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第一章 国家機密を守り抜け
第19話
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(うそでしょ、何なのこの男?)
有紗は知らないが、隆宏は近接戦闘のエキスパートである。有紗の蹴りをヒットする瞬間に受け流しているため、手応えはあるもののダメージは殆どない。そうと感じさせないのだから、隆宏も大したものだ。
「いい加減にしろよ隆宏。人の妹に気安く触るんじゃない」
珍しく怒気を孕んだ健人の声と同時に、隆宏がよろめいた。さすがに近接戦闘を得意とする健人の蹴りは重かったようで、蹴られた太腿を撫でている。
「何するんだよ健人。人が誠心誠意、有紗ちゃんに交際を申し込んでいるのに」
「受諾する気は、毛頭ございませんが」
「だとよ。初対面でいきなり何だ、無粋な奴だな」
「いい女を見たら即座に口説く。誰かに奪われる前にっていうのは、鉄則だろ?」
ウインクひとつ寄越しながら言われても、有紗は複雑だ。ここに現れたということは、この隆宏という男もチームメンバーの一人なのだろう。わざとらしいほどに大きな溜息を吐いてやっても、隆宏は平然としている。
「なぁ健人、これからは義兄さんと呼んでいいか?」
「却下だ。寝言は寝てから言えよ、この歩く十八禁」
「あ、まだ自己紹介していなかったね。俺は岡崎隆宏、三十二歳。義兄さんと同じく近接戦闘を得意としてる。よろしく」
義兄と呼ぶなと文句を言う健人を無視し、改めてよろしくと右手を差し出してくる。先刻のこともあり躊躇いもあったが、有紗は仕方なく握手には応じた。いきなり扉が開き、含み笑いの中にも若干の苛つきが混じった声が、スピーカーから飛んで来た。
「このまま寸劇を観賞していたいが、そろそろ仕事の話をしようではないか。三人とも入りたまえ」
腹に響く声の持ち主は、部屋の主である塚原チーフ。Tの扉は塚原の専用オフィスへの入り口。三人はここへ呼ばれたことを思い出し、態度を改めて入室の許可を申し出る。許可が下りると、三人は神妙な面持ちで足を踏み出した。二十畳はあろうかという広い室内の最奥に、黒檀の机がある。一分の隙もない濃紺のスーツを着込んだ五十がらみの男が、三人を迎え入れた。
「君たちを呼んだのは他でもない、任務だ」
いつもと同じ台詞を言う塚原チーフ。三人は僅かに緊張して、テーブルに置かれてある資料を手に取った。同時に塚原がデスクの左側に並んだスイッチを押すと、天井から百インチほどのスクリーンが降りてきた。
「王族がクーデターの首謀者で、それがきっかけで王制が廃止された旧N王国はいま、共産国であるC国に事実上政治の中核を乗っ取られている」
健人と隆宏が幼少期の頃の話をいきなりされ、やや戸惑う。だが三人の脳裏には知識としてその情報は入っている。
穏健派として有名だった当時の国王。その従兄弟がいきなり自動小銃を乱射し、王宮内に居た国王や王妃、王太子一家など合わせて十数人を射殺した事件は、今から二十五年前に発生した。その王子は密かにC国と通じており、国王を武力で排した後に王位に就いた。しかしC国は国の乗っ取りを企んでおり、あっという間に新国王を傀儡にしてしまった。酒と女とドラッグで骨抜きにされてしまった新国王は、C国の言うがままに王制を廃止し共和制を宣言してしまった。
この事件の詳細を、当時七歳だった健人と隆宏、二歳だった有紗は内保局に入ってから、周辺国の知識として頭に叩き込まされた。
「君たちは知らないだろうが、あのクーデターで、たった一人だけ生き残った王族がいる」
塚原は机上の左側に並んでいるスイッチのひとつを押すと、スクリーンに二十代の青年が映し出された。南方アジアに多い彫りが深めの顔で、浅黒い肌。黒々とした髪と瞳からは確かな気品が感じられる。
「このお方は亡き王太子殿下の側妾から誕生された、ヴェロスラフ第二王子殿下だ。嫡出子である第一王子殿下は当時八歳だったが、クーデターで亡くなられた。亡き王太子殿下は生前に宮中の不穏な動きを察知しており、万が一に備え側妾を日本大使館へと密かに逃がした」
ヴェロスラフ王子の母親が懐妊したという事実は、王太子側近の中でも一握りの人間しか知らなかった。また表向きは彼女が寵愛を失い、宮中から追い出されたと発表されていたので、その後の行方などあまり気にされなかった。
有紗は知らないが、隆宏は近接戦闘のエキスパートである。有紗の蹴りをヒットする瞬間に受け流しているため、手応えはあるもののダメージは殆どない。そうと感じさせないのだから、隆宏も大したものだ。
「いい加減にしろよ隆宏。人の妹に気安く触るんじゃない」
珍しく怒気を孕んだ健人の声と同時に、隆宏がよろめいた。さすがに近接戦闘を得意とする健人の蹴りは重かったようで、蹴られた太腿を撫でている。
「何するんだよ健人。人が誠心誠意、有紗ちゃんに交際を申し込んでいるのに」
「受諾する気は、毛頭ございませんが」
「だとよ。初対面でいきなり何だ、無粋な奴だな」
「いい女を見たら即座に口説く。誰かに奪われる前にっていうのは、鉄則だろ?」
ウインクひとつ寄越しながら言われても、有紗は複雑だ。ここに現れたということは、この隆宏という男もチームメンバーの一人なのだろう。わざとらしいほどに大きな溜息を吐いてやっても、隆宏は平然としている。
「なぁ健人、これからは義兄さんと呼んでいいか?」
「却下だ。寝言は寝てから言えよ、この歩く十八禁」
「あ、まだ自己紹介していなかったね。俺は岡崎隆宏、三十二歳。義兄さんと同じく近接戦闘を得意としてる。よろしく」
義兄と呼ぶなと文句を言う健人を無視し、改めてよろしくと右手を差し出してくる。先刻のこともあり躊躇いもあったが、有紗は仕方なく握手には応じた。いきなり扉が開き、含み笑いの中にも若干の苛つきが混じった声が、スピーカーから飛んで来た。
「このまま寸劇を観賞していたいが、そろそろ仕事の話をしようではないか。三人とも入りたまえ」
腹に響く声の持ち主は、部屋の主である塚原チーフ。Tの扉は塚原の専用オフィスへの入り口。三人はここへ呼ばれたことを思い出し、態度を改めて入室の許可を申し出る。許可が下りると、三人は神妙な面持ちで足を踏み出した。二十畳はあろうかという広い室内の最奥に、黒檀の机がある。一分の隙もない濃紺のスーツを着込んだ五十がらみの男が、三人を迎え入れた。
「君たちを呼んだのは他でもない、任務だ」
いつもと同じ台詞を言う塚原チーフ。三人は僅かに緊張して、テーブルに置かれてある資料を手に取った。同時に塚原がデスクの左側に並んだスイッチを押すと、天井から百インチほどのスクリーンが降りてきた。
「王族がクーデターの首謀者で、それがきっかけで王制が廃止された旧N王国はいま、共産国であるC国に事実上政治の中核を乗っ取られている」
健人と隆宏が幼少期の頃の話をいきなりされ、やや戸惑う。だが三人の脳裏には知識としてその情報は入っている。
穏健派として有名だった当時の国王。その従兄弟がいきなり自動小銃を乱射し、王宮内に居た国王や王妃、王太子一家など合わせて十数人を射殺した事件は、今から二十五年前に発生した。その王子は密かにC国と通じており、国王を武力で排した後に王位に就いた。しかしC国は国の乗っ取りを企んでおり、あっという間に新国王を傀儡にしてしまった。酒と女とドラッグで骨抜きにされてしまった新国王は、C国の言うがままに王制を廃止し共和制を宣言してしまった。
この事件の詳細を、当時七歳だった健人と隆宏、二歳だった有紗は内保局に入ってから、周辺国の知識として頭に叩き込まされた。
「君たちは知らないだろうが、あのクーデターで、たった一人だけ生き残った王族がいる」
塚原は机上の左側に並んでいるスイッチのひとつを押すと、スクリーンに二十代の青年が映し出された。南方アジアに多い彫りが深めの顔で、浅黒い肌。黒々とした髪と瞳からは確かな気品が感じられる。
「このお方は亡き王太子殿下の側妾から誕生された、ヴェロスラフ第二王子殿下だ。嫡出子である第一王子殿下は当時八歳だったが、クーデターで亡くなられた。亡き王太子殿下は生前に宮中の不穏な動きを察知しており、万が一に備え側妾を日本大使館へと密かに逃がした」
ヴェロスラフ王子の母親が懐妊したという事実は、王太子側近の中でも一握りの人間しか知らなかった。また表向きは彼女が寵愛を失い、宮中から追い出されたと発表されていたので、その後の行方などあまり気にされなかった。
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