい」


 キサの父からシアンファミリーに関する情報を聞き出す。
 もちろん、部外者の彼はシアンファミリーの悪事について噂レベルでしか知らない。
 だが、それで十分。私が知りたいのはシアンファミリーのボスの人柄。
 キサの父が教えてくれたものはこうだ。

 
 シアンファミリーのボスの名は『ムキ=シアン』。
 七年前に先代が亡くなり、横暴を働くようになったと。
 先代もまた悪党であったが、『商人ギルドのおさ・ノイファン』に対して一定の敬意を払っていたようだ。

 しかし、先代が亡くなり、跡を継いだムキ=シアンは商人ギルドで最大勢力を誇る自分たちの待遇に不満を抱き、おさの座を渡すように要求。
 だが、ギルドのメンバーによる反対で長にはなれなかった。

 それに腹を立て、ムキ=シアンは商人ギルドのルールを無視して商売を始める。
 そのほとんどが違法な商売。
 ギルドもなんとかそれを諫めようとしたが、シアンファミリーの力はギルドでは抑え切れないほどのものだった。
 
 彼らは港町アルリナを我が物顔と好き勝手にし、商人ギルドと真っ向から対立している。
 だが、商人ギルドに椅子を残したままだ。ギルドもまた、彼らを追放に至っていない。
 それは、お互いに相手を恐れているのか? それとも相手が一線を越えるのを窺い、大義名分を掲げられるのを待っているのか? もしくは、何か特別な理由があるのか……?

 
 ギルドとムキ=シアンの関係を聞き、次に彼の性格を尋ねる。
 性格は、プライドが高く、心は狭く、感情的。
 典型的な子悪党のようだ。
 ここまでの話を聞き、私の口端は自然と綻ぶ。
 綻びは、とても邪な心を表す。

(ふふ。思っていたより面白いことになりそうだな)
 エクアが男たちに囲まれていた時、彼女を助けたいという義憤に駆られたのは本当の気持ちだ。
 彼女から話を聞き、涙を流す姿に心を痛めたのも本当の気持ち。

 今だって、助けたいと思っている。
 だがそれらは、まだ駆け出しの議員だった頃の私の姿。
 僅か二年程度の議員生活……その間にいろいろ学び、私の中にもう一人の私が生まれた。
 それは純白であった心に生まれた染み。


 染みの名は――欲望と駆け引き。

 
 うっすらと笑みを浮かべる私を、怪訝な顔でキサの父は見ている。
「あの、ケント様。どうされました?」
「そうだな。シアンファミリーを潰すとエクアの前で宣言したが、実際できるかどうかは疑問だった。だが今は、朧気ながらもその可能性が見えてきた」

「え!? いくらなんでも、あの連中を潰すなんてできるわけが……」
「あはは、あくまでも朧気だ。今のところ、外枠すらもやがかっているよ。だが、可能性が零から一にはなった。最後に、二つ尋ねたい」

「へい、なんでしょうか?」
「ムキ=シアンは町の嫌われ者。慕う者はいないのだな?」
「そうですね。子飼いの連中はともかく、町の者たちはみんな嫌っていますね」
「では、もう一つ。商人ギルドはちゃんと機能しているのだな?」
「それは、どういった意味で?」

「シアンファミリーが無くとも、商人ギルドだけで町を運営することが可能かどうか?」
「え~と、そうですねぇ~。なんだかんだでシアンファミリーはアルリナに富をもたらしてますから無いとしたら大変でしょうが、町全体の運営や治安はギルドが押さえてますし、町の収益の目減りに目を瞑れば可能だと思いますが」
「そうか、それが聞きたかった」

 
 シアンファミリーが無くとも、ギルドのみでアルリナの運営は可能……。
 これはとても重要なことだ。
 単純明快に悪を潰す。物語ならそれでハッピーエンドだが、実際はそうはいかない。
 悪が潰れた後、悪が消えた穴をどう埋めるかが問題になる。
 だが、商人ギルドにはそれを埋めるだけの力があるようだ。

「ふふ、埋めるだけの力があるのに、か。朧げな外枠だったが、はっきりしてきたな」
「え?」
「それでは、エクアのことを頼んだ。私はもう少し情報を集めたいので失礼する」

 ほうけるキサの父を置いて、ギウを引き連れ、八百屋から離れる。
 その途中でギウが尋ねてくる。


「ギウギウ、ギウ?」
「何を考えているのかって? そうだな、うまくいけば、いま私たちが抱えている問題の一部が解決するかも……いや、それ以上かもしれない」

 
 私は先にある曲がり角へ、ちらりと視線を振った。
 そこには、森でこちらの様子を窺っていた人物が……。
 その者はフードをすっぽりかぶって顔を隠しているが、コートから伸びる手はとてもごつく、とても日に焼け、そこには入れ墨らしきものが彫ってあった。

 ギウもその存在に気づいていたが、私から視線を切ることなく話しかけてくる。
「ギウ、ギウ?」

「さぁ、何者だろうな。肌が日に焼け、腕に入れ墨のある人物……入れ墨は罪人の者ではないな。判別のための印といったところか。ならば、シアンファミリーではなさそうだ。ふふ、なんとなく予想はつくな」
 私はニヤリと口角を上げる。それに不安を覚えたギウが声を出す。

「ぎう~」
「ふふ、安心してくれ。エクアを救いたい気持ちは本物だよ。だが、ギウ。私は正義の味方ではない。それどころか、悪党の部類に入るだろう」
「ギウ~?」
「シアンファミリーだけを締め上げようかと思っていたが……この件には、私たちが大きく利するものが隠れている。だが、今回は多くを望まず、謙虚であろうか……」


 この時の私には野心など毛頭なかった。
 ギウと一緒にのんびり暮らす。それだけで十分だった。
 そうだというのに、無意識にくだらない欲を積み上げ始めていた……。
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