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挿話 悲劇のガンスミス

第63話

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 癇に障る甲高い哄笑に神経が逆撫でされるが、恋人の顔が脳裏によぎったことで眼前の銃に伸ばされる手が止まった。
 
「判ったならチェックをお願い。無事に挙式したかったら、ね」

 悔しさを呑み込みと、勝ち誇ったように佐々木は出て行った。

 一人残された香澄は、銃の分解を始める。使用した形跡が見られなかったので、問題点は何も見つからなかった。暗い顔をしている最中に、作業場のドアをノックされた。ノックの癖で、婚約者が無事に帰ってきたのだと判った。しかしつい二時間前に彼の実母に脅された事実が、彼女の心を暗闇に染め抜いていた。せめて彼が傍に居てくれたら――そんな詮なきことを思っても、依頼を引き受けたのは自分だ。悔しさと惨めさを糊塗するように、香澄は建人に対して拗ねた口調で出迎えた。

(助けて建人。どうしていいのか判らない。あなたのお母さんと長澤さんに脅されているの!)

 声なきSOSは、婚約者には届かない。傍に居て、何処にも行かないで。そう願っても、口にすることは叶わない。塚原に報告するからと出て行った婚約者の口づけに、何故か涙が零れそうになった。

 そして、あの日。

 二十三時にしか銃を引き取りにいけないという長澤は、何故か塚原を伴って来ていた。昼間、佐々木に連絡を入れたところ夜に取りに行くからと返信があった。だから彼女の到着を待っていたのに、塚原が共に現れたことに疑問を覚えた。

「いつもながら、高田さんのメンテナンスは素晴らしいね。これからも頼むよ」

 長澤はいつも、紳士的に香澄の腕前を褒める。反射的に笑顔を返す香澄は、本当にこの人が佐々木真理子の愛人で自分を脅迫するのかと疑問を抱く。メンテナンスを依頼するたびに、親友だった間島の思い出話をする長澤。香澄も仕事上の付き合いしかなかったが、間島も長澤も紳士で好ましい人柄だと思っている。だからこそ、自分を脅す卑怯者だとは未だに思えない。

「では、これで。もうすぐ挙式だね、楽しみにしているよ」

 笑顔で去って行く長澤に、裏の顔があるなど信じたくない。長澤が立ち去っても、何故か塚原はそこにいる。そういえばこの人は何の用があってここに来たのだろう。香澄が目を向けると。

「コルト・ローマンを引き取りに来た」
「……え?」
「聞こえなかったのか? 俺の銃を引き取りに来たと言ったんだ」

 香澄は混乱した。昼間に佐々木に連絡した際に、夜に引き取りに行くと言われたが、彼女が来ていないので引き出しに入れたままだった。ここで香澄の脳が最大限に回転し、自分をはじめ建人や有紗は、大きな誤解をしていたのではないかとの思いに至る。

「ま、まさか佐々木さんの――建人や有紗ちゃんは、まさか」

 混乱して意味不明な言葉の羅列しか出てこない。塚原は今、俺の銃を引き取りに来たと言った。香澄は塚原の専属ガンスミスだが、今までリボルバー銃のメンテナンスを請け負ったことはない。佐々木が依頼したコルト・ローマンを、俺の銃と言い放つ塚原。ならば本当の愛人とは。

「早く出せ」

 混乱する思考のまま、香澄は引き出しを開けて銃を渡す。無言で受け取った塚原は、ポケットから銃弾を一度に装填できるスピードローダーを取り出す。無言で装填した塚原は、茫然自失状態の香澄に向けて、銃口を向けた。

「え?」
「真理子の愛人が長澤じゃなく、俺と知ったからには死んで貰う」

 思わず後退りしたが、椅子に阻まれて思うように逃げられない。素早く装着されたサイレンサーが、三発の銃声を外部に漏らさない。

 両肺腑と肝臓を撃たれた香澄は、つい先ほどまで室内にいた長澤を誤解していたことを詫びようと口を開いたが、もう言葉は不明瞭だった。肺を撃たれたことによって、呼吸しようにも喉からは血液が溢れる。肺が己の血液で満たされていく。地上にいるのに溺死であり、窒息死だ。

 静かに立ち去っていく塚原の背を見送りながら、監視カメラをどう誤魔化すのかと場違いな思考が脳裏をよぎった香澄。

(建人、有紗ちゃん……!)

 もう声にならない声をあげて、香澄の意識は二度と光を見ることなく闇の底へと落ちていった。
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