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第三章 永久(とわ)の愛を君に

第40話

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 香澄がもういないなどとは信じられない、信じたくない。瞼を閉じれば声まで再生される。笑うと目が垂れて右頬にえくぼが出来る。左の口元に小さなほくろがある。可憐さと色香を絶妙なバランスで調和させた、不思議な女性。出会ったばかりの頃が走馬灯のように駆け巡っていく。

(こんな物騒な組織に不釣り合いな人なんだよね。普通に暮らしていれば、男たちが放っておかないだろうに)

 冷静な目で観察していた。同時に母の顔を思い出し、どうせこの人もあいつと同じで男に簡単に股を開くんだろうなと、右目をすがめてしまった。いま思い返せばものすごく無礼で偏見に満ちていたと反省できるが、当時の有紗は男女問わず他人が汚らわしく思えていた。同時に自身にもあの淫猥な女の血が半分流れているのかと思うと、嫌悪感で一杯になった。

「あなたのお兄さんの担当でもあるの。すごいね、兄妹揃って幽霊ファントムセクションのエージェントになるなんて。ご家族は反対されな――」
「あなたに関係ないでしょう? 我が家のことに口を挟まないでくれませんか?」
「え、倉科さん?」

(嘘でしょう? なんで兄さんの担当までこの人なの? いやだ、いやだ、いやだ! 兄さんに女が近付いて欲しくない。少なくとも今は! 私と同様に兄さんも傷ついているのに。口惜しいけど、こんな魅力的な女性ひとが兄さんに近付いたら、誘惑されちゃう! で、絶対に弄ばれるに決まっている! また傷ついちゃう!)

 フラッシュバックというのか。有紗の脳裏にホテル街を歩く母と男の後ろ姿が甦った。あの日、ショックのあまり泣き出してしまった自分の頭を撫でてくれた兄の優しさに、何とか理性を保つことが出来た。

(優しい兄さんに近づき、傷つけるような女はいらない。絶対に近づけさせるもんか。お父さんに続いて、兄さんまで二度も傷つけさせない!)

 顔に出さないだけで、有紗の内面はかなりの激情家だ。心中は激しく感情が渦巻き、言葉と表情に出さないだけで攻撃的だったりする。普段は他人の言葉などノイズとして処理できたが、兄が絡んだ途端にたがが外れた。意外と自分はブラコンだったんだと、このとき初めて認識した。照れくさくて、本人には絶対に言わないが。

「え、えっと何か気に障るようなことを言ったかな。だとしたらごめんなさい、倉科さんを傷つけるつもりはなかったんだけど。内保局ここに所属するってことは、変な思想を持たない人だろうと思ってたから、嬉しくてつい」

 香澄の目に翳りが見えた。そのとき直感的に有紗は悟った。もしかしてこの人も、自分とは違う理由で心に傷を負っているのではないかと。

「大声をあげてしまって、私の方こそ高田さんに対して深く傷つけましたね。ごめんなさい、申し訳ありませんでした」

 心から謝罪をすると、香澄はまた華やかな笑顔を見せてくれた。それは有紗の頑なな心を溶かす春の日差しのようで、僅かではあったが、ほんのりと暖かくなった。

 それから年の近い女同士、そして担当のガンスミスという関係性もあって少しずつではあったが、有紗も世間話からはじめて距離を縮めていった。
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