令嬢は故郷を愛さない

そうみ

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 子爵夫妻の馬車に同乗させてもらって王宮に着く。

 招待状を見せれば、確認した守衛が顔色を変えた。

「シャガル次期辺境伯夫人…」

「何か?」

 何故か汗をダラダラ流し始めた守衛を後にして、王宮に入った。後ろでは何故とか入領記録はとか、色々聞こえてくるが、多分わたしのことだろう。

 それにしても王軍の躾がなっていない。わたしが不信感を抱くことで、何かの計画に不備が生じる可能性について考えられないのだろうか。無力な貴婦人だと侮られているならそれはそれで良いのだけど。

 高位貴族用の控室に通されると、見たくもなかった夫が既にソファで寛いでいた。空のワインボトルが転がっているが、夜会前から酔っ払うほど酒に弱くはないことは知っている。

「誰かと思ったら、お前か。そのドレスはどうした」

 久しぶりに会った妻に言うことがそれか。ドレスがない事は、知っていたのか今思い出したのか。

「借りました」

「なんだ、そうか」

 少し残念そうなのは、このドレスも売り払うつもりか、贅沢をしたとわたしを虐げる口実がなくなったせいかもしれない。決して、王宮でドレスを借りる不名誉について考えていたなどということはないだろう。
 夜会で仕方なくドレスや礼服を借りるのは困窮した貴族だけだ。大抵はそんな恥を晒す前に借金をしてでもなんとか自分で工面するだろう。

 大体ドレスの色を見て気づかないのがおかしいのだ。

 母がわたしに誂えてくれたドレスは、深緑に同じ彩度の青いレースを縦に長くあしらったもの。レースの縁と襟、袖口には金糸で刺繍がされている。

 これはシャガル領旗の色だ。

 王宮に辺境軍の領旗の配色の貸しドレスなどあるわけがないだろうに。

「それにしても、そうして装っていればお前も結構見れるものだな」

 夫の声に色が混じるのを聞いて、嫌悪に肌が泡立った。

「普段からそうしていれば閨の一度や二度くらい、授けてやっても……」

「王宮ですので、お控えくださいませ」

 気持ち悪くて聞いていられずに、言葉を遮ってしまった。

 クライブは気分を害したように顔を赤くし、ソファからゆらりと立ち上がる。

「生意気な」

「次期辺境伯ご夫妻、ご入場でございます」

 打たれる直前に、使用人がドアの外からノックと入場の声をかけてきて、気がそがれた。

 頬を腫らした妻を伴っての、恥ずかしい入場をしなくて済んだと、使用人に感謝すべきところだろうに、ち、と舌打ちしてエスコートもなく扉を開けて先に出ていった。

 入場すると、周りのざわめきが一瞬止んだ。

 新たにさざめきはじめるのは、滅多に夜会に出ることのない辺境貴族を見てのこと。
 
 南のシャガル、北のトリシア、両辺境伯が揃うのは十年に一度の王宮の大式典か、王族の弔事か慶事だけだ。わたしはちょうど十年前、父に連れられてここでデビュタントをした。

 通常貴族令嬢のデビュタントは十代中頃で、八歳のわたしにはかなり早かったが、辺境貴族には例外が許されている。

 王宮には十年に一度しか向かうことがないし、南は特に戦中でいつ命を落とすかわからないから。
 
 ざわめきを聞き流しながら、王に拝謁する。

「王陛下にはお初にお目にかかります。辺境伯ロウ・シャガルより後任を賜っておりますクライブ・シャガルでございます」

 人語の挨拶は叩き込んできたらしい。クライブは好男子のような上品な笑みを浮かべて、口上を述べた。

 そういえば、初めて婚約者だと紹介された時のクライブは、こんな風に品の良い軍人を装っていたのだったと思い出した。

 王は鷹揚に頷いて、わたしを視線を向けた。

「お久しぶりにございます。王陛下にはご健勝をお祝い申し上げます」

「父君はお元気か」

「お陰様で、毎日軍務に励んでおります」

 クライブが隣で軽く頭を下げたまま、小さく身体を震わせているのが視界の端に見えるが、わたしは何もしない。

 直接王に言葉を賜ったのが嫡子であるわたしだったことには、何も不自然なことではない。

「夫人には、我が王子のファーストダンスの相手を願いたい」

 突然の王命に一瞬作り笑いが崩れかけたが、なんとか持ち直した。
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