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#4 何色にもなれなくて
4-3 何色にもなれなくて
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重量のある撮影機材はトランクに積み終わったようだった。
待機していたタクシーでは、すでにアシスタントが後部座席に乗り込んでいる。紫音は助手席へ誘導された。
「急なスケジュールでごめんね!昨日まで海外に出張でさ。間に合うかわからなかったんだ」
「そうだったんですね。撮影で海外なんて……かっこいいです」
「大変だったよー。英語全然できないから身振り手振りで」
刺激的な話を聞かされる瞬間は、いつも心が躍る。
夢を追い求め、結果を残している人間は、性別年齢問わず輝いて見えた。
「それより、今回もありがとうね。こんな辺鄙な場所に飛ばされて、ヘアメイクも自前で、延々と倉庫に監禁されるんだもん。やりたがらないモデルちゃん多いの」
「ちょっ、先輩!万が一先方の耳に入ったら、仕事回されなくなっちゃいますよ」
間髪入れず応戦するアシスタントが微笑ましく、紫音はつられて笑った。
「いえ、勉強になります。こんなにお洋服着られる機会ってなかなかないので」
商品の点数は百着以上にものぼり、労働環境はお世辞にも良いとは言えない。決してランクの高くない現場だと、紫音は初回の時に理解していた。
「それに、僕達ライブでも手作りの部分が多いんです。曲も振付も……ヘアメイクも」
立地重視のライブでは、その他の予算が自然と疎かになる。
ましてや寮まで用意してもらっているのなら、なおさら事務所には金銭的に頼れない。作詞作曲は奏多が、ダンスは大地が手掛け、衣装は櫂人個人の後援会全面バックアップによるものだ。ビジュアルプロデュースは佑真が受け持ち、今朝は撮影用のナチュラルメイクも任されてくれた。紫音が唯一協力できるのは、ビラ配りぐらいだった。
「ええっ、スゴイじゃん!全部自分達でやってるの?SPLITEだったっけ」
「もぉ、SPLASHですよ。先輩は物覚え悪いんですから」
世界的に有名なグループでない限り、一般での知名度はまだまだこういうものだ。
紫音は苦笑しながらも、自らの立ち位置を痛感せざるを得ない。
「あはは、ごめんねぇ!あとで、詳しく話聞かせてよ」
ゆっくりと発進した車は、変電所や競技場を通り過ぎていく。
やがて、休日で稼働していない工場区域へ差し掛かった。これだけ離れた土地だと、どこかへ売り飛ばされる気分になってしまう。
撮影は物流センターの地下倉庫で、白のロール紙を背景に次々と進められていく。
用意された膨大な衣装は春物がメインで、パステルカラーに似つかわしい爛漫な笑顔を浮かべなければならない。一点あたり5~8カットと様々なアングルで撮るので、そろそろ気が遠くなりそうだった。色違いとなると、なおさら。まさに、着せ替え人形である、
「顔を3ミリ右に……そう、目線を外してみて」
「左肩を少し下げて、鎖骨のラインと同じぐらいに」
「口元をもっと柔らかく……良い感じ」
だが、前回と変わらずカメラマンの腕は確かで、指示も的確だった。
ポージングを変えるたびに、アシスタントも素早く手直しに入ってくれる。さすが、海外雑誌のロケにも呼ばれるだけはある。おかげで、ラックに掛けられていた衣装も順調に減っていた。
「うん、うん。やっぱり紫音君は可愛い!」
「そ……そうですか」
「小顔だし手足長いし、服が映えますよねー」
昼夜問わず、出歩けば高確率で職質に遭う童顔。
いじめっ子達にいびられて以来、恐怖に近いコンプレックスを感じており、紫音は『可愛い』と褒められるたびに複雑な気分に陥った。
少しでも大人らしく見えるよう、髪色を担当カラーに染めてみたり、前髪の分け目を変えてみたりしたが、土台からしてもう無意味な努力だった。
萎れた空気を察してくれたのか。二人は昼休憩を兼ねて食堂へ誘ってくれた。
長時間密室のスタジオに籠もっていたせいで、下界の自然光は眩しく、全員が目をしばしばさせながら日替わり定食と向き合う。車内での約束通り、話題はアイドル活動に移り変わった。
待機していたタクシーでは、すでにアシスタントが後部座席に乗り込んでいる。紫音は助手席へ誘導された。
「急なスケジュールでごめんね!昨日まで海外に出張でさ。間に合うかわからなかったんだ」
「そうだったんですね。撮影で海外なんて……かっこいいです」
「大変だったよー。英語全然できないから身振り手振りで」
刺激的な話を聞かされる瞬間は、いつも心が躍る。
夢を追い求め、結果を残している人間は、性別年齢問わず輝いて見えた。
「それより、今回もありがとうね。こんな辺鄙な場所に飛ばされて、ヘアメイクも自前で、延々と倉庫に監禁されるんだもん。やりたがらないモデルちゃん多いの」
「ちょっ、先輩!万が一先方の耳に入ったら、仕事回されなくなっちゃいますよ」
間髪入れず応戦するアシスタントが微笑ましく、紫音はつられて笑った。
「いえ、勉強になります。こんなにお洋服着られる機会ってなかなかないので」
商品の点数は百着以上にものぼり、労働環境はお世辞にも良いとは言えない。決してランクの高くない現場だと、紫音は初回の時に理解していた。
「それに、僕達ライブでも手作りの部分が多いんです。曲も振付も……ヘアメイクも」
立地重視のライブでは、その他の予算が自然と疎かになる。
ましてや寮まで用意してもらっているのなら、なおさら事務所には金銭的に頼れない。作詞作曲は奏多が、ダンスは大地が手掛け、衣装は櫂人個人の後援会全面バックアップによるものだ。ビジュアルプロデュースは佑真が受け持ち、今朝は撮影用のナチュラルメイクも任されてくれた。紫音が唯一協力できるのは、ビラ配りぐらいだった。
「ええっ、スゴイじゃん!全部自分達でやってるの?SPLITEだったっけ」
「もぉ、SPLASHですよ。先輩は物覚え悪いんですから」
世界的に有名なグループでない限り、一般での知名度はまだまだこういうものだ。
紫音は苦笑しながらも、自らの立ち位置を痛感せざるを得ない。
「あはは、ごめんねぇ!あとで、詳しく話聞かせてよ」
ゆっくりと発進した車は、変電所や競技場を通り過ぎていく。
やがて、休日で稼働していない工場区域へ差し掛かった。これだけ離れた土地だと、どこかへ売り飛ばされる気分になってしまう。
撮影は物流センターの地下倉庫で、白のロール紙を背景に次々と進められていく。
用意された膨大な衣装は春物がメインで、パステルカラーに似つかわしい爛漫な笑顔を浮かべなければならない。一点あたり5~8カットと様々なアングルで撮るので、そろそろ気が遠くなりそうだった。色違いとなると、なおさら。まさに、着せ替え人形である、
「顔を3ミリ右に……そう、目線を外してみて」
「左肩を少し下げて、鎖骨のラインと同じぐらいに」
「口元をもっと柔らかく……良い感じ」
だが、前回と変わらずカメラマンの腕は確かで、指示も的確だった。
ポージングを変えるたびに、アシスタントも素早く手直しに入ってくれる。さすが、海外雑誌のロケにも呼ばれるだけはある。おかげで、ラックに掛けられていた衣装も順調に減っていた。
「うん、うん。やっぱり紫音君は可愛い!」
「そ……そうですか」
「小顔だし手足長いし、服が映えますよねー」
昼夜問わず、出歩けば高確率で職質に遭う童顔。
いじめっ子達にいびられて以来、恐怖に近いコンプレックスを感じており、紫音は『可愛い』と褒められるたびに複雑な気分に陥った。
少しでも大人らしく見えるよう、髪色を担当カラーに染めてみたり、前髪の分け目を変えてみたりしたが、土台からしてもう無意味な努力だった。
萎れた空気を察してくれたのか。二人は昼休憩を兼ねて食堂へ誘ってくれた。
長時間密室のスタジオに籠もっていたせいで、下界の自然光は眩しく、全員が目をしばしばさせながら日替わり定食と向き合う。車内での約束通り、話題はアイドル活動に移り変わった。
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