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第四章 絶望を抱いて逝け
第51話
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二人居る監察医の一人である吉永は、狸のような腹を揺らして、面倒くさそうに佐々木の遺体の傍で屈んだ。周囲では鑑識班がノートパソコンやドア付近の硝煙反応の有無を調べている。連絡から二分後に鑑識班がやって来たので、直接の死因となった銃を処分する時間はないと一応判断されたが、それでも室内をくまなく鑑識が探す。
「今日は忙しいな、まったく」
建人はランボーナイフとシースナイフの二本しか所持せずに、佐々木の許を訪れた。射撃の腕も悪くはないとはいえ、彼は近接戦闘――しかもナイフ闘術を最も得手としていた。
有紗はターゲットが射撃場にいたから不自然さはないが、建人の場合は個人の私室が並ぶプライベートゾーンだ。消音器で音を最小に抑えたとしても、銃声が響くのは得策ではない。そう判断して、得意な獲物であるナイフで始末を付けようとしたのだ。
「ふむ、またホローポイント弾だな」
吉永の台詞に、建人の背筋が凍った。まただ。またホローポイント弾なのかと、建人はつい三日前に殺された妻の顔を脳裏によみがえらせた。無意識に唾を飲み込み、震えそうになる足を何とか踏ん張る。
「解剖してみないと断定できんがお前さんの奥さんと、ついさっき長澤さんに撃ち込まれたのと同じ弾だと思う」
あー腰がいてぇ、と呟いて吉永は立ちあがる。背中の傷は肺に届いているが、それが致命傷になっていないというのが、吉永の見立てだ。
「長澤さんに撃ち込まれたって、どういうことですか?」
「うん? あぁ、三井さんが俺より少し前に呼び出されてな。長澤さんの喉と眉間、そして両肺腑と肝臓の計五ヶ所に撃ち込まれた弾がホローポイント弾だった。お前さんの妹さんが現場に居たが彼女も撃たれていた。妹さんが三ヶ所を撃ったのは自分だが、眉間と喉は第三者だと主張している。解剖して施条痕を特定せにゃならんが、妹さんは今のところ非常にまずい立場だぞ」
(三ヶ所。有紗なら香澄と同じ箇所に撃ち込んで殺すだろうな)
長澤も誰かの手によって殺されたのかと思うと、俺たちは嵌められたのかと疑問が湧いた。自分は得物が違うから早々にシロと断定されたが、有紗は厄介なことになりそうだ。ライフリングの違いが早く証明されればいいのにと、思わず唇を噛みしめた。
有紗からの連絡を受けた遠矢は、普段の冷静な彼らしくなく取り乱した。思わず受話器を落としそうになるところを何とか堪え、長澤が死んだのは本当かと問い返す。
「本当です。私が胸と肝臓の三発を撃った後、何者かが喉と眉間を撃ち抜きました。ドアの隙間から、左利きのリボルバー銃が見えたんです」
鑑識班と医療班が到着したせいなのか、有紗の背後はやけに騒々しい。ときおり「動かないで」と誰かの声がする辺り、彼女も負傷しているらしいことが窺えた。
「有紗さん、怪我をしているんですか?」
「長澤教官と撃ち合った際に、左肩に一発貰いました」
「左肩?」
遠矢の傍に居た浅倉が、疑問符を顔に浮かべている。その表情の意味が気になったが、遠矢は有紗から詳しい事情を聞こうと躍起になる。
「それで狙撃手の顔を見ましたか? リボルバー銃で、弾はフルメタルジャケット弾ですか、それとも」
「ホローポイント弾です遠矢チーフ。特徴的な銃創痕ですから、間違いありません」
遠矢は唇を噛みしめ「遅かった」と小さく舌打ちを漏らした。それを聞き逃す有紗ではない。すぐさま、どういう意味ですかと問いかけがあった。
「ずっと内緒にしていて申し訳ありませんでした。実は長澤さんは、わたしの放ったS――つまりスパイなんです。ある人物を内偵するために。三年前から彼は、私個人のSになっていました」
「長澤教官は、誰を探っていたんですか? 遠矢チーフ、教えてください。教官が探っていた人物が、もしかしたら今回の真の裏切り者ではないですか?」
そして自分たちを嵌めた人物だろうと、切迫した声をあげる。
「今日は忙しいな、まったく」
建人はランボーナイフとシースナイフの二本しか所持せずに、佐々木の許を訪れた。射撃の腕も悪くはないとはいえ、彼は近接戦闘――しかもナイフ闘術を最も得手としていた。
有紗はターゲットが射撃場にいたから不自然さはないが、建人の場合は個人の私室が並ぶプライベートゾーンだ。消音器で音を最小に抑えたとしても、銃声が響くのは得策ではない。そう判断して、得意な獲物であるナイフで始末を付けようとしたのだ。
「ふむ、またホローポイント弾だな」
吉永の台詞に、建人の背筋が凍った。まただ。またホローポイント弾なのかと、建人はつい三日前に殺された妻の顔を脳裏によみがえらせた。無意識に唾を飲み込み、震えそうになる足を何とか踏ん張る。
「解剖してみないと断定できんがお前さんの奥さんと、ついさっき長澤さんに撃ち込まれたのと同じ弾だと思う」
あー腰がいてぇ、と呟いて吉永は立ちあがる。背中の傷は肺に届いているが、それが致命傷になっていないというのが、吉永の見立てだ。
「長澤さんに撃ち込まれたって、どういうことですか?」
「うん? あぁ、三井さんが俺より少し前に呼び出されてな。長澤さんの喉と眉間、そして両肺腑と肝臓の計五ヶ所に撃ち込まれた弾がホローポイント弾だった。お前さんの妹さんが現場に居たが彼女も撃たれていた。妹さんが三ヶ所を撃ったのは自分だが、眉間と喉は第三者だと主張している。解剖して施条痕を特定せにゃならんが、妹さんは今のところ非常にまずい立場だぞ」
(三ヶ所。有紗なら香澄と同じ箇所に撃ち込んで殺すだろうな)
長澤も誰かの手によって殺されたのかと思うと、俺たちは嵌められたのかと疑問が湧いた。自分は得物が違うから早々にシロと断定されたが、有紗は厄介なことになりそうだ。ライフリングの違いが早く証明されればいいのにと、思わず唇を噛みしめた。
有紗からの連絡を受けた遠矢は、普段の冷静な彼らしくなく取り乱した。思わず受話器を落としそうになるところを何とか堪え、長澤が死んだのは本当かと問い返す。
「本当です。私が胸と肝臓の三発を撃った後、何者かが喉と眉間を撃ち抜きました。ドアの隙間から、左利きのリボルバー銃が見えたんです」
鑑識班と医療班が到着したせいなのか、有紗の背後はやけに騒々しい。ときおり「動かないで」と誰かの声がする辺り、彼女も負傷しているらしいことが窺えた。
「有紗さん、怪我をしているんですか?」
「長澤教官と撃ち合った際に、左肩に一発貰いました」
「左肩?」
遠矢の傍に居た浅倉が、疑問符を顔に浮かべている。その表情の意味が気になったが、遠矢は有紗から詳しい事情を聞こうと躍起になる。
「それで狙撃手の顔を見ましたか? リボルバー銃で、弾はフルメタルジャケット弾ですか、それとも」
「ホローポイント弾です遠矢チーフ。特徴的な銃創痕ですから、間違いありません」
遠矢は唇を噛みしめ「遅かった」と小さく舌打ちを漏らした。それを聞き逃す有紗ではない。すぐさま、どういう意味ですかと問いかけがあった。
「ずっと内緒にしていて申し訳ありませんでした。実は長澤さんは、わたしの放ったS――つまりスパイなんです。ある人物を内偵するために。三年前から彼は、私個人のSになっていました」
「長澤教官は、誰を探っていたんですか? 遠矢チーフ、教えてください。教官が探っていた人物が、もしかしたら今回の真の裏切り者ではないですか?」
そして自分たちを嵌めた人物だろうと、切迫した声をあげる。
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