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第四章 絶望を抱いて逝け
第47話
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朝六時に塚原に呼び出された倉科兄妹の顔色は、ひどいものだった。昨日、香澄の葬儀を終えたばかりの二人は精神的な疲労が色濃い。しかしプロである以上、塚原のオフィスに来るまでに気持ちは切り替えている。兄妹は大きく深呼吸をすると、開かれたオフィスのドアをくぐった。
「お呼びでしょうか」
「朝早くからすまない。実は三年前の間島くん暗殺事件と、高田くん暗殺とC国へ情報を漏洩した人物が判明した。君たちには、その裏切り者たちを始末してほしい」
兄妹は目を瞠った。今回の件だけでなく、三年前の暗殺事件の犯人まで判ったことに、意外さを覚えた。しかしよく考えてみれば共通の凶器は、コルト・ローマンなのだ。三年前と同じ凶器で、香澄は殺された。あのときは幽霊セクションだけの調査だったが、今回は全局員が徹底的に調べ上げられた。犯人と思しき人物は観念したのだろうと、兄妹は当たりを付けた。
「三年前の間島くん暗殺事件と、今回の高田香澄くん暗殺事件の実行犯は、長澤克彦。そして三年前と今回の情報漏洩は、佐々木真理子情報分析官の仕業だという証拠が掴めた。上層部は決定的な証拠を掴んだとして、二人の処分を決めた。判るね、二人とも」
「裏切り者には、その者に縁の深い者が制裁を下す、ですよね」
「そうだ。そこで長澤を有紗くんが、佐々木を建人くんが始末して欲しい。それが上層部の決定だ」
内保局における鉄の掟。それが先ほど建人が言った、裏切り者に縁が深い者が処刑人になるというもの。有紗にとって長澤は射撃の師匠であり、真理子は――記憶を消されているとはいえ兄妹の母。しかも建人は長男であり、真理子にとっては第一子。かねてより二人の不倫関係で家庭が崩壊し、怨みを抱く兄妹にとって第三者には絶対にこの処刑人の役を譲りたくはない。長年待ち侘びていた機会がようやく巡ってきた喜びを隠しもせず、兄妹は背筋を伸ばして敬礼した。
「謹んで拝命いたします」
感情を失った二人の声音が、塚原のオフィスに冷たく響く。
「今日中の始末を、というのが上層部の意向だ。長澤は射撃場に、佐々木は本日は非番で自室にいるらしい」
兄妹はすぐさま動き出した。
射撃場へ足早に移動する有紗は、気持ちを落ち着けるためと銃弾を装填するために、手近な女性トイレに入る。誰もいないことを確認し、左腰のホルスターに愛銃であるベレッタM92を、右腰のホルスターにシグザウエルP239を納める。最後に両手で頬を叩き、気合いを入れた。鏡に映る自分の顔には、何の迷いも躊躇いも浮かんでいない。
「よし」
十年待ち続けた、復讐の機会。幸せだった家族を崩壊させた原因の男女を、例え親だろうと絶対に許さず復讐してやると、十七歳のあの日に固く誓った。内保局に入局したのも、復讐のため。しかし私怨での殺人は、いくら幽霊セクションでも違法である。母だった女の愛人から射撃を教わるという屈辱を受ける日々を乗り越え、ようやくこの日を迎えた。喜びに身体は小刻みに震え、有紗は大きく深呼吸をした。
「お呼びでしょうか」
「朝早くからすまない。実は三年前の間島くん暗殺事件と、高田くん暗殺とC国へ情報を漏洩した人物が判明した。君たちには、その裏切り者たちを始末してほしい」
兄妹は目を瞠った。今回の件だけでなく、三年前の暗殺事件の犯人まで判ったことに、意外さを覚えた。しかしよく考えてみれば共通の凶器は、コルト・ローマンなのだ。三年前と同じ凶器で、香澄は殺された。あのときは幽霊セクションだけの調査だったが、今回は全局員が徹底的に調べ上げられた。犯人と思しき人物は観念したのだろうと、兄妹は当たりを付けた。
「三年前の間島くん暗殺事件と、今回の高田香澄くん暗殺事件の実行犯は、長澤克彦。そして三年前と今回の情報漏洩は、佐々木真理子情報分析官の仕業だという証拠が掴めた。上層部は決定的な証拠を掴んだとして、二人の処分を決めた。判るね、二人とも」
「裏切り者には、その者に縁の深い者が制裁を下す、ですよね」
「そうだ。そこで長澤を有紗くんが、佐々木を建人くんが始末して欲しい。それが上層部の決定だ」
内保局における鉄の掟。それが先ほど建人が言った、裏切り者に縁が深い者が処刑人になるというもの。有紗にとって長澤は射撃の師匠であり、真理子は――記憶を消されているとはいえ兄妹の母。しかも建人は長男であり、真理子にとっては第一子。かねてより二人の不倫関係で家庭が崩壊し、怨みを抱く兄妹にとって第三者には絶対にこの処刑人の役を譲りたくはない。長年待ち侘びていた機会がようやく巡ってきた喜びを隠しもせず、兄妹は背筋を伸ばして敬礼した。
「謹んで拝命いたします」
感情を失った二人の声音が、塚原のオフィスに冷たく響く。
「今日中の始末を、というのが上層部の意向だ。長澤は射撃場に、佐々木は本日は非番で自室にいるらしい」
兄妹はすぐさま動き出した。
射撃場へ足早に移動する有紗は、気持ちを落ち着けるためと銃弾を装填するために、手近な女性トイレに入る。誰もいないことを確認し、左腰のホルスターに愛銃であるベレッタM92を、右腰のホルスターにシグザウエルP239を納める。最後に両手で頬を叩き、気合いを入れた。鏡に映る自分の顔には、何の迷いも躊躇いも浮かんでいない。
「よし」
十年待ち続けた、復讐の機会。幸せだった家族を崩壊させた原因の男女を、例え親だろうと絶対に許さず復讐してやると、十七歳のあの日に固く誓った。内保局に入局したのも、復讐のため。しかし私怨での殺人は、いくら幽霊セクションでも違法である。母だった女の愛人から射撃を教わるという屈辱を受ける日々を乗り越え、ようやくこの日を迎えた。喜びに身体は小刻みに震え、有紗は大きく深呼吸をした。
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