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第五章 貴族の天才魔法使い少女
第43話 侮れないお嬢様
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警備兵の職務質問から救ってくれた女性――名はラフィリア=シアン=グバナイト。通称ラフィ。
彼女はかの有名な魔導学園グラントグレンの生徒会長であり、この魔導都市スラーシュの領主の三女だそうだ。
私は彼女へ感謝の意を伝え、次に問い掛ける。
「我らの紛擾へのお力添え感謝致します。貴台は領主グバナイト様の三女と仰られましたが、そのようなお方が我らしがない旅団へ何故に御助力を?」
「あら、これは驚きました。これほどまでに謹厚な返事を戴けるとは」
「旅をしていれば多くの方々と交わる機会もありますゆえ」
「そうですか。ですが、言葉は温柔で結構です。言葉の重きは場の重きとなりましょう」
「では、お言葉に甘え……なぜ、手助けを?」
ラフィは紫色の瞳を私から外し、貫太郎、その背に乗るリディ、両サイドに立つカリンとツキフネ。そして、貫太郎をもう一度見て、私へ瞳を戻す。
「好奇心です」
「好奇心?」
「ええ、貴族街に荷車を曳いた牛が現れ、その周りには農夫を思わせる男性に幼い少女。冒険家と思われる少女にオーガリアンの女性。さぞかし一風変わった旅をしているのだろうと思い、その冒険譚を拝聴したく話しかけたのです」
ラフィはクスリと妖艶な笑みを見せた。
私はそれに鼻から息を抜いて、言葉から先ほどまでの礼節を捨て去り、呆れた声を出す。
「つまり、貴族様の暇つぶしと言う訳か」
「おじさん!」
「なんだ、カリン?」
「相手は貴族の女性だよ。態度!」
「たしかに私の態度は悪いが、小娘のおもちゃ扱いされるのはごめんだ」
「そう? だけどさ、おじさんも同じことわたしに言ったことあるよね、暇つぶしって?」
「うっ」
「ね、言われるとイラっとするでしょ?」
「……ああ、反論できないな」
私は片手を上げて軽く振り、この場をカリンに譲る。
そのカリンがラフィへ答えを返す。それは私にとって意外な返答だった。
「面倒なことから助けてくれてありがたいんだけど、貴族のお嬢様を相手に粗相があっては申し訳ないから、お話はごめんなさい」
私はこの言葉に、心の中で感心の声を立てた。
(ほ~、断ったか。彼女の性格からてっきり話くらいなら、とくると思ったが……)
相手は領主の娘。こちらには魔王である私・影の民であるカリン・半魔であるリディがいる。
そうだというのに、警備兵よりも権限が強い話し相手などもってのほか。
万が一、こちらの正体が露見すればややこしいどころでない。
カリンはそういったことを考えて断ることにしたようだ。
だが、領主の娘ラフィは私たちの思いもよらぬ切り口を見せる。
「あら、それは残念ですわね。ですが、わたくしに付き合っていただいた方が得策だと思いますよ」
「ほぇ、なんで?」
ラフィはにっこりと笑って、カリンが首からぶら下げている魔石を指差す。
「その魔石。一見旅のお守りを模してますが、なんだかの力を阻害する魔道具と見受けられます。高度な魔術制御で調整は行われているようですが、魔石自体の劣化が激しくでまったく追いついていません」
この指摘に私は小さく眉を動かした。
(この娘、魔力の流れの僅かな違和感を感じ取ったのか? 年若いが、かなりの才を秘めていると見える)
カリンはこの指摘に、感情の変化をまったく見せずに言葉を返すが……。
「え? この魔石変なの? 安物だったからかなぁ?」
「フフフフ、誤魔化しは無しにしません。あなたが何を隠そうとしているかまではわかりませんが、今ならわたくしだけで済みます。それとも、警備兵の方々を呼び戻して、じっくりお話をした方がよろしいでしょうか?」
「いや、だから、何の話をして――」
「カリン、無駄だ。このラフィという娘の洞察力は本物。わかった、そちらの要件を飲もう」
「あら、それは良かった」
「だが――」
「ええ、わかっています。あなた方が何者で何を企んでいるのかは口外しません。この魔導都市スラーシュに、害を及ばすことがないかぎり……」
私たちはとりあえず名前だけを伝え、ラフィに案内されるがままに道を歩く。
当初、彼女の屋敷にでも案内されるのかと思ったが、彼女は貴族街を出て、人通りの多いメインストリートへと出た。
行き交う人々は目立つ私たちに瞳を止める。
私たちのメンツも大概だが、今は領主の娘であるラフィがいるため派手に目立つ。街の者が彼女へ挨拶をし、同級生と思われる少年少女が声をかけてくる。
これでは目立ってしょうがない。
ラフィの方もそれはわかっているようだった。
いや、わかっているからこそ、ここへ案内したのだ。
彼女はリディに声をかける。
「あの、牛から降りていただけません。少し、頼みたいことがありますので」
「あ、はい。そう言えば、ラフィ様の前なのに上からは失礼でしたね」
慌ててリディは貫太郎の背から降りて、ラフィの傍に寄り頭を下げる。
それをラフィはコロコロと笑いながら気にしないと言う。
「あらあら、別に良いんですよ。それと様は余計です。ラフィで結構」
「そ、それはさすがに……」
「そうですか、残念。ラフィさんでは、どう?」
彼女は笑顔のままだが、これ以上の譲歩はないとリディに迫る。
それに押された彼女は上擦る声でラフィの名を呼んだ。
「は、はい、わかりました。ラフィさんで……」
「はい、よくできました」
そう言って、ラフィは両手でリディの身体を掴み、くるりと反転させてこちらへ向ける。そして、後ろからリディを軽く抱きしめた。
「さて、このままでは大変目立ってしまいます。ですので、人目のつかない場所へ移動しようと思います。皆様方もそちらの方がよろしいでしょう?」
これにカリンが答える。
「ええ、その方がいいけど。でも、移動するだけで目立ちそうな。特にあなたの存在が」
「ご指摘通りです。わたくしだけでも目立ってしまうのに、この大所帯。ですので、二手に分かれましょう、ウフフ」
「分かれる?」
カリンの疑問の声に対して、口元を歪め不敵な笑みを見せるラフィ。
彼女は懐から地図を取り出す。
「丸を付けた場所が合流場所です。そこへはわたくしとリディさん。そして、あなた方で分かれて向かいましょう」
ねっとりとした笑いを見せるラフィの姿を目にして、カリンは彼女の笑顔の意味に気づく。
カリンは周りを見渡して、すぐにリディを抱きしめているラフィを睨みつけた。
「リディを人質にする気ね!」
「人質とは人聞きの悪い。保証ですよ。場所を教えて、わたくしと分かれてもあなた方が指定した場所に訪れるとは限らないですから」
「そのためにわざわざ人通りの多い場所に来て、提案を持ち出したってわけね。人目の多いここならあなたがリディを人質にとっても、わたしたちは騒ぎを立てにくい」
「さすがは冒険をしているだけあって、凡庸な人々と違い頭が回りますわね。では、わたくしたちは先に目的地へ向かいます。もちろん、人目を避けて。あなた方もそうしてください。では、ごめんあそばせ」
ラフィは人質に取ったリディの手を取って、人ごみに消えていく。
人質となったリディは私に視線をぶつけて、オレンジ色のワンピースのスカート部分に隠されたナイフに手を置いて抵抗するべきかと訴えてきた。
十一歳の少女がそのような判断を行えるとは、いやはや驚きだ。
腕を磨いてるとはいえ、実戦ではどうなるものやと思ったが、彼女にその心配は不要だったようだ。
しかし残念だが、今回はその活躍ぶりを行わないようにと目配せをする。
仮にリディが抵抗して彼女の手から逃れられても、結局この場所では領主の娘の一言で窮地に立たされてしまう。
今のところ、リディへ危害を加える様子はないので、ここは様子見が良いだろう。
私は姿を消したラフィへ感心交じりの声を生む。
「ふふ、なかなかの知恵者だな」
「ずる賢いだけでしょ!」
「ぶもぶも!!」
「で、どうする? 言いなりになる気か、アルラ?」
「リディを持っていかれたからな。今はラフィの指示に従おう……しかし、彼女は何を考え、いや、私たちに何を求めているんだろうな?」
彼女はかの有名な魔導学園グラントグレンの生徒会長であり、この魔導都市スラーシュの領主の三女だそうだ。
私は彼女へ感謝の意を伝え、次に問い掛ける。
「我らの紛擾へのお力添え感謝致します。貴台は領主グバナイト様の三女と仰られましたが、そのようなお方が我らしがない旅団へ何故に御助力を?」
「あら、これは驚きました。これほどまでに謹厚な返事を戴けるとは」
「旅をしていれば多くの方々と交わる機会もありますゆえ」
「そうですか。ですが、言葉は温柔で結構です。言葉の重きは場の重きとなりましょう」
「では、お言葉に甘え……なぜ、手助けを?」
ラフィは紫色の瞳を私から外し、貫太郎、その背に乗るリディ、両サイドに立つカリンとツキフネ。そして、貫太郎をもう一度見て、私へ瞳を戻す。
「好奇心です」
「好奇心?」
「ええ、貴族街に荷車を曳いた牛が現れ、その周りには農夫を思わせる男性に幼い少女。冒険家と思われる少女にオーガリアンの女性。さぞかし一風変わった旅をしているのだろうと思い、その冒険譚を拝聴したく話しかけたのです」
ラフィはクスリと妖艶な笑みを見せた。
私はそれに鼻から息を抜いて、言葉から先ほどまでの礼節を捨て去り、呆れた声を出す。
「つまり、貴族様の暇つぶしと言う訳か」
「おじさん!」
「なんだ、カリン?」
「相手は貴族の女性だよ。態度!」
「たしかに私の態度は悪いが、小娘のおもちゃ扱いされるのはごめんだ」
「そう? だけどさ、おじさんも同じことわたしに言ったことあるよね、暇つぶしって?」
「うっ」
「ね、言われるとイラっとするでしょ?」
「……ああ、反論できないな」
私は片手を上げて軽く振り、この場をカリンに譲る。
そのカリンがラフィへ答えを返す。それは私にとって意外な返答だった。
「面倒なことから助けてくれてありがたいんだけど、貴族のお嬢様を相手に粗相があっては申し訳ないから、お話はごめんなさい」
私はこの言葉に、心の中で感心の声を立てた。
(ほ~、断ったか。彼女の性格からてっきり話くらいなら、とくると思ったが……)
相手は領主の娘。こちらには魔王である私・影の民であるカリン・半魔であるリディがいる。
そうだというのに、警備兵よりも権限が強い話し相手などもってのほか。
万が一、こちらの正体が露見すればややこしいどころでない。
カリンはそういったことを考えて断ることにしたようだ。
だが、領主の娘ラフィは私たちの思いもよらぬ切り口を見せる。
「あら、それは残念ですわね。ですが、わたくしに付き合っていただいた方が得策だと思いますよ」
「ほぇ、なんで?」
ラフィはにっこりと笑って、カリンが首からぶら下げている魔石を指差す。
「その魔石。一見旅のお守りを模してますが、なんだかの力を阻害する魔道具と見受けられます。高度な魔術制御で調整は行われているようですが、魔石自体の劣化が激しくでまったく追いついていません」
この指摘に私は小さく眉を動かした。
(この娘、魔力の流れの僅かな違和感を感じ取ったのか? 年若いが、かなりの才を秘めていると見える)
カリンはこの指摘に、感情の変化をまったく見せずに言葉を返すが……。
「え? この魔石変なの? 安物だったからかなぁ?」
「フフフフ、誤魔化しは無しにしません。あなたが何を隠そうとしているかまではわかりませんが、今ならわたくしだけで済みます。それとも、警備兵の方々を呼び戻して、じっくりお話をした方がよろしいでしょうか?」
「いや、だから、何の話をして――」
「カリン、無駄だ。このラフィという娘の洞察力は本物。わかった、そちらの要件を飲もう」
「あら、それは良かった」
「だが――」
「ええ、わかっています。あなた方が何者で何を企んでいるのかは口外しません。この魔導都市スラーシュに、害を及ばすことがないかぎり……」
私たちはとりあえず名前だけを伝え、ラフィに案内されるがままに道を歩く。
当初、彼女の屋敷にでも案内されるのかと思ったが、彼女は貴族街を出て、人通りの多いメインストリートへと出た。
行き交う人々は目立つ私たちに瞳を止める。
私たちのメンツも大概だが、今は領主の娘であるラフィがいるため派手に目立つ。街の者が彼女へ挨拶をし、同級生と思われる少年少女が声をかけてくる。
これでは目立ってしょうがない。
ラフィの方もそれはわかっているようだった。
いや、わかっているからこそ、ここへ案内したのだ。
彼女はリディに声をかける。
「あの、牛から降りていただけません。少し、頼みたいことがありますので」
「あ、はい。そう言えば、ラフィ様の前なのに上からは失礼でしたね」
慌ててリディは貫太郎の背から降りて、ラフィの傍に寄り頭を下げる。
それをラフィはコロコロと笑いながら気にしないと言う。
「あらあら、別に良いんですよ。それと様は余計です。ラフィで結構」
「そ、それはさすがに……」
「そうですか、残念。ラフィさんでは、どう?」
彼女は笑顔のままだが、これ以上の譲歩はないとリディに迫る。
それに押された彼女は上擦る声でラフィの名を呼んだ。
「は、はい、わかりました。ラフィさんで……」
「はい、よくできました」
そう言って、ラフィは両手でリディの身体を掴み、くるりと反転させてこちらへ向ける。そして、後ろからリディを軽く抱きしめた。
「さて、このままでは大変目立ってしまいます。ですので、人目のつかない場所へ移動しようと思います。皆様方もそちらの方がよろしいでしょう?」
これにカリンが答える。
「ええ、その方がいいけど。でも、移動するだけで目立ちそうな。特にあなたの存在が」
「ご指摘通りです。わたくしだけでも目立ってしまうのに、この大所帯。ですので、二手に分かれましょう、ウフフ」
「分かれる?」
カリンの疑問の声に対して、口元を歪め不敵な笑みを見せるラフィ。
彼女は懐から地図を取り出す。
「丸を付けた場所が合流場所です。そこへはわたくしとリディさん。そして、あなた方で分かれて向かいましょう」
ねっとりとした笑いを見せるラフィの姿を目にして、カリンは彼女の笑顔の意味に気づく。
カリンは周りを見渡して、すぐにリディを抱きしめているラフィを睨みつけた。
「リディを人質にする気ね!」
「人質とは人聞きの悪い。保証ですよ。場所を教えて、わたくしと分かれてもあなた方が指定した場所に訪れるとは限らないですから」
「そのためにわざわざ人通りの多い場所に来て、提案を持ち出したってわけね。人目の多いここならあなたがリディを人質にとっても、わたしたちは騒ぎを立てにくい」
「さすがは冒険をしているだけあって、凡庸な人々と違い頭が回りますわね。では、わたくしたちは先に目的地へ向かいます。もちろん、人目を避けて。あなた方もそうしてください。では、ごめんあそばせ」
ラフィは人質に取ったリディの手を取って、人ごみに消えていく。
人質となったリディは私に視線をぶつけて、オレンジ色のワンピースのスカート部分に隠されたナイフに手を置いて抵抗するべきかと訴えてきた。
十一歳の少女がそのような判断を行えるとは、いやはや驚きだ。
腕を磨いてるとはいえ、実戦ではどうなるものやと思ったが、彼女にその心配は不要だったようだ。
しかし残念だが、今回はその活躍ぶりを行わないようにと目配せをする。
仮にリディが抵抗して彼女の手から逃れられても、結局この場所では領主の娘の一言で窮地に立たされてしまう。
今のところ、リディへ危害を加える様子はないので、ここは様子見が良いだろう。
私は姿を消したラフィへ感心交じりの声を生む。
「ふふ、なかなかの知恵者だな」
「ずる賢いだけでしょ!」
「ぶもぶも!!」
「で、どうする? 言いなりになる気か、アルラ?」
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