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挿話 悲劇のガンスミス

第60話

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 三年前。

 ガンスミス・セクションの中でも、特に誠実な人柄と丁寧な仕事をすると評判の高い東条とうじょう充孝みつたかは、作業台に置かれたコルト・ローマンを前に震えていた。

「東条くん、君はこの銃をメンテナンスするしか他に生き残る道はないんだよ。大平チーフへの報告書を誤魔化した事実を公にされたくなかったらね。君は一度、俺のこの銃を預かった。いいかね? 内保局ではリボルバー銃をメンテナンスしたことがないから、分解と組み立てをさせてくれと頼み込んできたのは、君なんだよ?」

 弱った得物をいたぶる肉食獣のように、塚原は室内の灯りを受けて鈍く光るコルト・ローマンを指さす。

「そのときコルト・ローマンをグロック19と偽って報告書を提出した。その事実は消えないんだよ、東条くん。どんな気持ちかね東条くん。直属上司を欺いている今の心境は。いつバレるか判らない今の気持ちを聞いていいかね? ん?」

 浮かぶ冷や汗。震える身体。

 塚原の声音はあくまでも穏やかで、問い詰めるような雰囲気は全くない。なのに真綿で首を絞めるが如く、じっくりじわじわと東条を追い詰めていく。

「ぼ、ぼくはただ興味本位だった。リボルバー銃なんて最近じゃ見かける機会は少ないし、新人の頃に研修で扱って以来だ。しかもコルト・ローマンなんて、昔よくTVドラマの中で見た銃を目の当たりにしたから、触りたかったんだ!」

 言い訳をする東条を非情な目で見つめ、今度はコルト・ローマンの傍に複数枚の写真をばら撒く。その写真には中年女性と中学の制服を着た女子が目隠しをされ、両手足を厳重に拘束された状態で寝転がされている状態が写されていた。

「この写真が意味するところは判るな? 東条くんの奥さんと娘さんは、俺の声かけひとつで命をどうとでもできる。二人の命が惜しくば、このコルト・ローマンの照準の歪みを直して欲しい。簡単だろう?」

 東条の顔は引きつっている。内保局に登録されていない、私的に所持している拳銃の所持及びメンテナンスは厳禁だった。それを知らない依頼人ではないはずだ。依頼人である塚原は、普段の口調とは違う乱暴な言葉遣いで東条を脅す。引き受けるしかない選択肢。拒めば確実に妻と愛娘の命はない。

 帰宅は遅いが家庭人である東条。留守中は母娘おやこだけでしっかり家庭を守ってくれている。そんな彼女たちの人生を終了させるわけにはいかない。強く唇を噛みしめ血走った目で睨みつけるも、塚原は冷笑を浮かべつつ無言でコルト・ローマンを指さす。

「……判った。メンテナンスを引き受けたら、二人の命の保証をすると誓え。そうでなければ、こっちだって多少は腕に覚えがある。相打ちに持ち込む覚悟だ」
「そんなに牙を剥かなくても、保証するさ」

 東条の最大の失点は、そのとき書面にしておかなかったこと。ボイスレコーダーでも動画でも、肉声を録音して確かな証拠を残さなかったこと。単なる口約束を信じてしまった東条の迂闊さを責めるには、あまりにも彼が可哀想だ。二人の命を盾に取られ、まともな判断が出来るはずがない。

 かくして東条はコルト・ローマンの照準を調整し、塚原に渡すという犯罪の片棒を担いだ。
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