鳳凰の羽根

ginsui

文字の大きさ
上 下
14 / 21

14

しおりを挟む
 琵琶の替え弦は、大那に置いたままだった。
 羽白はしかたなく、切られた弦の代わりに弓の麻弦をもらい受けた。
 龍の革でしごいてもっと細くなめらかにし、張ってみる。絹とは違って好みの音は出なかったが、稽古には使えそうだ。
 久丹の眠りを乱したくないので、音を出さずに弾いていた。久丹と出会ったいま、鳳凰の曲は少し違ったものになりそうだった。
「それも呪力か」
 声が聞こえて、はっとした。
「器用だな。音を消して弾けるのか」
 久丹が目を開け、ほほえみかけていた。
 羽白は琵琶を置いた。
「どんな具合だ?」
「まあ、悪くはない。痛みもないし」
 久丹は、確かめるように両手を上に伸ばした。
「どのくらい眠ってた?」
「ちょうど四日だ。無理はするな」
「まだ〈龍の渡り〉は来ないよな」
「ああ」
「よかった」
 久丹は、息をはき出した。
「夢を見ていたんだ、羽白。〈龍の渡り〉の中を飛ぶ夢だ」
「そうか」
 久丹は、まだ飛びたかったのだろうと羽白は思った。せっかく手に入れた翼を、すぐに手放してしまったのだから。
「夢の中で考えた。おれたちが大那に帰る方法があるかもしれないと」
 羽白は眉を上げた。
 久丹は、身を起こし、胡座をかいた。
「龍は別の空間からやってくる。この世界の出入り口が開くということだ。龍について行って出口に行く。そこで念ずれば、大那に帰れるかもしれない。今のおれたちには、それだけの呪力はあると思う」
「だが」
 一瞬希望がよぎったが、羽白は首を振った。
「どうやってその出口まで行く。リンたちの話では、西の峰の上空にあるらしい」
「おれが飛ぶ。あんたをおぶって」
「羽がない」
 久丹は軽く笑った。
「羽がなくとも飛べるんだ。龍はあの身体で、翼もなく空を飛んでいる」
 羽白は、はっとうなずいた。
「鳥のことを考えると、人の身体が飛ぶには、とてつもなく大きな翼が必要なんだよ。あんな翼じゃ最初から無理だ。あれは、舵のようなものだな。一直線に飛ぶぶんには、なくてもかまわない」
 鳳凰の一門は、龍のように呪力で空を飛んでいたのだ。大那の地霊が衰えると、翼があっても飛ぶことは不可能になった。飛べない生活に順応するために、彼らはいち早く翼を捨てたのだろう。
 しかし、この世界にはふんだんに地霊がある。
「西の峰の上までは飛んで行ける。ただ」
 久丹は、真顔になって羽白を見つめた。
「あんたはそれでかまわないのか?」
「どういうことだ」
「ここにいれば‥‥、この地霊豊かな世界に残れば、呪力も使える。昔の〈龍〉のように、たぶん何百年も生きることができる」
 羽白は眉をひそめた。
 確かに、今の大那は〈龍〉が生きるには地霊が少なすぎるのだ。地霊の衰えとともに龍の一門は目の紫を失い、呪力を失い、普通の人間よりも寿命が短くなった。大那で、あと何年生きることができるのか、羽白にも見当がつかない。
「久丹も同じだ」
「いや、おれたちは翼を失ったことで普通の人間に近くなったんだと思う。村には年寄りも結構いたよ」
「そうか」
「おれは、景がいるし、残した仕事もある。だがあんたは、好きにしてかまわないんだ」
 羽白は黙り込んだ。
 そう、ここは魅力的な世界だ。たっぷりと時間が得られる。思うさま琵琶を弾き、好きなだけの曲を創ることができる。
 数百年もあれば、自分の琵琶の腕はどれほどのものになっているだろう。
 大那か、この世界か。
 迷うのは、あたりまえだな、と羽白は思った。
 だが、答えが出るのは思いのほか早かった。
 久丹のように待つ者はいないが、羽白とて友人や知人がいる。
 めったに会える人々ではないが、同じ空の下にいると思えば満足だ。
 羽白は、大那が恋しかった。
 大那で、大那の曲を弾きたかった。
 だいたい、どんな人間だって自分の命がいつ尽きるかわからないのだ。その時々に生きていることを実感できれば、充分だろう。
 羽白は、琵琶を引き寄せた。
「ここには、欲しい糸がない」
 久丹を見つめて、はっきりと言った。
「大那に帰りたいんだ。連れて行ってくれるか」
 久丹は一呼吸おき、うなずいた。
「もちろんさ」
 久丹は、笑みを浮かべた。
「あんたが軽そうでよかったよ」
 羽白は、微笑み返した。
 あとは、〈龍の渡り〉を待つだけだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

龍の少女

ginsui
ファンタジー
大那物語より。 いにしえの龍の一門である少女の、新たなる旅立ち。 エブリスタ「新星ファンタジーコンテスト/旅の道づれ」に入賞しました。

龍の都

ginsui
ファンタジー
「大那物語」より

風の狼

ginsui
ファンタジー
「大那物語」より 大那の再生の物語。

麒麟

ginsui
ファンタジー
大那物語より。 琵琶弾き羽白と神官との出会い。麒麟と少女の魂の行方。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

〖完結〗その子は私の子ではありません。どうぞ、平民の愛人とお幸せに。

藍川みいな
恋愛
愛する人と結婚した…はずだった…… 結婚式を終えて帰る途中、見知らぬ男達に襲われた。 ジュラン様を庇い、顔に傷痕が残ってしまった私を、彼は醜いと言い放った。それだけではなく、彼の子を身篭った愛人を連れて来て、彼女が産む子を私達の子として育てると言い出した。 愛していた彼の本性を知った私は、復讐する決意をする。決してあなたの思い通りになんてさせない。 *設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。 *全16話で完結になります。 *番外編、追加しました。

転生先は水神様の眷属様!?

お花見茶
ファンタジー
高校二年生の夏、私――弥生は子供をかばってトラックにはねられる。気がつくと、目の前には超絶イケメンが!!面食いの私にはたまりません!!その超絶イケメンは私がこれから行く世界の水の神様らしい。 ……眷属?貴方の?そんなのYESに決まってるでしょう!!え?この子達育てるの?私が?私にしか頼めない?もう、そんなに褒めたって何も出てきませんよぉ〜♪もちろんです、きちんと育ててみせましょう!!チョロいとか言うなや。 ……ところでこの子達誰ですか?え、子供!?私の!? °·✽·°·✽·°·✽·°·✽·°·✽·° ◈不定期投稿です ◈感想送ってくれると嬉しいです ◈誤字脱字あったら教えてください

処理中です...