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はじめてのおかいもの

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  マーガレットはリラを一目で気に入ったようだ。
 リラをおねえしゃま、と呼んで、朝食をリラの膝の上でごきげんで採った。幼児の扱いに戸惑ったが、隣に座っていた母シャーロットがサポートしてくれた。ケインにはあまり懐いていないという。あまり領館にいないので人見知りするうえに大きくて怖いらしい。それをケインは寂しそうに聞いていたが、リラとマーガレットが仲良くしているのをほほえましく(予測)見ていた。
 ケイン曰く、小さすぎて触れると潰してしまいそうに思えるらしい。
 そのケインとマーガレットを留守番にして、リラはシャーロットと街に買い物に出た。

「ごめんなさいね。愚息がドレスも贈らずに」

 どう見てもケインと姉弟に見えるが四十代だというシャーロットは、眉尻を下げてリラに言った。ケインのセンスが信用できないので、リラのドレスはシャーロットが選ぶことになっている。途中で馬車に若い女性が同乗してきた。
 ふっくらとした柔らかそうなセレンはハイネスの妻で、ケインとともに幼馴染だそうだ。一緒にリラのドレスを選んでくれるとのこと。ニコニコと愛想に良いセレンにつられるように自然に笑顔になれる。ケインの子どものころの話で馬車の中はおおいに盛り上がった。

 辺境の街はそれなりに大きく賑わっていて、リラたちはドレスにアクセサリーに雑貨と買い物をして、夜は食堂になるというカフェでお茶をした。
 その店でフルーツを漬け込んだリキュールをお土産に買いながら、シャーロットが王都のお土産にチョコレートを買ってきてほしいと言った。

「王都ですか?」
「あら、あの子から聞いてない? うちも田舎とはいえ貴族の端くれでしょう。婚姻とかの手続きは王都で手続きが必要なの」

 どうやらこのあとは王都に行くらしい。普段着以外のドレスを幾つか選ばれていたのはそのためかと今更納得した。何着も試着させられて、結局何を何着選んだのかリラは覚えていなかったのだ。

 領館へ戻ると、そっくりの男の子が二人、マーガレットをエスコートしてエントランスで出迎えてくれた。セレンの双子の息子はマーガレットととても仲が良いらしい。双子の完璧なエスコートぶりを見習いなさいと、ケインが説教を受けている。藪蛇だ。双子はそれぞれリラの手をとって、指にくちづけて挨拶をした。十歳だという双子はハイネスに似て整った顔立ちで、リラと同じくらいの身長にケインの半分ほどしか厚みがないにもかかわらず、完璧な紳士だった。

 セレンと双子たちも交えた賑やかな夕食のあと、中庭につながるテラスでやっと、リラとケインはふたりきりになった。夕闇が迫る空には星が瞬きはじめている。
 リキュールを垂らした紅茶を口に含んで、リラはほうと息をついた。

「疲れたか」
「はい」
 
 リラは正直に答えた。
 街に出かけたのもウインドウショッピングをしたのも、カフェでおしゃべりするのも、リラにははじめてのことだった。

「でもとても楽しかったです」

 マーガレットのふわふわのほっぺたや、シャーロットとセレンの他愛ないおしゃべりで、固くなっていた心がほどかれていくような気がした。浮足立つ気持ち。自然に笑顔を取り戻せた。

「……、リラの、その笑顔は、とても可愛らしいと、思う」

 リラは紅茶を飲み干してソーサーに置き、座りなおして真顔になって、ケインをまっすぐ見つめた。

「ケイン様、リキュールが強すぎましたか」
「何故そうなる」
「お酒に酔われたのかと」

 困惑に眉を寄せるリラからケインは目を逸らした。

「双子とマーガレットに諭された。物だけでなく言葉も贈れと。……あと」
「あと?」

 ケインの顔がみるみる赤く染まる。やっぱりケインはリキュールに弱いのではないかとリラは疑った。心配を顔に浮かべて見守るリラに、ケインは小さくささやくように言った。

「くちづけも」

 ケインの言葉にリラの頬も朱に染まった。

「双子に先を越されてしまった」
「あれは挨拶です」

 逸らされた視線が双子にくちづけを受けたリラの指先をじっと見ている。思わず手を握って指を隠した。

「俺も良いだろうか」

 もしかしてケインは嫉妬しているのだろうか。くすぐったい気分になったリラは、返事のかわりに目を閉じて、顎を少し上げた。かたんとかすかな音がして、ケインが椅子から立ち上がった気配と、少し遅れて肩に大きなてのひらで覆われる温もりを感じた。そのままじっと待つと、頬に柔らかいものが掠める感触。
 その吐息が離れる前にリラは目を開いた。間近でリラの顔を覗き込んでいたケインの手がびくりと跳ねる。

「ケイン様」

 リラは経験はないが耳年増だ。王宮とはいえ、メイドたちの休憩室での雑談はものすごく生々しいのだ。

「夫婦のくちづけはこちらです」

 びっくりして固まるケインの首にしがみついて、唇を奪ってやった。リラのほうこそリキュールに酔っていたのかもしれない。
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