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HOPES CROSS
序章
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序章
子供たちが寝静まった夜。
雲の切れ間から満月の光が孤児院を不気味に照らし出し、生暖かい風が勢いよく吹き荒れ、枯れかけた木々に止めを刺す。
ポツリ、アスファルトの道路に雨粒が落ちた。それは徐々に頻度を増し、暗い雲が雷を呼び寄せる。不安げに窓の外を見つめる一人の少年、イアン・ハート。
少年の耳に、不吉な兆候を思わせる雷の轟音が響く。胸の中で膨らむ不安感に、彼は唾を飲み込んだ。
そのとき、彼の部屋の扉が静かに開いた。
「イアン? 起きてるか?」
僅かに開いた扉の向こうから小声が聞こえる。
「起きてるよ」
イアンが返事をすると、同じ施設で暮らすクレイブが悪戯っぽい笑みを浮かべながら提案する。
「今日こそ先生の部屋に忍び込もうぜ」
窓から時折差し込む雷光を背に、イアンは裸足でベッドを降りた。
先生の部屋にはいつも厳重な鍵が掛かっている。その扉の先から漏れる眩しい光は、好奇心旺盛な子供には抗いがたい魅力があった。
孤児院には、職員を含めて390人が暮らしている。各部屋には火災報知器や動体検知器が設置され、職員はそれを使って簡易的に部屋ごとの人数を確認している。
無人の廊下で二人は周囲を警戒するように左右を見渡す。
廊下には妙な静けさが満ちていた。
「な、なあ、イアン」
「ああ、マーグル先生がいない」
普段は廊下の片隅で目を光らせている先生の姿がなく、その異常な静けさは二人の好奇心をさらに掻き立てた。
第二部 逃走
今日のお昼時間
「やべっ! 逃げるぞ! イアン、走れぇぇ!」
キッチンから盗んだ焼きたてのパンを咥え、クレイブが叫びながら走り出す。
クレイブには盗み癖があった。それは、生まれてから10年間、暴力と犯罪が横行する貧困地帯で過酷な生活を強いられてきた名残だった。
そんな環境下でも、彼は仲間たちと助け合いながら生き抜いてきた。太陽光が肌を刺すように照りつける中、クレイブは盗んだリンゴを片手に、鉄屑のジャングルを駆け抜ける。
しかし、その背後では明らかに農家とは思えない3人の男たちが追いかけていた。
彼の頭の中には、逃走経路の地図が即座に描かれる。様々な逃走手段を想定しながら、追跡をかわしていく。
「こっちも駄目、あっちも駄目か!」
考え事で頭がいっぱいだったクレイブは、一人の老人にぶつかってしまった。衝突の勢いで吹き飛んだのはクレイブの方だった。
「悪りぃな、怪我はないかい、爺さん?」
クレイブはすぐに立ち上がり、老人を気遣う。
「ああ、君こそ大丈夫かね?」
老人は転がったリンゴを拾い上げ、クレイブに手渡した。その瞬間、追手の男たちの姿が目に入り、クレイブはハッとする。
「俺は大丈夫! じゃあな!」
元気な声を残し、クレイブは走り去る。老人は微笑みながら歩き出したが、その横を通り過ぎた男たちは険しい表情で睨みを効かせる。
「見つけたぞ」と老人がポツリと呟いた。
クレイブは追手を撒こうと、逃走経路の中でも成功率が高いルートに向かっていた。
だが、その目の前に聳え立っていたのは工場用の鉄柵だった。
「うっそ!?」
目の前の柵を見て立ちすくむクレイブの背後から、追手の一人が声を張り上げる。
「おい、クソガキ!」
振り返ると、男の一人が拳銃を構えていた。
「わ、分かったよ! もうリンゴは返すから!」
クレイブは持っていたリンゴを投げた。だが、男は銃でそれを撃ち落とし、威圧的に叫ぶ。
「リングのリンゴをどこに隠した!」
「リング? なんの話だよ……」
次の瞬間、銃声が響き、弾丸がクレイブの足元を掠める。
「とぼけるなッ!」
男がさらに詰め寄ろうとしたそのとき、背後から鉄パイプを持った少年が男の後頭部を殴りつけた。
鈍い音とともに男が倒れる。
「クレイブ! 早く逃げるぞ!」
「レイブス!? 助かった……ぜ……!?」
そう言いかけた瞬間、倒れていたはずの男が立ち上がり、その姿が異様に変わり始めた。皮膚が緑色に染まり、鋭利な歯が生える。その姿を目にしたクレイブは驚愕する。
「バケモノだ!」
レイブスは鉄パイプを振りかざすが、男は片手でそれを容易く受け止め、針金のように曲げてしまう。
「おい、子供の肉でも腹の足しにはなるかもしれんな」
不気味な笑みを浮かべながら近づいてくる男に、クレイブは足がすくむ。しかし、次の瞬間、別の声が静かに響いた。
「それは私も同感だな」
声に反応して男が勢いよく振り返ると、そこにいたのはクレイブが逃げる途中でぶつかった老人だった。
「だ、誰だテメェ!」
男は警戒しながら叫ぶ。老人は答えることなく、手に持った赤いリンゴを握りつぶした。すると、彼の手の中から輝く指輪が現れる。
「これを探していたのかね?」
「そ、それを寄越せ、ジジイ!」
男は老人に詰め寄る。
「じいさん! そいつ、人間じゃない!」
クレイブの警告にもかかわらず、老人は微笑みを浮かべるだけだった。そして、低く鋭い声で男に向けて言い放つ。
「奇遇だな。私も人間ではないのでね」
老人の正体と指輪の力
老人は指輪をクレイブに投げ渡した。それが彼の指にはめられると、途端にその場の空気が変わる。
「それを使って、行ったことのある場所を思い浮かべ、指を振りなさい」
老人の言葉に従おうとしたクレイブを男が妨害しようと銃を構えるが、その腕が突然切り落とされる。
「!? 誰が……」
男は驚愕し、周囲を見渡す。だが、そこには気絶しているレイブス以外に誰もいない。
「私だよ、ゴブリン」
冷たく鋭い声が足元から響く。ゴブリンは身が凍るような殺気を感じ、息を呑む。その言葉を聞き、彼の脳裏に浮かんだのは、幼い頃から語り継がれてきた御伽話だった。
「まさか……不死王……?」
ゴブリンの全身が震え出す。
「左様。だが、今さら慈悲も同情も与えるつもりはない。ルールを破る者には、それ相応の代償があることを理解していただろう?」
こんな状況でも、ゴブリンにはまだ勝算があると信じていた。自分以外の追手が合流すれば状況は変わるはずだ、と。
だが、不死王はそれを見透かしたように静かに言った。
「他の二人なら、上を見たまえ」
ゴブリンが恐る恐る見上げると、そこには血まみれで倒れている仲間たちの姿があった。
「そ、そんな……」
不死王は冷淡に言い放つ。
「まだ生きてはいるが、お前が大人しく指輪を欲する理由を話せば命までは奪わない」
クレイブはその場で何が起きているのか全く理解できていなかった。だが、老人の言葉を思い出し、指輪を使って逃げることが最善の選択だと判断した。気絶しているレイブスを肩に抱え、クレイブは指輪を握り締める。
「イメージするんだ……行ったことのある場所……」
頭の中に思い出の広場の光景を思い浮かべると、指輪が淡い光を放った。
「やらせるか!」
ゴブリンが銃を取り出した瞬間、不死王の手が動いた。ボトッと音を立てて、ゴブリンの右腕が切り落とされる。
「ッ!」
ゴブリンは叫び声を上げ、苦痛に顔を歪める。不死王は一歩踏み出し、低い声で言った。
「逃げるのなら今だ。少年よ」
その言葉に促され、クレイブは指輪を使ってその場から姿を消した。
不死王とゴブリンの対峙
不死王がゴブリンに向き直ると、その体から禍々しい光が溢れ始めた。
「いやだ……転化したく……ない!」
ゴブリンは嗚咽混じりに叫ぶが、不死王の目は冷徹だった。
「自分の意思ではないのか?」
「ち、違う……! 制御が効かない……!」
その言葉を聞いた不死王は一瞬、目を細めた。
「分かった……助けるから耐えろ」
そう呟きながら、不死王は祈りのような構えを取る。その拳に、僅かに煌めく布のようなものが巻き付いていく。
ゴブリンの体は痙攣を繰り返し、やがて全身の筋肉が膨れ上がっていく。その状態変化は、周囲に隠れていた他の追手にも波及していた。
「やれやれ……厄介なことになったな」
不死王は深いため息をつきながらも、慎重に動きを見極めていた。
クレイブの逃亡
指輪の力でその場から離脱したクレイブは、気絶しているレイブスを抱えたまま呆然としていた。目の前で起きた出来事が現実だったのか、何度も頬を叩いて確認する。
「ここにいましたか」
優しい声が背後から聞こえ、クレイブが振り返ると、そこにはボロボロになった老人が大量のリンゴを入れた紙袋を抱えて立っていた。
「あんた……何者だよ……」
クレイブは疲労で声を震わせながら問いかける。老人は微笑み、リンゴを差し出した。
「林檎を食べるかい?」
クレイブは無我夢中でリンゴにかじりついた。甘い果汁が口の中に広がると、安堵感から自然と涙が溢れ出した。
「君に親はいるかね? 帰る場所は?」
クレイブはリンゴを頬張りながら首を横に振った。
「そうか……」
老人は遠くを見つめながら静かに続けた。
「知っての通り、私は人間ではない。だが、君のような子供達を見過ごすことはできない性分でね」
老人は紙袋を地面に置きながら言葉を続ける。
「もし望むのなら、衣食住が揃った孤児院を紹介しよう。ただし、よく考えてくれ。明日の朝、灯台近くの広場で待っているよ。お友達も連れて来ても構わない」
そう言って、老人はクレイブの頭を優しく撫で、その場を立ち去ろうとした。
「ねえ、あんたの名前は?」
「ドルマン・カッツィ」
老人は振り返らずに名を告げ、静かに去っていった。
翌朝、灯台近くの広場
翌朝、ドルマンは灯台近くの広場で懐中時計を眺めていた。軍用ヘリがエンジン音を響かせる中、運転手がタイムリミットを告げる。
「まだ来ないか……」
ドルマンがヘリに乗り込もうとしたその時。
「お爺さん! 行くよ! みんな連れて来た!」
クレイブの声がエンジン音をかき消すように響いた。彼の背後には、同じ地域に住む子供たちが並んでいた。その顔はどこか誇らしげで、逞しく見えた。
ドルマンは満面の笑みを浮かべ、ヘリの扉を全開にして叫ぶ。
「さあ、乗りたまえ! お腹は減っているかな?」
全員が笑顔で頷き、ヘリに飛び乗った。その日から、彼らの新しい生活が始まることになる。
第三部 イアン・ハートの悲劇
外は土砂降りの雨が降る真夜中だった。
生暖かい風が雨と混ざり、埃の匂いを巻き上げている。時折、雷の轟音が幼いイアンの眠りを妨げた。
「イアンは、まだグズってるか?」
父ジャレスが狩り用の猟銃を手入れしながら、油まみれの手をイアンに向けて振る。
「ええ、雷の音が怖いのね」
母ホワイトは優しくイアンを抱き上げ、頬を寄せる。
イアンの小さな手がジャレスの手に向かって伸びると、ジャレスは笑みを浮かべた。
「本当に目が君に似て可愛いな」
「そんなに似てるかしら」
ホワイトは微笑みながらイアンをあやす。幸せそうな家族の光景は、ジャレスにとって最も尊い時間だった。
遠い地、イギリスの山奥で
一方その頃、イギリスの山奥では、真夜中に獣の咆哮と銃声が響いていた。
そこは血の臭いが漂う戦場であり、妖しい満月が暗闇を照らしている。
「貴様らは大人しく純血種に従っていればよいものを!」
純血種の吸血鬼が怒声を上げる。
「従えだと? ふざけるな!」
雑種の吸血鬼と人狼の代表たちは、本来の姿を晒して激しい戦いを繰り広げていた。純血種の圧倒的な力に押されながらも、雑種たちは屈せず戦い続ける。
「雑種の意地を舐めるな!」
雑種の人狼が猛攻を仕掛けるが、純血種の力は圧倒的だった。一撃で雑種の吸血鬼が倒されると、その仲間たちは怒りに駆られ、反撃を試みる。
「無駄だ……力の差は明らかだ」
純血種の人狼は嘲笑を浮かべ、反撃を受け流す。しかし、次の瞬間、闇の中から低く響く声が戦場に広がった。
「そこまでだ」
その場にいた全ての者が、声の主に視線を向けた。戦場の緊張感が一瞬で変化する。
「絶滅主義者の……髑髏星が現れたのか」
純血種の吸血鬼が鋭い視線を声の主に向ける。声の主はフードを被った黒尽くめの男だった。
「全員をまとめて退治しようというのか?」
人狼は警戒を強める。だが、黒尽くめの男はゆっくりとフードを下ろし、穏やかな口調で言った。
「いや、この不毛な戦いを終わらせに来ただけだ」
その言葉に純血種たちは嘲笑を浮かべた。だが、男の背後から現れたもう一人の影が、彼らの嘲笑を一瞬で凍らせる。
「純血種吸血鬼ダンジャン、純血種人狼クルゼフ、そして雑種の連合代表ラルゴに命じる。この場で即時に同盟を結べ」
その声の主はアルバンドラ・カフマンと名乗った。その威圧的な存在感と冷徹な目は、戦場のすべての者に黙従を強いる力を持っていた。
その隣に居る青年が髑髏星のリーダー、リード。
「同盟だと?」
クルゼフが苛立ちを露わにしながら前に出る。
「もう一度だけ言おう。同盟を結び、無駄な争いを終わらせるのだ」
だが、ダンジャンが叫ぶ。
「ふざけるなっ!」
その瞬間、ダンジャンの頭が吹き飛んだ。血が飛び散り、再びその頭部が素早く再生する。
「純血種である私を簡単に殺せると思うな!」
カフマンはため息をつきながら冷たく指を鳴らす。すると、黄金色の手錠がダンジャンの両腕を縛り付けた。
「!?」
ダンジャンが動揺する間もなく、カフマンの瞳が鈍く紅く光り、静かに言った。
「簡単に殺す気などない。ただし、従わぬのであれば……その頑なな頭が柔らかくなるまで封印するまでのことだ」
その言葉に戦場全体が静まり返る。カフマンの冷徹な声が、闇の中で静かに木霊していた。
リードの介入
戦場に静寂が訪れたように見えたが、それは一瞬のことだった。
純血種の人狼クルゼフが鋭い目付きでカフマンを睨む。その視線の中には諦めの色ではなく、狂気じみた決意が宿っていた。
「このままお前に従うくらいなら、いっそ……!」
クルゼフは懐から一本の短剣を取り出した。それはどこか異様な輝きを放っており、柄には赤黒い宝石が埋め込まれている。
「その短剣……!」
カフマンは一瞬でその異常性に気付き、身構えた。だが、クルゼフの動きは迅速だった。彼は咆哮と共にカフマンへ突進し、短剣を振り下ろす。
「カフマン、下がれ!」
その瞬間、髑髏星のリーダー、リードがカフマンの前に飛び出した。彼の瞳が光り、周囲の空間が一瞬歪む。超能力によって攻撃を弾こうとしたのだ。
だが――
「ぐっ……!」
リードの能力は短剣の宝石に触れた瞬間、完全に無効化された。
「超能力を打ち消す-アン…チ…?」
カフマンが叫ぶ。しかし、それを理解した時にはすでに遅かった。リードは能力を無効化され、短剣はそのまま彼の胸を貫いた。
「リード……!」
カフマンが叫ぶ中、リードは倒れることなく最後の力を振り絞り、振り返ってカフマンを見つめた。
「無事か…?友…よ…」
そう言いながら、リードはクルゼフの腕を掴み、力尽きる前に短剣を弾き飛ばした。
カフマンは瞬時にクルゼフの身動きを黄金の拘束具で封じた。
リードの体がゆっくりと崩れ落ち、地面に倒れる。カフマンが彼に駆け寄り、抱き起こす。
「リード!おい!しっかりしろ!」
カフマンの声は、いつになく感情的だった。リードは弱々しく微笑む。
「これで…いい…」
その言葉を最後に、リードの瞳から光が失われる。
「リード……」
カフマンはリードの体を抱きしめ、静かに瞳を閉じた。その背中には、戦場に立つすべての者の視線が注がれていた。
次の瞬間、カフマンの周囲が紅いオーラで歪み始める。
空気が震え、周囲の者たちは思わず後ずさる。そのオーラには、尋常ではない力と激しい感情が込められていた。
「また救えない……まただ……これで何度目だ!?」
カフマンの声は怒りと苦悔に満ちていた。その言葉は戦場に木霊し、誰もが息を呑む。
「なぜだ……! なぜ、こうなる……!」
カフマンの体から放たれる紅い光がさらに強さを増し、戦場全体を覆うように広がっていく。その光景に立ち尽くす者たちは誰も言葉を発することができなかった。
カフマンの手がリードの胸元を強く握りしめる。目を見開き、抑えきれない感情を爆発させるように、彼は天に向かって雄叫びを上げた。
その怒りの雄叫びは、大地を揺るがし、耳をつんざくような轟音となって響き渡る。その場にいる誰もがその圧倒的な力と感情に押され、身動き一つ取れずにいた。
「どうしていつもこうなんだ……!」
紅いオーラが渦を巻き、空間を歪ませる。その異様な光景に、戦場の者たちはただ震え、息を飲むことしかできなかった。
カフマンのオーラに臆さず、肩に手を置いた一人の男。その男はカフマンの名前を呼んだ。
「カフマン…。まずは、この場を収めよう」
歯を食い縛りリードをそっと地面に横たわらせる。
「ああ…。ありがとう、ドルマン」
どこかにある洞窟内…
「ようやく奴が死んだか」
鎖で雁字搦めになっている棺から、不気味な笑い声が洞窟内に響くと、鎖が自然と外れ落ち棺が爆発した。爆発と同時に黒い煙は洞窟の外に飛び出した。
「器を探さねば…もっと強い器を!」
どこかにある刑務所内…
「力が湧き上がる、この感覚はなんだ?」
拘束具で身動きを封じられた男の目が闇に浮かぶ。
男の頭の中に刑務所内の受刑者達の声が頭の中に響き渡る。
「俺は無罪なんだ!怪物に息子を殺された私がなぜ!死刑なんだ!」
「もっと年寄りを殺さないと…」
「ああ、ああ、ああ…」
「あの子達を殺したアイツは人間じゃない…どうやってここから出る?」
無実の罪で捕まった者、狂った殺人鬼の心の声が男の頭の中で繰り返される。
男は気が狂いそうな生活を死刑が執行される日まで過ごし続けた。
そしてある日、男は自分に超能力があることに気付き始めた。
まず男は頭で念じた自分の言葉が、向かいの独房にいる男に届くか、試してみると結果は予想通りだった。
-そこのお前、私の声が聞こえるか?-
独房の男は驚いたように起き上がる。
「だ、誰だ!」
-私の名前はネア。向かいの独房の者だ-
男は僅かに空いた隙間から向かいの独房を見た。
そこにはこちらを見るネアの顔が覗いていた。
「あんた、何者だ?」
-私は家族を怪物に殺され、無実の罪で囚われた-
ネアは男に脳内に直接語りかける。
「どうやら、私と同じ境遇の者が、この刑務所内には大勢居るらしい」
-お前の家族も怪物に?-
心の声と言葉を交互に使い分ける。
「ああ、見たこともない生き物に…」
男の言葉の後にネアの頭の中には、男が見たモノが映像として流れてきた。
-私は同じ境遇の者を集め、ここを脱獄する-
「来るか?」
「もちろんだ」
数日後、ネアは看守たちの会話を超能力で傍受し、自身の死刑執行日を知った。
だが、それまでの間にネアは十分に自分の力を試し、その制御方法を学んでいた。
死刑執行当日
執行の刻、ネアは同じ境遇の者たちと共に脱獄を決行した。
突然の爆発音が刑務所内に轟き、警報が鳴り響く。
武装した看守たちは慌ただしく独房エリアに集まったが、そこで目撃したのは常軌を逸した光景だった。
瓦礫の中には、刑務所内で最も凶悪とされる殺人鬼たちの無残な遺体――頭が失われた状態で転がり、砂埃が立ち込めていた。その先に立っていたのは、ネアを先頭とする死刑囚たちの一団だった。
「全員、動くな!」
看守たちは銃を構え、声を張り上げた。
だが、ネアは不気味に光る瞳を向け、低い怒りの込もった声で言い放った。
「実弾ではなく、ゴム弾で助かったな」
その言葉に看守たちが動揺する間もなく、看守長が叫ぶ。
「それはこちらの台詞だ! 逃げられると思ったか!」
看守長の声を合図に、看守たちは一斉に発砲した。
ネアの力
銃口から飛び出した無数のゴム弾。だが、ネアは左手を翳すと、それらは空中で静止した。
「……無駄だ」
ネアの言葉と共に、静止していたゴム弾がくるりと向きを変え、看守たちに狙いを定める。その瞬間、看守たちの顔に恐怖が広がった。
「発射したものが戻ってくる気分はどうだろうな?」
ネアの声が冷たく響くと同時に、ゴム弾が一斉に看守たちへと飛び込んだ。
「ぐっ……!」
「うわあああ!」
次々と看守たちが倒れ、武装が崩れていく。ゴム弾はまるで意思を持つかのように狙いを定め、看守たちの膝や肩、武器を握る手を的確に撃ち抜いた。
看守たちは成す術もなく、痛みに呻きながらその場に崩れ落ちた。
「……これで黙ったか」
ネアは冷ややかに呟き、なおも立ち上がろうとする看守たちに向けて脳内に語りかける。
「我々は脱獄する――止めることはできない」
圧倒的な力を見せつけられた看守たちは、恐怖に震えながらその場に留まり、ただ見送ることしかできなかった。
出迎え
刑務所の門の外には、一人の男が立っていた。
その男は端正なスーツ姿で、左胸には髑髏の星を象ったバッジを付けている。さらに、その背後にはエンジンが入った状態で止まっている大型の収容車があった。
「ネア様、あなたをお迎えに上がりました」
その言葉に、ネアの仲間たちは一瞬警戒する。だが、ネアは目の前の男の心を読み、敵意がないことを確認した。
「お前の名は? なぜ私を知っている?」
男は微笑みながら収容車の扉を開けた。そして、静かに言った。
「まずはここから離れ、髑髏星のアジトに向かいましょう。すべてはそこでお話しいたします」
ネアは一瞬の沈黙の後、仲間たちに向かって頷き、収容車に乗り込んだ。こうして、彼らは刑務所から脱出し、運命の歯車が大きく動き出したのだった。
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