上 下
275 / 314
書籍該当箇所こぼれ話

閑話 カイザーの冒険

しおりを挟む
 魔力を辿り、タクミのいるであろう街はすぐに見つけられた。
 しかし、我との行く手を阻むように、街をぐるっと壁で覆われておる。何か所か人が通れそうな場所はあったが、確か中に入るには身分証とやらの確認があったはずだ。となると、身分証を持たぬ我は入れない。入口以外となると――

「……この壁を壊して通っては駄目であろうな」

 いや、待てよ。

「ふむ……」

 このくらいの高さなら飛び越えられそうだな。幸いにもここら辺は人の気配はせぬ。
 やるしかないなとばかりの状況であったので、我は軽く助走をつけて上へ目がけて飛んだ。飛び越える……と言うには少々高さが足りなかったが、壁の上に手が掛けられるくらいまでは飛べたので、手の力も利用して、無事に街の内側へと着地した。

「ふむ、いけたな。身体の使い方にもだいぶ慣れてきたということか」

 まだまだこの身体を使いこなしているとは言えぬが、違和感は覚えないくらいにはなったかのぅ。

「さてと、タクミは……あっちのほうか」

 早速、タクミがいる方向へと歩くと、すぐにぽつりぽつりと人とすれ違うようになり、あっという間に視界いっぱいに人、人、人! さすがにこれほどの人を見るのは初めてである。
 人族が数が多いというのは知識としてはあったが、一ヶ所にこれほどの数が集まっておるのだな~。なかなか新鮮な光景である。

「ぬ?」

 見慣れる光景に目を取られていると、いつの間にかタクミの持つ我の魔力が移動していたことに気がついた。どうやらタクミは街の中を動いているようである。
 建物の中にいると、顔を合わせるためにどうやって突撃するが悩むところだが、出歩いているのなら好都合だと思い、我は急いでタクミのもとへと向かった。

「お、いたいた。タクミ、久しぶりだな」
「……?」

 ちょうど良いことにタクミも我がいるほうへ向かっていたらしく、すぐに相まみえることができたので、我は嬉しくなり声を掛けるが、タクミは我を見て不思議そうな顔をする。
 どうやら我のことがわからないようだ。まあ、当たり前だがな。

「アレンとエレナも元気そうだな」
「「うにゅ?」」

 子らにも声を掛けてみるが、こちらも不思議そうな顔だ。

「えっと……どちら様でしょうか?」
「我だ、我。カイザーだ」
「え、ええっ!? カ、カイザー!?」
「「カイザーなの?」」

 三人は非常に驚いたような顔をした。
 うむ、うむ。これが見たかったのだ!

「本当にカイザーだね! え、何で人の姿をしているんだ」
「ん? タクミは【人化】のスキルは知らんのか?」
「「「じんかー?」」」
「人になるという意味だな」
「ああ、人化ね!」
「「すごいね~」」
「凄いであろう~」

 タクミは【人化】スキルの存在を知らなかったらしく、素直に賞賛してくれた。

「…………なぁ、カイザー、そのスキルは最近取得したのか?」
「ん? 以前から持っておったぞ」
「そうか、そうなんだ。それならさ、カイザーに聞きたいことがあるんだけど……」
「ん? 何だ?」
「アレンとエレナの保護を頼まれた時、【人化】スキルは取得していた?」
「…………取得しておったな」

 しかし、タクミが我が少しも考えてなかったことに思い至ったようだ。
 そうさな、今回のように人化して街に来れば、長殿に頼まれた時に街を破壊せずとも子供達を保護することは可能だったな!

「すまなかった! あの時はすっかりこのスキルのことは忘れたおったのだ!」

 我は即座に謝罪することを選んだ。
 タクミの表情が少々不穏だったのでな!

「……怒っておるか? そのな、言い訳になってしまうが、我が初めて人化したのはタクミに会った後なのだよ」
「僕と会った後? じゃあ、それまでは一度もスキルを試したことはなかったのか?」
「うむ。人化することに興味がなかったのでな」
「そうなんだ。じゃあ、何で急にスキルのことを思い出したんだ?」
「タクミと知り合い、仮とはいえ契約を交わし、縁を繋いだことで、我は無性にタクミに会いたくなってな」
「え……そうなんだ」

 本当のことを素直に伝えればタクミはそれ以上追及はしてこなかった。
 それどころか、せっかく来たのだからと我をいろいろな場所へと案内してくれたり、美味しいものを食べさせてくれた。
 人族の生活は興味深いものがたっぷりとあり、我は楽しい時間を過ごした。


◇ ◇ ◇


 人化の限界が来る前にタクミ達とは別れ、我は人気のない海岸までやって来た。

「もう少しなら余裕はありそうだな」

 人目のあるところで人化が解けるような失態はせずに済んだようだ。
 しかし、タクミと共に行動しようとするのであれば、もう少し長い時間人化していられるようにしなくてはならんな。そこは要訓練ってとこだな。

「ここなら良いだろう!」

 我は腰を落ち着かせられる場所でレイ酒という飲みものを鞄から取り出した。
 この酒というものが美味しいかどうか子らに聞いてみると、渋い顔をして全力で首を横に振っておったが、タクミが言うには大人の飲みものらしい。
 迷宮で見つけた時、その場で飲んでみたかったが、タクミから全力で止められた。何故かわからなかったが、タクミが必死そうであったので、渋々諦めた。
 しかし、タクミはマジックバッグを貸してくれ、それにレイ酒をたんまりと持たせてくれたのだ。
 タクミはできれば人気のないところで飲んでみてくれて言っておったが……どうしてなのか。

「おぉ、これは美味いな~」

 早速、我はレイ酒を飲んでみたが、今まで飲んだことがない味わいだった!

「これはどんどん進むな」

 大樽で十個ほど持たせてくれたので、一度でひと樽としても十度は楽しめるな!
 マジックバッグは便利よの~。もちろん、存在は知っておったが、我にはものを持ち歩くという習慣がないため、使う必要性を感じなかった。そのため、今まで使う機会はなかったが……使ってみると便利としか言いようがない。
 タクミの話によれば、時間経過が遅くなるものもあるらしい。それであれば、料理などを入れておいても腐る心配がないと言う。しかも、鞄型ではなく同じ機能の装飾品もあるようなので、今度はそれを探してみるのも一興かもしれぬな。

「む? ……身体が――」

 樽の半分くらいの酒を飲んだところで、何故か人化が解けてしまった!
 人化の限界まではまだあったと思ったが……これはあれか? タクミが心配していたのは、スキルの制御ができなくなることを見越してだったか! タクミは慧眼であるな~。
 元の身体でも酒は飲めぬことはないが、あっという間になくなりそうだな。ここは我慢して、また人化した時に楽しむことにしよう。





しおりを挟む
感想 9,399

あなたにおすすめの小説

【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます

まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。 貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。 そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。 ☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。 ☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

婚約者の側室に嫌がらせされたので逃げてみました。

アトラス
恋愛
公爵令嬢のリリア・カーテノイドは婚約者である王太子殿下が側室を持ったことを知らされる。側室となったガーネット子爵令嬢は殿下の寵愛を盾にリリアに度重なる嫌がらせをしていた。 いやになったリリアは王城からの逃亡を決意する。 だがその途端に、王太子殿下の態度が豹変して・・・ 「いつわたしが婚約破棄すると言った?」 私に飽きたんじゃなかったんですか!? …………………………… たくさんの方々に読んで頂き、大変嬉しく思っています。お気に入り、しおりありがとうございます。とても励みになっています。今後ともどうぞよろしくお願いします!

悪役令嬢になるのも面倒なので、冒険にでかけます

綾月百花   
ファンタジー
リリーには幼い頃に決められた王子の婚約者がいたが、その婚約者の誕生日パーティーで婚約者はミーネと入場し挨拶して歩きファーストダンスまで踊る始末。国王と王妃に謝られ、贈り物も準備されていると宥められるが、その贈り物のドレスまでミーネが着ていた。リリーは怒ってワインボトルを持ち、美しいドレスをワイン色に染め上げるが、ミーネもリリーのドレスの裾を踏みつけ、ワインボトルからボトボトと頭から濡らされた。相手は子爵令嬢、リリーは伯爵令嬢、位の違いに国王も黙ってはいられない。婚約者はそれでも、リリーの肩を持たず、リリーは国王に婚約破棄をして欲しいと直訴する。それ受け入れられ、リリーは清々した。婚約破棄が完全に決まった後、リリーは深夜に家を飛び出し笛を吹く。会いたかったビエントに会えた。過ごすうちもっと好きになる。必死で練習した飛行魔法とささやかな攻撃魔法を身につけ、リリーは今度は自分からビエントに会いに行こうと家出をして旅を始めた。旅の途中の魔物の森で魔物に襲われ、リリーは自分の未熟さに気付き、国営の騎士団に入り、魔物狩りを始めた。最終目的はダンジョンの攻略。悪役令嬢と魔物退治、ダンジョン攻略等を混ぜてみました。メインはリリーが王妃になるまでのシンデレラストーリーです。

もふもふ相棒と異世界で新生活!! 神の愛し子? そんなことは知りません!!

ありぽん
ファンタジー
[第3回次世代ファンタジーカップエントリー] 特別賞受賞 書籍化決定!! 応援くださった皆様、ありがとうございます!! 望月奏(中学1年生)は、ある日車に撥ねられそうになっていた子犬を庇い、命を落としてしまう。 そして気づけば奏の前には白く輝く玉がふわふわと浮いていて。光り輝く玉は何と神様。 神様によれば、今回奏が死んだのは、神様のせいだったらしく。 そこで奏は神様のお詫びとして、新しい世界で生きることに。 これは自分では規格外ではないと思っている奏が、規格外の力でもふもふ相棒と、 たくさんのもふもふ達と楽しく幸せに暮らす物語。

〈完結〉この女を家に入れたことが父にとっての致命傷でした。

江戸川ばた散歩
ファンタジー
「私」アリサは父の後妻の言葉により、家を追い出されることとなる。 だがそれは待ち望んでいた日がやってきたでもあった。横領の罪で連座蟄居されられていた祖父の復活する日だった。 十年前、八歳の時からアリサは父と後妻により使用人として扱われてきた。 ところが自分の代わりに可愛がられてきたはずの異母妹ミュゼットまでもが、義母によって使用人に落とされてしまった。義母は自分の周囲に年頃の女が居ること自体が気に食わなかったのだ。 元々それぞれ自体は仲が悪い訳ではなかった二人は、お互い使用人の立場で二年間共に過ごすが、ミュゼットへの義母の仕打ちの酷さに、アリサは彼女を乳母のもとへ逃がす。 そして更に二年、とうとうその日が来た…… 

私を棄てて選んだその妹ですが、継母の私生児なので持参金ないんです。今更ぐだぐだ言われても、私、他人なので。

百谷シカ
恋愛
「やったわ! 私がお姉様に勝てるなんて奇跡よ!!」 妹のパンジーに悪気はない。この子は継母の連れ子。父親が誰かはわからない。 でも、父はそれでいいと思っていた。 母は早くに病死してしまったし、今ここに愛があれば、パンジーの出自は問わないと。 同等の教育、平等の愛。私たちは、血は繋がらずとも、まあ悪くない姉妹だった。 この日までは。 「すまないね、ラモーナ。僕はパンジーを愛してしまったんだ」 婚約者ジェフリーに棄てられた。 父はパンジーの結婚を許した。但し、心を凍らせて。 「どういう事だい!? なぜ持参金が出ないんだよ!!」 「その子はお父様の実子ではないと、あなたも承知の上でしょう?」 「なんて無礼なんだ! 君たち親子は破滅だ!!」 2ヶ月後、私は王立図書館でひとりの男性と出会った。 王様より科学の研究を任された侯爵令息シオドリック・ダッシュウッド博士。 「ラモーナ・スコールズ。私の妻になってほしい」 運命の恋だった。 ================================= (他エブリスタ様に投稿・エブリスタ様にて佳作受賞作品)

三歳で婚約破棄された貧乏伯爵家の三男坊そのショックで現世の記憶が蘇る

マメシバ
ファンタジー
貧乏伯爵家の三男坊のアラン令息 三歳で婚約破棄され そのショックで前世の記憶が蘇る 前世でも貧乏だったのなんの問題なし なによりも魔法の世界 ワクワクが止まらない三歳児の 波瀾万丈

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。