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過去編

それからの日々①

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「ちちうえ!さかながこっちへきます!」


風の優しい日を選んで、屋敷から散歩へ出てきた。
池を遠目に覗き込んでは、興奮している次男のネイサンが微笑ましい。


「もっと近づくといい。よく見えるぞ」


背を押そうとすると、焦ったようにしがみついてくる。
臆病ではないが、自分が納得したタイミングでしか動きたくないネイサンは、池をよく観察している。


ルイスはもう慣れたもので、池のふちまでスタスタと歩いて行った。
それを見てネイサンは僕の服から手を放して走り出した。


「あにうえ、さかなとるの?」
「ああ!今日こそ持って帰るぞ」


ネイサンの尊敬のまなざしを受けて、ルイスは誇らしげだ。
その手に持っている手作りの魚捕獲装備はいささか頼りないが。



「まぁルイス、朝から何を用意したのかと思ったら、魚を捕まえたかったのね」


子ども達がパッと振り向いて、一斉に駆け寄ってきた。


「「ははうえ!」」



執事に連れられて来たその人に、子ども達が抱きつく。
日の光を浴びて輝く美しさに、僕も目を細めた。



「セレスティア、今日は外に出ても大丈夫なのかい?」




◇◆◇◆




あの日、僕が危篤の妻を置いて、馬車で向かったのは、



「こんな夜更けにおひとりで、どうされましたか、ターナー伯爵?」



デイビッド・ペレス宅。



「…妻が、セレスティアが危篤状態になった」


声を張れなかった僕の声は正しく届いて、彼の目は大きく見開かれた。



「な、にをしてんだ‼アンタ!そんな時に!妻に!ついていてやるべきだろう‼‼」



路地中に響き渡る程の大声で諭した彼の言葉は正しいが、――間違っている。
自分への情けなさ、遣る瀬無さが渦巻いて、声に乗った。



「デイビッド・ペレス!もうわかっているだろう‼セレスティアが誰に傍にいて欲しいのか‼」


僕ではないんだ!…駄目なんだ。
必死にペレスを睨みつけているが、迫力など涙のせいでどこにも無い。
僕の言葉に、驚いてやがて俯いて、ペレスが言った。


「連れて、行ってください。…お嬢様のところに…」



屋敷について、彼を連れてセレスティアの部屋へと急ぐ。

子ども達がしがみついて必死に話しかけている光景を見て、僕も、彼も目に涙が浮かぶ。
――どうか。


「さぁ、お母様を見てもらうから、出ようか。おいで。」
そう諭して、下二人を抱き上げて、ルイスと侍女たちと連れて部屋を出た。望みを、託して。


ペレスの低い声の呼びかけと、かすかにセレスティアの驚いた声が聞こえた。


その声が歓喜に満ちていて、…この行動は、正しかったのだと目を伏せる。


見知らぬ人を屋敷に入れたがらない母は、家来に話して部屋で居てもらっている。
先ほど出した手紙が届いたら、この屋敷を出て王都のタウンハウスで暮らしてもらう手筈だ。



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