三つの異能と魔眼魔術師

えんとま

文字の大きさ
上 下
16 / 56
第2章 鮮血の奇術師ヴァルミリア

さあ、恐怖の沼へ

しおりを挟む
ヴァルミリアの目の前に現れた三匹の名状し難い犬に近い生物。


醜い顔についた小さく、爛々と光る目はしっかりとヴァルミリアに狙いを定めている。




「アルハイムの猟犬…貴方、犬も飼っているのね」



この状況で未だ軽口を叩くヴァルミリア。ガクトは構うことなく異形の怪物に命令を下す。




「さぁ猟犬たち、やつを食い散らかせ!」


ガクトの号令に一斉にとびかかる3匹の異形の犬たち。まるで意思疎通しているかのような息の合った連携であっという間にヴァルミリアを包囲する。


血晶術・血刀輪舞けっしょうじゅつ けっとうろんど


ヴァルミリアが自身の手首を懐から出した小さな果物ナイフで小さく傷をつける。

そこから大量に噴き出た鮮血は、やがて時間が止まったかのように水玉の状態で宙に浮遊し始めた。

まるで水が氷に変わるように、何かがきしむようなパキパキという音を出しながら次第に形を変えていく。


そしてそれは無数の小さなナイフに様変わりした。



ヴァルミリアは指、目、体を駆使して小さな深紅のナイフたちを操る。無数の物体を制御しやすい円心運動で規則正しく舞う様子は、まさに輪舞だ。

猟犬たちは多少警戒するものの恐れる様子はない。じりじりと間合いを確認するように距離を詰める。



そしてその時は訪れた。最初に仕掛けたのは猟犬達。見事に3匹同時に足をそろえて襲い掛かる!


「同時だなんて、随分優しいのね」


ヴァルミリアはナイフを自分を中心に円心上に展開。まるで丸鋸のようにぐるぐると回転させる。


猟犬はこれをかいくぐる。今度は円心上に並ぶナイフの刃先を中心にいるヴァルミリア自身に向ける。


ぐっ


とその小さな手を握ると、ナイフは中心に向かってグンとその輪を縮める。


猟犬たちは背後から迫るナイフをよけることができなかった。

体のあちこちに鋭いナイフが次々と突き刺さる。おぞましい咆哮を上げて猟犬はその場をすぐに離れる。





「おや、俺のことはもう忘れてしまったのか」


猟犬を盾に背後に迫ったガクトはなんとヴァルミリアが生み出したナイフを手で掴むとそのまま背中に向けて突き立てる!


「がふっ…!なぜ背後に…」



よく見るとガクトの背中にはヴァルミリアのナイフが数本刺さっている。


そしてヴァルミリアの正面に見えていたはしだいに揺らいで姿を保てなくなり消え去った。



「そう…犬は二匹だったの……内一匹は貴方の変化、あとは…幻影を…いい一手ね」


口から吐血しその場に崩れるヴァルミリア。次第に血の水たまりが広がっていく。


「さぁ喰え、猟犬ども」


先ほど散った二匹の猟犬たちはヴァルミリアの死体に群がり食い漁り始めた。


(ハルトがどこに行ったのかが気になるが…とりあえずここを出るか。いったん出直すとしよう)



ガクトが入り口に向かい歩き始めたが、



未だ唯一の出口は塞がれたままだった。



(入り口がまだ塞がったままだと!?あの結晶が奴の血液から作られたものなら術者が死んだら消えるはず…)


後ろを振り返るガクト。そして実に奇妙な、衝撃的な光景を目の当たりにする。


猟犬たちの腹が異常なまでに膨れているのだ。

ヴァルミリア一人食べたくらいであそこまで膨らむはずがない。猟犬も自身の身に起きた異常に苦しみもがき始めた。


どんどん膨らみ続けついには真っ赤な風船のようになり・・・・



バンッとはじけて水風船が割れたようにあたりに血液が飛び散って破裂した猟犬。

猟奇的、圧倒的グロテスクな光景にここで初めてガクトは恐怖を感じ始める。



(なんだ、何が起こっている!?幻覚か、だとしたらいつから!)



『クスクス』
        『クスクス』
  『あははは』
                『うふふふふ』


(ヴァルミリアの声!?馬鹿な、あれで生きているだと)



まるでまとわりつくかのように四方八方からそれも複数人に囲われているように、あたりから何人ものヴァルミリアの笑う声が聞こえてくる。



『あははははは!』
            『うふふ』



「なんなんだよ!やめろ、笑うな!笑うなぁ!この化け物が!!」




シーン





いきなり笑い声がピタッとやんだ。



あたりに再び静寂が訪れる。物音ひとつしない。薄暗い地下空間にガクトはただ一人残された。

否、一人ではない。確かに何者かの存在を感じるのに、どこにも見えず何も聞こえない。



ドクン ドクン


ガクトの心臓が大きな鼓動を上げる。

恐怖で汗が吹き出し、瞳孔が大きく開く。


息が苦しい。全速力で走ったようにうまく呼吸ができない。



小刻みに肩を震わせながら苦しそうに呼吸をするガクト。その頬には一筋の汗が流れた。












「ひどいじゃない、あんな犬ころの餌にするなんて」




「!?うおぉおおおおおおおおおお!」



突然耳のすぐそばでヴァルミリアらしき声が聞こえる!


飛び跳ねんばかりの心臓を抑えながら慌てて腕を振り回すも、そこには何もいない。



(くそっ!どうなってやがる!それに今の声、さっきまでの幼い感じではない。まるで大人のような雰囲気だったぞ)



「ふざけやがって!姿を現しやがれ!!」



再び笑い声が響く。しかし、やはり先ほどまでのような幼い少女の声ではなく、艶やかな気品と色気をまとう大人の女性の笑い声だ。


「ようやく恐怖、怒り、焦りを出してきたわね」


影が、闇が、ある一点に集中し始め形を作る。


しかし少女ではない。ヴァルミリアに非常によく似た危険なまでに美しい女性がそこには立っていた。

「なんなんだ、その姿…。まるで」



「まるで『成長して大人になったみたい』?逆よ。こっちが本来の姿で、さっきまでの可愛らしい私は力をセーブした状態なの」


そう言ってヴァルミリアは先ほど口に含んでいた十字架の形をした何かを取り出す。


「コレね、私専用の増血剤みたいなものよ。本来の姿に戻るためのね」




  
「準備運動はこれで終わりよ。私の本来の力であなたと遊んであげるわ」


その姿を視界に入れただけで、ガクトの本能はけたたましく危険を示すサイレンをこれでもかと鳴らしている!



(さっきまでの比ではない、見ただけでわかる底の知れない恐ろしい何か…と敵対してはいけない!)



あろうことか敵前逃亡を図るガクト。すぐに背後にある今尚塞がれた入り口へ走る!



「ダメよ、背中なんか向けては。逃すわけないじゃない」




ヴァルミリアは軽く片足を上げる。


血晶術・真魔女刈けっしょうじゅつ しん まじょがり


トン


あげた足を地面に下ろす。途端にガクトはバランスを崩して地面に倒れ込んだ。



何かにつまづいたか、訳もわからず立ち上がろうとする。



しかしいつもと感覚が違う。立ち上がろうとしてもうまく踏ん張ることができない。


足の裏の感覚も無くなってしまっている。



ふと自分の足に目をやるガクトだが、スネから下の足は

地面からは真紅に輝く巨大な鎌の刃が突き出ている!




「ヒッ!カハっ…うっ…」



恐怖と急激な痛みに襲われて気が動転、過呼吸に陥り叫び声さえ上げられない。



「ハッ……ハッ…」



ズル…ズル…と重くなった体を腕だけで引き寄せ、なんとか前進しから距離を取ろうとする。

地面には血だまりが引きずられ真っ直ぐ伸びていた。



「まるでレッドカーペットね。私のために敷いているのかしら」



血の道の上を歩きながらガクトに迫るヴァルミリア。



(ダメだ…もうどうしようもない!この恐怖から逃げ出してしまいたい!)


ガクトに残された選択肢はもう1つしかなかった。



(全てを何もかも棄て去ってしまおう。人に戻れなくてもいい。今ここで自我がなくなる方が何倍も…)



ゴロンと転がり背を床にする。視界には高く伸びた柱に闇に覆われた天井、そして恐怖の権化がガクトの顔を覗き込んでいる。








何かがガクトの中で切れた。








「何倍もマシだ」




両の手で印を結ぶ!



「五天封錠…解!」




「う…おおぉお、おおおおおお!!」






みるみるガクトの体が薄黒く染まっていく。侵食されているというよりは、内側から滲み出てきているようだ。




「うおおおおおおおおおおおお!」






その声はすでに人にあらず。狼の遠吠えを彷彿とさせる獣の声だ。



ついには声にとどまらず、姿さえも獣に変わっていく。バキバキと音を立てて変わる骨格、人の面影を残しながらもだんだんと口は裂け牙が伸び、体は毛で覆われた。



「ふっふっ、ふっ」



短い呼吸、吐く息は白く長い舌が見え隠れする。





「犬神憑き…」





嫌悪の表情を見せるヴァルミリアはボソッと呟いた。



「封印で押さえ込んでいたのね。人を呪い殺す呪術の成れの果て、無関係な命を愚弄する醜悪で愚かな古術」


ふぅ、と小さくため息に近いと息を漏らす。



「極めて不愉快ね。神をも愚弄する命のやり取りを経て貴方は何を願ったのかしら?魔術師を殲滅するための力よね。その結果がコレだなんて随分お粗末な話だわ」



ヴァルミリアは手を前に出し平のほうを下に向ける。



血晶術・真血刀初月けっしょうじゅつ・しん けっとうしょつき



手から何かが地面に向かって突き出てきた。

途中まで伸びたそれをもう片方の手で引き抜く。


それは十字架に似せた腕ほどの長さの刀身を持った両刃剣だった。



「おいでなさい、完膚なきまでに叩き潰してあげるわ」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【取り下げ予定】愛されない妃ですので。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。 国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。 「僕はきみを愛していない」 はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。 『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。 (ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?) そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。 しかも、別の人間になっている? なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。 *年齢制限を18→15に変更しました。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

実力を隠し「例え長男でも無能に家は継がせん。他家に養子に出す」と親父殿に言われたところまでは計算通りだったが、まさかハーレム生活になるとは

竹井ゴールド
ライト文芸
 日本国内トップ5に入る異能力者の名家、東条院。  その宗家本流の嫡子に生まれた東条院青夜は子供の頃に実母に「16歳までに東条院の家を出ないと命を落とす事になる」と予言され、無能を演じ続け、父親や後妻、異母弟や異母妹、親族や許嫁に馬鹿にされながらも、念願適って中学卒業の春休みに東条院家から田中家に養子に出された。  青夜は4月が誕生日なのでギリギリ16歳までに家を出た訳だが。  その後がよろしくない。  青夜を引き取った田中家の義父、一狼は53歳ながら若い妻を持ち、4人の娘の父親でもあったからだ。  妻、21歳、一狼の8人目の妻、愛。  長女、25歳、皇宮警察の異能力部隊所属、弥生。  次女、22歳、田中流空手道場の師範代、葉月。  三女、19歳、離婚したフランス系アメリカ人の3人目の妻が産んだハーフ、アンジェリカ。  四女、17歳、死別した4人目の妻が産んだ中国系ハーフ、シャンリー。  この5人とも青夜は家族となり、  ・・・何これ? 少し想定外なんだけど。  【2023/3/23、24hポイント26万4600pt突破】 【2023/7/11、累計ポイント550万pt突破】 【2023/6/5、お気に入り数2130突破】 【アルファポリスのみの投稿です】 【第6回ライト文芸大賞、22万7046pt、2位】 【2023/6/30、メールが来て出版申請、8/1、慰めメール】 【未完】

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

処理中です...