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序章 過去と始まりの物語

第10話

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 一方の健人は妹ほど射撃の適性はなかったが、近接戦闘術には目を瞠る物があった。軍に於ける近接戦闘の得物は、やはりナイフである。刃物を持っての格闘は素人だったが、今までに修めてきた武術と組み合わせつつ相手に向かっていく。木製の模擬ナイフを打ち合いつつ隙を窺う。左の手刀をフェイントで出すも、掴まれかける。逆にそれを払いのけ、態勢を崩しにかかる。

 喉を突くべく踏み込む。だがほぼ同時に、足払いをされそうになる。互いに後ろへ飛び、距離を取った。

(命のやり取りに、ルールはないんだよな)

 今までは、空手大会のルールに縛られてきた。だがこれからは、関係ない。一瞬でも気を抜けば命を落とす。

(いい子ちゃんのスポーツマンシップじゃ、身は守れない!)

 相手の意表を突く動き。

 それと悟られず、急所を突く。

 相手の目から視線を逸らさず、右の木製ナイフを喉に突き出す。

 同時に足払いを掛ける。成功した。

 受け身を取った相手の上に乗り、頸動脈にナイフを当てる。

「あーあ、降参」

 身長差は殆どないが、体重差があった。相手の岡崎おかざき隆宏たかひろは筋肉の塊といっていいが、それでいて動きは俊敏だ。健人が一本取れたのは、隆宏の注意が上半身に集中していたからだろう。でなければ力任せに殴られたかもしれない。

「いや参った。俺ももう少し、パワー一辺倒なところを直さないとな」

 全身のバネを使って起き上がり、隆宏は健人に握手を求めた。

「あんたとは良いライバルになれそうだ」
「同感だな」

 互いにニヤリと笑うと、次も楽しみだと笑いあった。

 近接戦闘訓練は男女別に行われる。素手だけでなく様々な隠し武器の習得に努めていく。特に女性は膂力において男性に劣るため、即効性の毒物を仕込んだ隠し武器を自在に操れるようになった方が良い。隣で女性たちが、指輪に仕込まれた毒針の説明を受けている。

「この他にも髪飾りの中に毒針を仕込んだりと、様々な応用がある。女性は男よりも隠し武器を使用することが多いから、各自で創意工夫を凝らし、アイデアを上申して欲しい」

 女性担当の教官が指輪を回収しながら告げた。訓練生たちは様々な状況下でも有効な隠し武器はないかと、さっそく思案に耽りはじめた。

 女性陣を訓練場に残し、男性陣は己が使用するハンドガンを整備してくれる、ガンスミス部署セクションへ移動する。倉科兄妹が配属される予定の暗殺部署。そこに所属する工作員エージェントたちには、それぞれ専用の銃と専属のガンスミスが付くことになる。健人にはコルト・ガバメントが、隆宏はグロック17が支給された。

「じゃ、俺はこっちだから」

 片手を挙げて隆宏と別れた健人は、職員と共に一番奥の作業場へと移動する。ノックをすると女性の声が返ってくる。扉を開けると、健人と同年代と思しき若い女性が作業台に向かって座っており、入り口に目を向けると立ちあがって会釈してきた。

「倉科健人さんですね? あなたの銃器をメンテナンスする、銃器工ガンスミス高田たかだ香澄かすみです」

 何でも曾祖父は旧大日本帝国軍で銃器工として従軍し、彼女の祖父と父も自衛隊から陸軍に変わった今でも、武器課に所属している。四代にわたってガンスミスという職業に就いていると、案内してくれた職員が語ってくれた。

「あなたの妹さんも担当しますので、よろしくね」

 八人いるガンスミスで唯一の女性。しかも健人の二歳下ときており、健人は不安を覚えた。が、自分は銃よりも近接戦闘がメインで銃器類の扱いは少ないと割り切り、簡単な挨拶をその日はすませた。
 
 そして厳しい訓練生時代から、十年の歳月が流れた。
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