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久丹は、困ったように顔をしかめた。
「子供のころ、おふくろが言っていた。昔むかし、鴉は鳳凰だったんだよって。この世で一番美しい翼を黒で隠しているんだよ。みんなに嫉まれないように──。ずっと、おとぎ話だと思っていた」
「美しいな、確かに 」
羽白は久丹の黄金色の翼を見つめた。
久丹は居心地悪げに羽をざわつかせた。
「鳳凰の一門は、自分たちが鳳凰だったのか」
羽白は確信した。
鳥としての鳳凰は、実在しなかったのだ。それだから、その姿は想像の域を超えられないままありつづけたのだろう。
「大那の鳳凰は、だな」
久丹は言った。
「別の世界にも鳳凰がいる。ここの連中が必要としている、ちゃんとした鳥の」
「だが、大呪者は決して間違ったわけではなかった。形は違うが、鳳凰を呼び出した」
「まあ、いろんな要素が絡まってだな。あんたの琵琶とか、キリの思いとか」
羽白は思わず笑ってしまった。心の重荷がおりたような気がした。自分の琵琶のために久丹をこの世界に引き込んだわけではなかったのだ。
羽白が声を出して笑ったので、久丹はきょとんとした。
「どうした?」
「いや、気が楽になった。ここに来たのは、ずっとわたしのせいだと思っていたから」
「悪かったよ。おれだって自分がこんなものだとは思っていなかった」
久丹は翼をばさばささせた。上衣を拾い上げ、着るのは諦めたとみえて、腰の上に結びつけた。
「広い大那でおれたちが出会った。驚いたな」
「まったくだ」
「まあ、あんたは鳳凰に導かれたやってきた。偶然ではないかもしれないが」
しかし、大那にいては互いに気づかなかったことだ。とうに滅びた過去の一門の子孫が、この異界で、かつてと同じ姿で顔を合わせているとは。
「飛べそうか?」
「たぶん」
久丹は、試すように翼をばたばたさせた。
「やってみていいか」
「ああ。わたしも見たい。久丹が飛ぶのを」
久丹は空を見上げた。羽白は、数歩退いて久丹を見守った。
久丹は、翼を広げた。一度、二度、大きく羽ばたくと久丹の身体はふわりと浮いた。
久丹は顔を輝かせ、翼がぶつからないように大きな木々の枝葉をかいくぐって上昇した。羽白に一度手を振って、空の高みへと飛び出した。
久丹は、悠然と翼を動かしていた。みるみる小さくなり、もう本当の鳥と見分けがつかなくなる大きさだ。
久丹は、しばらく旋回し、やがて方向転換して戻ってこようとしていた。
その時、斜面の上で勝ち誇った声がした。
「見つけたぞ」
羽白は、はっとして斜面を下ってくる男たちを見た。
リンが先頭に立っている。
リンは短刀を手にしていた。
羽白よりも先に置いていた琵琶を取り、すばやく五本の弦を断ち切った。
「こいつには気をつけろと長が言っていた」
琵琶を投げ捨てながらリンは言った。
「やっぱり呪具じゃないか」
「楽器だ」
「ふん」
リンは顔をしかめた。
「姉者の言うことを信じなくてよかった。どうもおかしかったからな」
羽白は、二人の男にがっちりと両脇をつかまれた。
「もう一人はどうした」
「はぐれてしまった」
「まあいい、おまえだけでも」
リンは、はっと息をのんだ。
「おまえの目」
「ああ」
「龍と同じ色だ」
「ここに来る龍の目も紫か」
「そうだ」
リンは、自分に言い聞かせるように言った。
「おまえたちが来たのは、やはり意味あることだったかもしれん」
「わたしを殺すのか?」
「しかたがないさ」
リンはささやいた。
「すまんな」
「子供のころ、おふくろが言っていた。昔むかし、鴉は鳳凰だったんだよって。この世で一番美しい翼を黒で隠しているんだよ。みんなに嫉まれないように──。ずっと、おとぎ話だと思っていた」
「美しいな、確かに 」
羽白は久丹の黄金色の翼を見つめた。
久丹は居心地悪げに羽をざわつかせた。
「鳳凰の一門は、自分たちが鳳凰だったのか」
羽白は確信した。
鳥としての鳳凰は、実在しなかったのだ。それだから、その姿は想像の域を超えられないままありつづけたのだろう。
「大那の鳳凰は、だな」
久丹は言った。
「別の世界にも鳳凰がいる。ここの連中が必要としている、ちゃんとした鳥の」
「だが、大呪者は決して間違ったわけではなかった。形は違うが、鳳凰を呼び出した」
「まあ、いろんな要素が絡まってだな。あんたの琵琶とか、キリの思いとか」
羽白は思わず笑ってしまった。心の重荷がおりたような気がした。自分の琵琶のために久丹をこの世界に引き込んだわけではなかったのだ。
羽白が声を出して笑ったので、久丹はきょとんとした。
「どうした?」
「いや、気が楽になった。ここに来たのは、ずっとわたしのせいだと思っていたから」
「悪かったよ。おれだって自分がこんなものだとは思っていなかった」
久丹は翼をばさばささせた。上衣を拾い上げ、着るのは諦めたとみえて、腰の上に結びつけた。
「広い大那でおれたちが出会った。驚いたな」
「まったくだ」
「まあ、あんたは鳳凰に導かれたやってきた。偶然ではないかもしれないが」
しかし、大那にいては互いに気づかなかったことだ。とうに滅びた過去の一門の子孫が、この異界で、かつてと同じ姿で顔を合わせているとは。
「飛べそうか?」
「たぶん」
久丹は、試すように翼をばたばたさせた。
「やってみていいか」
「ああ。わたしも見たい。久丹が飛ぶのを」
久丹は空を見上げた。羽白は、数歩退いて久丹を見守った。
久丹は、翼を広げた。一度、二度、大きく羽ばたくと久丹の身体はふわりと浮いた。
久丹は顔を輝かせ、翼がぶつからないように大きな木々の枝葉をかいくぐって上昇した。羽白に一度手を振って、空の高みへと飛び出した。
久丹は、悠然と翼を動かしていた。みるみる小さくなり、もう本当の鳥と見分けがつかなくなる大きさだ。
久丹は、しばらく旋回し、やがて方向転換して戻ってこようとしていた。
その時、斜面の上で勝ち誇った声がした。
「見つけたぞ」
羽白は、はっとして斜面を下ってくる男たちを見た。
リンが先頭に立っている。
リンは短刀を手にしていた。
羽白よりも先に置いていた琵琶を取り、すばやく五本の弦を断ち切った。
「こいつには気をつけろと長が言っていた」
琵琶を投げ捨てながらリンは言った。
「やっぱり呪具じゃないか」
「楽器だ」
「ふん」
リンは顔をしかめた。
「姉者の言うことを信じなくてよかった。どうもおかしかったからな」
羽白は、二人の男にがっちりと両脇をつかまれた。
「もう一人はどうした」
「はぐれてしまった」
「まあいい、おまえだけでも」
リンは、はっと息をのんだ。
「おまえの目」
「ああ」
「龍と同じ色だ」
「ここに来る龍の目も紫か」
「そうだ」
リンは、自分に言い聞かせるように言った。
「おまえたちが来たのは、やはり意味あることだったかもしれん」
「わたしを殺すのか?」
「しかたがないさ」
リンはささやいた。
「すまんな」
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