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断罪ですか
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王城主催の夜会は社交シーズンに何度かある。今夜は王妃の誕生記念の夜会だ。国王にエスコートされた王妃が登場する。主賓である王妃の演説はたとえ外国の王族であろうと遮ることはできない。ハルトヒュールも弁えて、話を続けることはしなかった。
王妃の話が終わり、音楽が奏でられ、国王と王妃、二人だけのファーストダンスが始まったので、リラはこの隙にそっとケインの袖を引いて、この場を離れようとした。
だがケインはびくとも動かない。
機嫌の悪そうな冷気を孕んだまま、他の貴族たちと同様に国王夫妻のダンスを見ている。
この空気を何とかするのかと、リラは少し絶望した。どうすればケインの機嫌が良くなるのかわからない。ハルトヒュールがケインを侮ったせいだろう。未だにこの王太子はケインの存在を認知していないかのように振る舞っているのだから。
「リヴィアディラ」
「王太子殿下」
呼ばれてリラは視線をハルトヒュールのすぐ隣にいる婚約者令嬢に向ける。
「陛下のダンスのあとは、王太子殿下の婚約お披露目ではないのですか?」
この王太子は婚約の披露のために隣国に出向いてきたという。ついでに国交を深めたいらしい。交誼のための献上品がフロアに飾られていて、結構な品数があるので本気度は伺える。リラのことがついでなのか、この訪問がついでなのかはリラにはわからない。
「私と踊るのはリヴィアディラだよ」
「殿下!」
ハルトヒュールがリラに手を差し出すと、婚約者令嬢が顔色を変えた。国王の後に踊る披露目のダンスは婚約者か配偶者、特別な関係の者に限られる。
「どうやら私の婚約者殿は、何年も私を偽ってきたらしい。本当に王太子妃となるのはリヴィアディラしかいない」
「何をおっしゃっているのですか?」
この王家は毎回打ち合わせなく断罪劇を始めるらしい。リラは手の内がわかって安心した。ケインの袖は掴んだままだったが。
ハルトヒュールは婚約者令嬢の罪について滔々と語り始める。もう一人の公爵家令嬢と共謀して、他の王子妃候補たちの妨害をしたこと、その罪をリラに着せたこと。婚約者の顔色は白くなり、ふらついた足元を支えたのは護衛の近衛だった。
「お話はわかりましたが、それがわたくしと何の関係がありましょうか」
リラの声は冷たい。だが冷えた声すらまともに聞いてこなかったハルトヒュールには、その冷たさはわからない。
「長年にわたりわたくしを妨害した公爵家ご令嬢と、ありもしない罪を着せてわたくしを追放した王太子殿下、とてもお似合いかと存じます」
「なっ……」
ハルトヒュールの差し出した手が握りしめられて震える。
「失礼」
ケインが低い声と大きな手で、ハルトヒュールの拳からリラへの動線を遮った。
「妻に触れないでいただこう」
「辺境伯爵風情が、王太子に楯突くか」
ハルトヒュールがケインに侮る視線を向けた。それまで冷え切っていたリラの血に、かっと火が灯った。全身を駆け巡る。
「王太子殿下、わたくしは長らく感情を忘れておりました。それは王宮でのわたくしへの扱いのせいではなく、感情のままに迸る魔力を抑えるためにございます」
リラは強い瞳をハルトヒュールに向けた。濃紺と緑の瞳が灯りを受けて、宝石のように煌めく。愛し子の魔法を知らないわけではあるまい。わざと魔法に触れさせてもらえず、訓練も施されなかったリラが、これから制御を覚えれば何が可能になるのか、わからないなら王太子たる資格はない。
「どうかわたくしに怒りを思い出させないでくださいませ」
国王夫妻のダンスが終わり、拍手が響く。国王は隣国の王太子の婚約と、サスティア辺境伯の婚姻を告げて寿いだ。
国王の宣言を受けて、ケインとリラの婚姻がこの瞬間をもって成立した。
「わたくしは只今この時から、サスティア辺境伯夫人でございます」
「では我が妻、ダンスを披露するか」
「リヴィア──」
リラはもうハルトヒュールには視線を送ることもなく、ケインに肩を抱かれてマルカ国の賓客に背を向けた。こんな時でさえ、ケインの手はリラの肩にそっと触れる。温かさだけが伝わるエスコートに、沸騰しかかっていたリラの気持ちがふわりと和んだ。
ダンスフロアの中央には、二曲目を踊る国王夫妻と、サスティア辺境伯夫妻、それから笑顔を貼り付けたようなマルカ国王太子に手を取られた、今にも頽れそうな風情の公爵家令嬢がダンス曲の開始を待っている。
「確認を忘れておりましたが、ケイン様はダンスはお得意でしたか?」
「辺境伯はモテないからな、ダンスもみっちり仕込まれる」
見つめ合って、微笑んだ。そういえば食事のマナーも見事なものだった。結婚相手に不自由する辺境伯は社交くらい難なく熟すことが求められる。土地のハードルが高い。その割に初心なのはリラには好ましい。
王妃の話が終わり、音楽が奏でられ、国王と王妃、二人だけのファーストダンスが始まったので、リラはこの隙にそっとケインの袖を引いて、この場を離れようとした。
だがケインはびくとも動かない。
機嫌の悪そうな冷気を孕んだまま、他の貴族たちと同様に国王夫妻のダンスを見ている。
この空気を何とかするのかと、リラは少し絶望した。どうすればケインの機嫌が良くなるのかわからない。ハルトヒュールがケインを侮ったせいだろう。未だにこの王太子はケインの存在を認知していないかのように振る舞っているのだから。
「リヴィアディラ」
「王太子殿下」
呼ばれてリラは視線をハルトヒュールのすぐ隣にいる婚約者令嬢に向ける。
「陛下のダンスのあとは、王太子殿下の婚約お披露目ではないのですか?」
この王太子は婚約の披露のために隣国に出向いてきたという。ついでに国交を深めたいらしい。交誼のための献上品がフロアに飾られていて、結構な品数があるので本気度は伺える。リラのことがついでなのか、この訪問がついでなのかはリラにはわからない。
「私と踊るのはリヴィアディラだよ」
「殿下!」
ハルトヒュールがリラに手を差し出すと、婚約者令嬢が顔色を変えた。国王の後に踊る披露目のダンスは婚約者か配偶者、特別な関係の者に限られる。
「どうやら私の婚約者殿は、何年も私を偽ってきたらしい。本当に王太子妃となるのはリヴィアディラしかいない」
「何をおっしゃっているのですか?」
この王家は毎回打ち合わせなく断罪劇を始めるらしい。リラは手の内がわかって安心した。ケインの袖は掴んだままだったが。
ハルトヒュールは婚約者令嬢の罪について滔々と語り始める。もう一人の公爵家令嬢と共謀して、他の王子妃候補たちの妨害をしたこと、その罪をリラに着せたこと。婚約者の顔色は白くなり、ふらついた足元を支えたのは護衛の近衛だった。
「お話はわかりましたが、それがわたくしと何の関係がありましょうか」
リラの声は冷たい。だが冷えた声すらまともに聞いてこなかったハルトヒュールには、その冷たさはわからない。
「長年にわたりわたくしを妨害した公爵家ご令嬢と、ありもしない罪を着せてわたくしを追放した王太子殿下、とてもお似合いかと存じます」
「なっ……」
ハルトヒュールの差し出した手が握りしめられて震える。
「失礼」
ケインが低い声と大きな手で、ハルトヒュールの拳からリラへの動線を遮った。
「妻に触れないでいただこう」
「辺境伯爵風情が、王太子に楯突くか」
ハルトヒュールがケインに侮る視線を向けた。それまで冷え切っていたリラの血に、かっと火が灯った。全身を駆け巡る。
「王太子殿下、わたくしは長らく感情を忘れておりました。それは王宮でのわたくしへの扱いのせいではなく、感情のままに迸る魔力を抑えるためにございます」
リラは強い瞳をハルトヒュールに向けた。濃紺と緑の瞳が灯りを受けて、宝石のように煌めく。愛し子の魔法を知らないわけではあるまい。わざと魔法に触れさせてもらえず、訓練も施されなかったリラが、これから制御を覚えれば何が可能になるのか、わからないなら王太子たる資格はない。
「どうかわたくしに怒りを思い出させないでくださいませ」
国王夫妻のダンスが終わり、拍手が響く。国王は隣国の王太子の婚約と、サスティア辺境伯の婚姻を告げて寿いだ。
国王の宣言を受けて、ケインとリラの婚姻がこの瞬間をもって成立した。
「わたくしは只今この時から、サスティア辺境伯夫人でございます」
「では我が妻、ダンスを披露するか」
「リヴィア──」
リラはもうハルトヒュールには視線を送ることもなく、ケインに肩を抱かれてマルカ国の賓客に背を向けた。こんな時でさえ、ケインの手はリラの肩にそっと触れる。温かさだけが伝わるエスコートに、沸騰しかかっていたリラの気持ちがふわりと和んだ。
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「確認を忘れておりましたが、ケイン様はダンスはお得意でしたか?」
「辺境伯はモテないからな、ダンスもみっちり仕込まれる」
見つめ合って、微笑んだ。そういえば食事のマナーも見事なものだった。結婚相手に不自由する辺境伯は社交くらい難なく熟すことが求められる。土地のハードルが高い。その割に初心なのはリラには好ましい。
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