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第七章 虎の尾を踏んだ報い

第69話

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 イザベラが帝国のレーヴェ宮殿に連れて来られてから、早三週間が経過していた。宮廷内のしきたりや作法などを覚える傍ら、マクシミリアンの手配で派遣されたキルシュ少佐を相手に剣術の稽古などをしている。絶えずエリーゼ女官長が付き添い、女官たちも彼女が選び抜いた者たちで固めている。

 補佐官ハインリヒは相変らずのポーカーフェイスで、何食わぬ顔で日々の政務に励んでいる。クレメンスも、彼がイザベラ暗殺未遂事件の首謀者という確たる証拠を掴めぬまま、表面上は取り繕いながら補佐官と語らう。まさに腹の内を読みあいつつ、上辺は穏やかなのが不気味だ。

「やあっ!」 

 互いの口から気合いの声が出る。普段、近衛騎士たちの訓練に使われる宮殿の中庭の一角で、イザベラとキルシュが剣を打ち合っている。刃の付いていない稽古用の剣で殺傷力はないが、打ち込まれたら相当に痛い。マクシミリアンが選んだだけあって、イザベラの相手をするに充分な腕前の若者であった。最初は、女の剣と侮っていたキルシュも、彼女の身軽さを生かした素早く的確な剣捌きに、考えを改めざるを得なかった。いつしか本気を出すキルシュに対し、イザベラはまだ余裕すら感じられる。

(幼き頃より受けてきた、じいの剣技に比べれば)

 まだまだ甘い、というのがイザベラの見解だ。

「いや、参りました」

 ほうほうの態でキルシュが降参すると、イザベラは柔和な顔つきに戻り少し休もうと提案する。すぐさまエリーゼをはじめとする女官たちが二人に冷たい水にひたした布を手渡す。

「どうぞ、イザベラ様」
「ありがとう、エリーゼ」

 女官長自らが淹れた冷たい茶を飲み、イザベラは無意識のうちに宮殿の方を振り仰いだ。毎夜、他愛もないことを語り合い──否、ほぼ一方的にクレメンスが語る──肌身は許し合わない奇妙な夫婦関係。

 女心とは奇妙なもので、あれほど殺してやりたいと憎んでいた心がいつの間にか、少しずつではあるが変化していった。とはいえ、彼女自身に自覚はまだない。未だに男言葉であるし、笑みのひとつも浮かべようとしないが、彼女は話を聞くこと自体は嫌ではなかった。

 大国の、しかも神の封印を守る皇帝とは思えぬ、生身の男としての心情をああも素直に吐露されては、イザベラとて氷の心を持つ女ではない。

 ゆるゆると春の陽射しが雪を融かしていくように、彼女の心もゆっくりと和らいでいった。今も宮殿に目をやるのは、無意識のうちにクレメンスは今、何をしているのか気になるからだ。
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