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朝です

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 リラの魔法が解けたのだろう。目に見えない何かが、クリオスフィートの股間のあたりでぱちんと弾けた気配があった。

 クリオスフィートにかかった魔法が解けたのは、周囲へもなんとなく感じ取れたらしく、ハルフネン家の面々も何故か良かった良かったと手を叩き合っている。
 後継問題で王家がハルフネン家に歩み寄り、王子妃候補だったリヴィアディラに対して行ったことに関しても、謝罪を行っていた。特にクリオスフィートはハルフネン家と親戚付き合いをするようになって、養子の件をゴリゴリ押していたという。ハルフネン家も突然王家の関係者にさせられて困っていたので、この披露宴でなんとかリラに魔法を解いてもらおうと取りなすつもりでこっそり同行を許していた。
 リラの知らない間にどうやらマルカ国内は円満に収まっていたのだ。
 ついでに長らく緊張状態だったアイム国との関係も。

 それもまあいいか。
 
 リラはリラで今とても幸せなので。
 他人の幸せを否定はしない。意地悪な復讐もしたし、謝罪も受け入れたので、全部終わったことだ。
 クリオスフィートが他国の姫を受け入れて、幸せになれば良いと思う。嫁いできた姫に、子どもを授けられないと絶望を与える前でよかった。
 晴れの日、披露宴、大好きな人が隣にいて、祝福してくれる人々が周りにいる。こんな幸せな日が迎えられたのに、神々に感謝しなくて愛し子を名乗れるはずもない。
 
 披露宴はいつも通りだった。
 飲んで食べて歌って踊って。リラは新婦なのに何故かオムレツを焼いていたし、訓練場では飾り立てられた軍用馬たちが放されて、お互いの花冠を食べあったりと大騒ぎだ。

 手拍子と歌で踊るサスティアのダンスも、リラはずいぶん前に教わっていた。ケインはどうせ辺境伯なんてモテないんだからとシャーロットにダンスもきっちり仕込まれていて、王宮でのワルツのリードも上手かったが、こちらのダンスもとても上手かった。

 ダンスの中盤、目配せをした領兵たちが輪になって、手拍子にあわせて結婚式の歌を歌い始める。
 真ん中にはケインとリラ、ケインが手を差し出すがリラはその手を弾く。ケインがステップを踏んで、リラの手を強引に掬い上げる。ケインにあわせてリラがくるくると回る。喝采、歌声、誰かが真ん中に花を投げ入れると、ほかのものがそれに続く。二人で同じステップを踏んで、笑いあう。いつのまにかダンスに加わる人数が増えて、口笛や応援の声が混じる。
 ケインがリラの唇にくちづけすると、まわりで踊っていたカップルの男性が跪き、女性にプロポーズした。
 結婚式に託けて求婚するのもサスティアの慣習でもある。クリオスフィートもちゃっかり観衆に紛れて、隣の領兵と肩を組んで歌って野次を飛ばしながら笑って、リラの兄は婚約者のこめかみにくちづけをしていた。

 宴は夜明けまで続いていたが、ケインとリラは先に抜け出して強い風の吹く物見の塔に居た。和平が結ばれてからは物見の人数も減らされて、使っていない部屋もある。そのうちの一室だ。
 大きく切り取られた窓から冷たい風が入ってくるが、酒精と歌とダンスで温まった体にはちょうどいい。
 
「ケイン様」
 
 ケインの肩にもたれて、白い息を吐くリラは夜明け前の窓の外に目をやった。まだ夜の星が残っている。

「わたくし、まだケイン様の望みを叶えておりませんね」

 ケインは困った顔をしてリラの肩を抱き寄せた。昨夜少し拗ねたような真似をしたことを少し恥ずかしいと思っていたので、できれば忘れていて欲しかった。

「まあ、いい。いつか思い出してくれれば、その時で」
「教えてはいただけないのですか? わたくし何か忘れているのでしょうか」

 リラは気になって仕方がない。ケインに我慢させていると思うと耐え難い。もうリラの知らない間にリラの大事に思う人が傷つくのは嫌だ。

「わたくし、恥ずかしながら、これまで自分の意思で何かを決めたことがほとんどございません」

 思い返しても言われるまま、流されるままに生きてきた。
 自分の意思で決めたことといえば、王宮で暇を持て余すのに飽きてメイドに紛れ込んだ時。だがあの時もなんとなく人の流れに乗って、気がついたらメイドになっていた。それからも言われる仕事をして、そこにリラの意思は必要なかった。
 だから本当に自分の意思で否か応かと決めたことといえば、たったひとつしかない。
 ケインとの婚姻だ。

「だから、わたくしの意思で、ケイン様の望みを叶えたいと思うのです」

 必死に見上げる愛し子の瞳が、明け染めた朝日を映してきらきらと輝く。

「そんな大袈裟なことではない。だから」
「ケイン様、どうか」
「……ケインと、呼んでくれ」

 ぽつんと言ったケインの頬も耳も寒さ以上に赤い。

「ケイン…様?」
「様、抜きで。ケインと呼んでくれないか、奥さん」

「わたくしったら!」

 はじめからケインはそう言っていたのに。
 ケインに同じ言葉を繰り返されてやっと思い至った。

「ケインさ……ケイ、ン」
「何故どもる」
「……慣れなくて。でも慣れます。わたくしケイン様……ケインの、妻ですものね」

 はにかんで、笑う。その鼻先にくちづけを落とす。
 ケインは持ってきた外套でリラを頭から覆った。抱き上げながらもう一度キスをする。

「そろそろ冷えてきた。戻るか」
「はい」

 塔の階段に朝日が影をのばしはじめる。
 新しい朝が、またはじまる。
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