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あなたに悪夢を

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 福内は四時五分にやってきた。
「お待たせして申し訳ありません。大変失礼しました」
 雑誌や新聞でよく知った顔が現れ、第一声を発する。私は立ち上がって、まずは初対面の挨拶を交わした。
 福内智也は、私より四つ上の三十八歳。現在は亀岡と東京を行き来しているが、出身は滋賀県。見た目は細身ながら柔道やらレスリングやらの格闘技な心得があるそうで、シャツの首周りから覗く筋肉がそれを示している。身長は私とほとんど変わらい。頭髪は額からかなり後退しているが、サイドと後ろは長く伸ばしているのが芸術家っぽい。色白で彫りが深いので、欧米人の指導者といった感じだ。人当たりのいいスマイルを浮かべながらも、目はさりげなく私を観察しているようでそれが気になる。波に乗って世界を雄飛する作家を前にして、こちらが勝手に気圧けおされているだけかもしれないが。

 まずは部屋を暗くしての写真撮影。それを済ませると、いよいよ対談の開始だ。ホラー作家は、テーブルの上で両手を重ねて背筋を伸ばした。相沢は「録音させていただきます」と断ってから、ボイスレコーダーをオン。私たちの真ん中に置く。進行役も、原稿をまとめるのも彼女がするらしい。
「舌慣らしに雑談から始めませんか?」
「はい、そうしてください。おしゃべりしているうちに『ホラーの悪夢 ミステリーの悪夢』というテーマに沿ったお話になったら、もちろんそれは構いません」
「私が見事にまとめてみせる、ということだね。頼もしい」
 彼は、ここで私の方を向く。
「悪夢の話を我々にさせたいようです。お付き合いいただいて、恐縮ですね。本格ミステリー作家の葛城さんには語りにくいでしょうけど、僕は悪夢だけが売り物ですので」
「悪夢だけが売り物だ、と言い切れるのが福内さんのすごいところです。それだけでも、普通の作家にはなかなか言えません」
「たかが悪夢ですよ。口の悪い友人に、『いいよな。夢の話を書いて金が稼げるんだから』と言われてしまいました」
「見た夢をそのまま書いているわけでもないのに、そんな憎まれ口を叩かれても困りますね」
「クライマックスで主人公が他人の悪夢の中に入り込んで戦うのが、『あまりにも荒唐無稽こうとうむけいだ』と腐すんです。『ありがちだ』とも言われたなぁ。斬新さに欠けるのは否定しませんけれど、それを言うならスティーヴン・キングだって……ねえ」
 ははは、と私たちは笑う。相沢が原稿をまとめる際にこの部分を採るなら、(笑)と付けられるに違いない。
「先生は、アメリカで『日本のスティーヴン・キング』と呼ばれているそうですよ」
 相沢がそう言うと、福内は大きく二度三度と首を振る。
「いかにも出版社が考えそうなキャッチフレーズだけど、月並みですね。僕なんて、あのキング・オブ・ホラーの足元にも及びません。月とスッポン以上の差がある。ホラー小説を書いている以上に共通しているのは、大きな事故に遭ったのに命拾いしたことぐらいでしょう。それだって本家のキングに比べたら軽いものだった」
 スティーヴン・キングは五十一歳の時。別荘の近くを散歩中に車に撥ねられ、九死に一生を得ている。つらかった手術やリハビリについて、本人が自著で記されているのを読んだ。一方の福内も二年前に自宅近くを散歩していたところを無謀運転の車に撥ねられ、全治三ヶ月の重症を負ったことがある。精神的なショックから立ち直るための時間も必要で、丸一年は作家活動の休止を余儀なくされたと聞く。その間、ファンは首を長くしてひたすら人気シリーズの再開を待ち望んでいた。
 『日本の〇〇』というのがお決まりの宣伝文句について思い出すのは、フランスで使われた『日本のシムノン』だ。こう呼ばれたのは、まるで作風の違う横溝正史と松本清張。正史が書くタイプのものを、名指しは避けつつもそれと分かる書き方で清張が「化物屋敷」と批判したのを知っているだけに、キャッチフレーズのいい加減さが目立つ。
「福内さんが事故に遭われた時は、ニュースを聞いて驚きました。もうすっかり回復なさったんですね」
 見たところ、なんの支障もなさそうなので私は言った。
「ええ。後遺症もなく、いたって元気に活動できています。肉体的につらかったのは当然ですが、ホラーというのは心身が健やかでないと書けない。小説を書きたいのに書けない状態が苦しかった。当時のことはあまり思い出したくありませんね」
 ならばと話題を変えようとしたら、彼が屈託ない口調で尋ねてくる。
「ところで葛城さん、ホラー小説はお好きですか?」
「はい、小説も映画も無邪気に楽しみます」
「お書きになったことは?」
「怪談めいたものや不思議な小説は頼まれて手掛けたことはありますけれど、ホラーはちょっと……」
「書きにくい?」
「読者を怖がらせるには大変な技術が要ります。それを待ち合わせていません。私が専門の本格ミステリーを書くのとは、違った頭の使い方をしなくてはならないし」
「いや、それがそうとは限りません。筆法には似た点があると僕は考えています」
 「……はあ」と頼りない声を出したら、相沢が割り込んできた。
「そのあたりを、まず福内先生に解説していただきましょうか。ホラーとミステリーに共通する筆法。これまでお話しになっていないことですね」
「うん、ミステリー作家の葛城さんのご意見を伺いたいから披露してみようか。大した話ではないんだけれど」
 福内の滑らかな弁舌と人当たりの良さに助けられて、対談は順調に滑り出したようだ。雑談していたつもりが自然と本題に入っている。ちらりと片岡を見たら、普段あまり見ない真剣な表情になっていた。
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