上 下
27 / 359
第三章 アルリナの影とケントの闇

善人系悪人のケント

しおりを挟む
 贋作づくりに手を貸してしまった少女、エクア。
 彼女を救い出すためには、シアンファミリーをどうにかしなければならない。
 もっとも、単純にエクアを救うだけなら、そう難しい話ではないだろう。

 私は領主という肩書を持ち、王都にはそれなりの伝手がある。
 それらを頼れば、彼女をこの町とはどこか別の町でかくまうことも可能だ。

 だがそれでは、エクアが売ってしまった絵は戻ってこない。
 それどころかこのことが表沙汰になれば、エクアは画家としての道が閉ざされてしまう。

 そういったことを加味して行動しなければならない。


 そのためにまず私が取った行動は、エクアの安全の確保とアトリエに残る五枚のサレート=ケイキの模倣画の扱いだ。

 模倣画をこのまま放置しておくわけにはいかない。また、シアンファミリーはエクアを手放す気はない。
 このまま絵画を放置しておけば、勝手に持って行かれる可能性がある。エクアを放置しておけば、最悪、監禁して絵を強制的に描かせるという手段を取られかねない。

 そこで、一時的にエクアと絵画を預かってもらうことにした。
 その預かってもらう相手は……。


「迷惑をかけるが、なんとか頼まれてくれないか?」
「へい、預かるだけなら……」

 私が頼ったのは八百屋の若夫婦だった。
 人の目がつきにくい店の裏口で、彼らと会話を重ねる。
 これはかなり危険な頼みだ。
 だから、深く彼らを巻き込むわけにはいかない。
 あくまでも預けるだけに留める。


「もし、エクアがここにいることをシアンファミリーに気づかれたら、彼女も絵も引き渡してくれて構わない」
「よろしいんで?」
「君たちがシアンファミリーに睨まれでもしたら心苦しいからな。何か聞かれたら、領主ケントから有無を言わさず命令された、と答えてくれ」
「は、はぁ」

「だが、店の近くにギウを置いていく。仮に引き渡しても、彼がエクアを守ってくれるから心配無用だ。そうだろ、ギウ」
「ギウギウ」

 ギウには八百屋から少し離れた場所で、エクアを見守ってもらうことにした。
 万が一、エクアが見つかった場合、シアンファミリーから取り返すために。
 私は隣で不安そうに身体をそわそわしているエクアの肩に手を置く。

「不安だろうが、信頼して欲しい。怖い思いをするかもしれないが、決して君を危険な目に遭わせるような真似はしない」
「あ、ありがとうございます。でも、どうして、私に良くしてくれるんですか?」


 それは素直な疑問だろう。
 いくら不幸な状況下にあろうと、見ず知らずの少女を助けてやる義理はない。
 私が物語に出てくるような正義の味方なら別だが……だが、私は正義の味方ではない。

 それならばなぜ、彼女に手を差し伸べるかというと……この物語の先には、私の利となるものを感じ取ったからだ。
 しかし、それを今のエクアに正直に伝えれば、彼女は利害のみで行動する大人に不信感を抱くだろう。
 だからまだ、彼女の前では正義の味方を演じておこう。


「一人の男として、また大人として、少女に悪事を強要するシアンファミリーを放っておけない。それだけだ」
「ケント様…………ありがとうございます! わ、私、この町に来て初めて、本当の意味で頼れる人に出会えて……あれ、グス、ごめんなさい。泣くなんて変ですよね……?」

 エクアは自分の意志ではどうにもできない涙を零し続ける。
 海難事故で両親を亡くし、これまでずっと自分だけを頼りとして生きてきた。
 小さな体で自分を支えてきた。
 相当、無理を押していたに違いない。
 だからこそ、救いの手に少し触れただけで感情が溢れ出してしまったのだろう。


 そのような少女を、私の利己的な理由で利用しようとしているのは気が引けるが……彼女を救う対価として納得してもらうしかない。
 これらのことは、エクアの感情と状況が落ち着き次第、包み隠さず伝えるとしよう。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

転生王子はダラけたい

朝比奈 和
ファンタジー
 大学生の俺、一ノ瀬陽翔(いちのせ はると)が転生したのは、小さな王国グレスハートの末っ子王子、フィル・グレスハートだった。  束縛だらけだった前世、今世では好きなペットをモフモフしながら、ダラけて自由に生きるんだ!  と思ったのだが……召喚獣に精霊に鉱石に魔獣に、この世界のことを知れば知るほどトラブル発生で悪目立ち!  ぐーたら生活したいのに、全然出来ないんだけどっ!  ダラけたいのにダラけられない、フィルの物語は始まったばかり! ※2016年11月。第1巻  2017年 4月。第2巻  2017年 9月。第3巻  2017年12月。第4巻  2018年 3月。第5巻  2018年 8月。第6巻  2018年12月。第7巻  2019年 5月。第8巻  2019年10月。第9巻  2020年 6月。第10巻  2020年12月。第11巻 出版しました。  PNもエリン改め、朝比奈 和(あさひな なごむ)となります。  投稿継続中です。よろしくお願いします!

【完結】飛行機で事故に遭ったら仙人達が存在する異世界に飛んだので、自分も仙人になろうと思います ー何事もやってみなくちゃわからないー

光城 朱純
ファンタジー
空から落ちてる最中の私を助けてくれたのは、超美形の男の人。 誰もいない草原で、私を拾ってくれたのは破壊力抜群のイケメン男子。 私の目の前に現れたのは、サラ艶髪の美しい王子顔。 えぇ?! 私、仙人になれるの?! 異世界に飛んできたはずなのに、何やれば良いかわかんないし、案内する神様も出てこないし。 それなら、仙人になりまーす。 だって、その方が楽しそうじゃない? 辛いことだって、楽しいことが待ってると思えば、何だって乗り越えられるよ。 ケセラセラだ。 私を救ってくれた仙人様は、何だか色々抱えてそうだけど。 まぁ、何とかなるよ。 貴方のこと、忘れたりしないから 一緒に、生きていこう。 表紙はAIによる作成です。

異世界より来たイケメン3兄弟があなたの大切なものと引き換えになんでも願いをかなえます。~喫茶店‘お命頂戴致します’より

satomi
ファンタジー
表の商売はごくごく普通の喫茶店。喫茶店の名前は‘お命頂戴致します。’ 裏の顔は、依頼人の大切なものと引き換えに依頼を遂行するという業務をしている。(本当に命は取らないよ) 経営しているのは、イケメン3兄弟。長男・聡はレアキャラで滅多に顔を出さない。次男尊は接客担当。3男・悟はラテアートを描いたりする。 ただし、3人共異世界からやって来ている。しかも、異世界では王子様だった。長男以下3人は「自分たちよりも上に兄貴がいるからいなくてもいいでしょ」とけっこう軽いノリで二ホンにやってきた。 ついてきたのは、生まれたときから兄弟に仕えている瀬蓮とキャサリン。 瀬蓮についてはかなりの部分が謎になっているが、格闘技の達人で人脈が凄まじい。 キャサリンは所謂オネェキャラ…。情報屋さん。おかまバーを経営しております。 今日はどんな無理難題がこの喫茶店にやってくるのか……

泥酔魔王の過失転生~酔った勢いで転生魔法を使ったなんて絶対にバレたくない!~

近度 有無
ファンタジー
魔界を統べる魔王とその配下たちは新たな幹部の誕生に宴を開いていた。 それはただの祝いの場で、よくあるような光景。 しかし誰も知らない──魔王にとって唯一の弱点が酒であるということを。 酔いつぶれた魔王は柱を敵と見間違え、攻撃。効くはずもなく、嘔吐を敵の精神攻撃と勘違い。 そのまま逃げるように転生魔法を行使してしまう。 そして、次に目覚めた時には、 「あれ? なんか幼児の身体になってない?」 あの最強と謳われた魔王が酔って間違って転生? それも人間に? そんなことがバレたら恥ずかしくて死ぬどころじゃない……! 魔王は身元がバレないようにごく普通の人間として生きていくことを誓う。 しかし、勇者ですら敵わない魔王が普通の、それも人間の生活を真似できるわけもなく…… これは自分が元魔王だと、誰にもバレずに生きていきたい魔王が無自覚に無双してしまうような物語。

異世界漫遊記 〜異世界に来たので仲間と楽しく、美味しく世界を旅します〜

カイ
ファンタジー
主人公の沖 紫惠琉(おき しえる)は会社からの帰り道、不思議な店を訪れる。 その店でいくつかの品を持たされ、自宅への帰り道、異世界への穴に落ちる。 落ちた先で紫惠琉はいろいろな仲間と穏やかながらも時々刺激的な旅へと旅立つのだった。

泣きたいきみに音のおくすり ――サウンド・ドラッグ――

藤村げっげ
青春
「ボカロが薬になるって、おれたちで証明しよう」 高次脳機能障害と、メニエール病。 脳が壊れた女子高生と、難聴の薬剤師の物語。 ODして、まさか病院で幼馴染の「ぽめ兄」に再会するなんて。 薬のように効果的、クスリのように中毒的。 そんな音楽「サウンド・ドラッグ」。 薬剤師になったぽめ兄の裏の顔は、サウンド・ドラッグを目指すボカロPだった! ボカロP、絵師、MIX師、そしてわたしのクラスメート。 出会いが出会いを呼び、一つの奇跡を紡いでいく。 (9/1 完結しました! 読んでくださった皆さま、ありがとうございました!)

異世界ゆるり紀行 ~子育てしながら冒険者します~

水無月 静琉
ファンタジー
神様のミスによって命を落とし、転生した茅野巧。様々なスキルを授かり異世界に送られると、そこは魔物が蠢く危険な森の中だった。タクミはその森で双子と思しき幼い男女の子供を発見し、アレン、エレナと名づけて保護する。格闘術で魔物を楽々倒す二人に驚きながらも、街に辿り着いたタクミは生計を立てるために冒険者ギルドに登録。アレンとエレナの成長を見守りながらの、のんびり冒険者生活がスタート! ***この度アルファポリス様から書籍化しました! 詳しくは近況ボードにて!

【完結】これはきっと運命の赤い糸

夏目若葉
恋愛
大手商社㈱オッティモで受付の仕事をしている浅木美桜(あさぎ みお)。 医師の三雲や、経産省のエリート官僚である仁科から付き合ってもいないのに何故かプロポーズを受け、引いてしまう。 自社の創立30周年記念パーティーで、同じビルの大企業・㈱志田ケミカルプロダクツの青砥桔平(あおと きっぺい)と出会う。 一目惚れに近い形で、自然と互いに惹かれ合うふたりだったが、川井という探偵から「あの男は辞めておけ」と忠告が入る。 桔平は志田ケミカルの会長の孫で、御曹司だった。 志田ケミカルの会社の内情を調べていた川井から、青砥家のお家事情を聞いてしまう。 会長の娘婿である桔平の父・一馬は、地盤固めのために銀行頭取の娘との見合い話を桔平に勧めているらしいと聞いて、美桜はショックを受ける。 その上、自分の母が青砥家と因縁があると知り…… ━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆ 大手商社・㈱オッティモの受付で働く 浅木 美桜(あさぎ みお) 24歳    × 大手化粧品メーカー・㈱志田ケミカルプロダクツの若き常務 青砥 桔平(あおと きっぺい) 30歳    × オフィスビル内を探っている探偵 川井 智親(かわい ともちか) 32歳

処理中です...