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#6 君のfancy
6-2 君のfancy
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「残念だな。マコが来るなら電話なんて出なかったのに」
席に戻ったネイサンは、至極落胆した表情で愚痴を溢した。
そこへ、彼のスマホケースからぶら下がったキーホルダーが直矢の目に入る。
「君、そんなポップな物を着けていたか?」
ダイカットされたアクリルには、デフォルメされた男性のイラストがプリントされている。ほぼ毎日のように顔を合わせる同僚の私物に、初めて気付かされた。
「ああ、週末に買ったんだ。それが夢のような体験でね」
ネイサンは食事を進めながら、男子高生のように嬉々として語り始めた。
「渋谷に買い物に行ったんだけど、たまたまライブハウスを通りかかってね。
何の公演か聞いたら、ボーイズグループって言うんだ。入らない理由は無いだろう?」
興奮気味に息巻くネイサンは、新宿二丁目を案内した時と同じ反応をしている。直矢はただ黙って頷いた。
「そしたら、驚いたよ。運命の歌姫に出会ったんだ――それが、この子さ」
宙にかざされたストラップには、凛々しい表情で花を持つ黒髪のキャラクターが描かれている。いかにも着物が似合いそうな和風美人だった。
「カイトって言ってね。私のジャパニーズ・ドリームを具現化したような、ヤマトナデシコさ。一目で恋に落ちたよ」
来日して以来、エキゾチックな東洋の子猫たちに目が無い彼。
アイドルに興味を持つのは時間の問題だと踏んでいたが、ごく自然な摂理で辿り着いてしまったようだ。
「あのな……!恋って、マコはどうするんだ?」
「そこは、ほら――正妻と側室って言うだろう?」
連日店に通い詰める英国紳士の思わせぶりな態度に、どう見てもマコは勘違いしていると言っていい。
咳払いを一つ落としたネイサンは、最早清々しく開き直っていた。
「噂には聞いていた握手会も、初めて経験したんだ。もう感動さ!
清らかな手に触れた時の喜び。ついさっきまでステージに立っていた歌姫と、直接会話できる高揚感――これがジャパニーズ地下アイドルなんだね」
すでに似たような体験を済ませた直矢は、気まずい思いをしながら耳を傾けていた。
手を握るどころか、流れるようにそれ以上の行為に及んでしまったのだ。同僚の前ではストレートだと公言していたものの、この体たらくである。
「……ネイト」
直矢自身が揺らいでいるとはいえ、同僚がショービジネスの餌食になろうとするのは看過できなかった。
「オーディエンスから搾取するのが、彼らのビジネス戦略だとしたら?」
「まぁ、そういう世界だからね。むしろ、公正な競争だと思わないか?」
名だたる世界的企業との取引を手掛け、一流の洞察力を持つ男は、こう判断を下したのだった。
「私たちのアドバンテージと言えば、すなわち金だろう?
他のファン達よりも多額の献金を積み上げ、競い合った末に愛を勝ち取る合理的なシステムだ。まさに、トロフィーワイフさ」
「……一度会っただけで、結婚も視野に入れているのか?」
「もちろん、本気だよ。それにね、持てる者は与えるべきだ。慈愛の精神さ」
ややクレイジーだが、ネイサンの言葉には理にかなっているような説得力があった。生まれながらにして裕福な、彼ならではの美徳ではあるが。
「彼らはファンを喜ばせるための創意工夫をしているよ。
パフォーマンスもDランド並みに先進的でね。公演中に、ウォーターガンを発射するんだ!最前列にいたおかげで、ズブ濡れになってしまって――……」
そこまで聞いて、直矢はスープを飲む手を止める。とてつもなく、嫌な予感に駆られたせいだ。
「なあ、君は何ていうアイドルのライブを見に行ったんだ?」
「ああ、何だったかな――カイトのSNSを見れば……ビンゴ、SPLASHだ!」
予感は見事に的中する。
直矢は喉を詰まらせ、ミネストローネを盛大に吹き出した。
「Wow! 君が吹いてどうするんだい?」
「いや……すまない。何でもないんだ」
ナプキンで口元を拭いながら、直矢は苦笑する。
まさか、同僚と同じ空間に居合わせたとは思いもよらなかった。よりによって、相手は最前列で、自分は最後列だったとは。渦中の人物まで同じではなかったのも、救いだった。
「ナオも推しか好きな子を作るべきだよ。ねえ、僕の可愛い人?」
メイン料理を運んできたマコは、恥ずかしそうに微笑むばかりだった。
全ての英語は伝わっていないだろうが、ハニーぐらいは聞き取れるだろう。
「Hmm……二人まとめて英国に連れて帰りたい気分だよ。何なら、一緒に共同扶養でもどう?」
「……面白いアイデアだけど、遠慮しておこう」
ネイサンは立ち去る給仕の尻を見つめながら、無理難題を言い放った。そして、妙案を思いついたように誘うのだった。
「今週末のライブ、一緒に行こうよ。どうせ家で仕事か接待ゴルフなんだろう?」
図星も相俟って、直矢は再び咳き込んだ。
羽を伸ばしにオフィスを出て来たというのに、逆に寿命が縮んだ心地だった。
「ゴホゴホッ!ああ……まぁ、考えておくよ」
席に戻ったネイサンは、至極落胆した表情で愚痴を溢した。
そこへ、彼のスマホケースからぶら下がったキーホルダーが直矢の目に入る。
「君、そんなポップな物を着けていたか?」
ダイカットされたアクリルには、デフォルメされた男性のイラストがプリントされている。ほぼ毎日のように顔を合わせる同僚の私物に、初めて気付かされた。
「ああ、週末に買ったんだ。それが夢のような体験でね」
ネイサンは食事を進めながら、男子高生のように嬉々として語り始めた。
「渋谷に買い物に行ったんだけど、たまたまライブハウスを通りかかってね。
何の公演か聞いたら、ボーイズグループって言うんだ。入らない理由は無いだろう?」
興奮気味に息巻くネイサンは、新宿二丁目を案内した時と同じ反応をしている。直矢はただ黙って頷いた。
「そしたら、驚いたよ。運命の歌姫に出会ったんだ――それが、この子さ」
宙にかざされたストラップには、凛々しい表情で花を持つ黒髪のキャラクターが描かれている。いかにも着物が似合いそうな和風美人だった。
「カイトって言ってね。私のジャパニーズ・ドリームを具現化したような、ヤマトナデシコさ。一目で恋に落ちたよ」
来日して以来、エキゾチックな東洋の子猫たちに目が無い彼。
アイドルに興味を持つのは時間の問題だと踏んでいたが、ごく自然な摂理で辿り着いてしまったようだ。
「あのな……!恋って、マコはどうするんだ?」
「そこは、ほら――正妻と側室って言うだろう?」
連日店に通い詰める英国紳士の思わせぶりな態度に、どう見てもマコは勘違いしていると言っていい。
咳払いを一つ落としたネイサンは、最早清々しく開き直っていた。
「噂には聞いていた握手会も、初めて経験したんだ。もう感動さ!
清らかな手に触れた時の喜び。ついさっきまでステージに立っていた歌姫と、直接会話できる高揚感――これがジャパニーズ地下アイドルなんだね」
すでに似たような体験を済ませた直矢は、気まずい思いをしながら耳を傾けていた。
手を握るどころか、流れるようにそれ以上の行為に及んでしまったのだ。同僚の前ではストレートだと公言していたものの、この体たらくである。
「……ネイト」
直矢自身が揺らいでいるとはいえ、同僚がショービジネスの餌食になろうとするのは看過できなかった。
「オーディエンスから搾取するのが、彼らのビジネス戦略だとしたら?」
「まぁ、そういう世界だからね。むしろ、公正な競争だと思わないか?」
名だたる世界的企業との取引を手掛け、一流の洞察力を持つ男は、こう判断を下したのだった。
「私たちのアドバンテージと言えば、すなわち金だろう?
他のファン達よりも多額の献金を積み上げ、競い合った末に愛を勝ち取る合理的なシステムだ。まさに、トロフィーワイフさ」
「……一度会っただけで、結婚も視野に入れているのか?」
「もちろん、本気だよ。それにね、持てる者は与えるべきだ。慈愛の精神さ」
ややクレイジーだが、ネイサンの言葉には理にかなっているような説得力があった。生まれながらにして裕福な、彼ならではの美徳ではあるが。
「彼らはファンを喜ばせるための創意工夫をしているよ。
パフォーマンスもDランド並みに先進的でね。公演中に、ウォーターガンを発射するんだ!最前列にいたおかげで、ズブ濡れになってしまって――……」
そこまで聞いて、直矢はスープを飲む手を止める。とてつもなく、嫌な予感に駆られたせいだ。
「なあ、君は何ていうアイドルのライブを見に行ったんだ?」
「ああ、何だったかな――カイトのSNSを見れば……ビンゴ、SPLASHだ!」
予感は見事に的中する。
直矢は喉を詰まらせ、ミネストローネを盛大に吹き出した。
「Wow! 君が吹いてどうするんだい?」
「いや……すまない。何でもないんだ」
ナプキンで口元を拭いながら、直矢は苦笑する。
まさか、同僚と同じ空間に居合わせたとは思いもよらなかった。よりによって、相手は最前列で、自分は最後列だったとは。渦中の人物まで同じではなかったのも、救いだった。
「ナオも推しか好きな子を作るべきだよ。ねえ、僕の可愛い人?」
メイン料理を運んできたマコは、恥ずかしそうに微笑むばかりだった。
全ての英語は伝わっていないだろうが、ハニーぐらいは聞き取れるだろう。
「Hmm……二人まとめて英国に連れて帰りたい気分だよ。何なら、一緒に共同扶養でもどう?」
「……面白いアイデアだけど、遠慮しておこう」
ネイサンは立ち去る給仕の尻を見つめながら、無理難題を言い放った。そして、妙案を思いついたように誘うのだった。
「今週末のライブ、一緒に行こうよ。どうせ家で仕事か接待ゴルフなんだろう?」
図星も相俟って、直矢は再び咳き込んだ。
羽を伸ばしにオフィスを出て来たというのに、逆に寿命が縮んだ心地だった。
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