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第四章 絶望を抱いて逝け

第48話

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 射撃場には、長澤ひとりしかいなかった。時間を問わず誰かしら射撃の訓練をする者がいるので、この状況はありがたい。長澤は一番奥にいて、一心に撃ち続けている。近寄りがたい空気はそれだけで肌が切れそうなほどだが、負けじと有紗も殺気を放つ。

 気配に気付いた長澤は、振り向きざまに撃ってきた。警戒していた有紗は右に飛びながら、左腰のホルダーからベレッタを引き抜くと素早く撃つ。互いに一発ずつ撃ち合い、有紗は入り口付近にある鉄骨製の柱の陰に隠れつつ隙を窺う。長澤も同じように柱の陰に身を潜めている。

「私が何をしに来たか、理由は判っているよね?」
「少なくとも、デートのお誘いでないことは確かだな。それはそうと、あんなに殺気を露わにしたら命取りだぞ。思わず撃ってしまったじゃないか」

 下手なジョークに、有紗は鼻の頭に皺を寄せ「笑えない」と吐き捨てた。こんな時でも教官ぶって説教をしてくるのが腹立たしい。もうすぐその余裕ぶった口を永遠に封じてやる、と有紗は内心で毒づく。

「母だった女の愛人なんかと、寝るわけないでしょ。例え任務でも御免だわ」
「え、愛人? 俺が? おい待て誤解だ。俺が君のお母さんに近づいたのには、ちゃんと理由わけがある」
「黙れ。私の家族をバラバラにして、今さら何を言っている!」

 そこで有紗のベレッタが火を噴く。まずは身を隠したまま天井に向け発砲する。跳弾を計算したそれは正確に長澤の足下に被弾した。慌てながらも、長澤も同じように跳弾を計算して有紗の足下に被弾させる。

 銃のエキスパート同士は、相手が遮蔽物の陰にいようと物ともせずに、相手にプレッシャーを与えていく。さすがにこの時間から射撃場を利用しようという人間はいないようで、二人を邪魔する第三者は現れない。それでも早くこの裏任務を終わらせるに越したことはない。上層部は早くこの件にけりを付けたがっているのだから。

  弾倉内の銃弾が尽きる前に、有紗は決着を付けたかった。残り四発となったところで、彼女は勝負に出る。

(これで終わりにしてやる!)

 跳弾を利用するところは同じだが、今度は確実に長澤の左太股を撃ち抜いてやった。思わずよろめいた長澤の身体が、鉄柱から出てくる。怒りに燃える有紗は、同じやり方で処刑してやると決めていた。すなわち、左右の肺と肝臓にホローポイント弾を撃ち込むと。

 弾倉内の残り三発は、あらかじめホローポイント弾を装填してある。

「お義姉ねえさんの仇!」

 有紗は自分も撃たれる覚悟で柱から姿を現す。銃声が四発、射撃場内に響き渡った。三発は狙い通りに長澤の両肺腑と肝臓に撃ち込まれ、四発目は有紗の左肩を撃ち抜いていた。有紗の左手からベレッタM92が離れるのと、長澤が床に膝をつくのが同時だった。

 左肩を襲う激痛に耐えながらも有紗は違和感を覚えて、右の腰ホルスターから引き抜いたシグザウエルP239を撃てずにいた。有紗は驚愕していたのだ。信じられない思いで、かつての射撃指導員を見つめる。

 長澤は、有紗のを撃ち抜けたはずだった。

 彼は有紗の本当の利き手がのに、を撃ち抜いた。彼ならば、銃を持っていた左肩と本来の利き手である右肩を、ほぼ同時に撃ち抜けたはず。

(何故? 訓練生時代、あれほど口を酸っぱくしてプロならばって言っていたのに。だから私は――)

 銃撃に関しては両利きといえるほどに練習し、普段は左手で銃を撃っていた有紗。万が一敵に左腕を使えなくさせられても、本来の利き手である右手で左手を使用したとき以上の正確さと早さで敵を仕留められるようにと、訓練生時代に長澤に徹底的に叩き込まれた。
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