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第六章 公女へ延びる魔手

第64話

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「失礼いたします」

 さり気なく茶を淹れながらも、全神経は二人の動向に集中している。相変らず二人は手元の綴り本と会話に集中しており、こちらを見ていない。高貴な身分の者は女官たちが給仕することに、いちいち関心を払わない。女官長エリーゼの目さえ誤魔化せばと、隙を窺い粉末状の毒を入れる。

「お待たせいたしました」

 茶を差し出したその刹那。

「そなた、その茶を飲んでみよ」

 何気なく言われたイザベラのひと言に、間者の肩が思わずピクリとはねた。

「え?」

 思わず聞き返してしまってから、彼女はしまったと舌打ちしたい気分に駆られた。先程までの空気と打って変わって、明確な殺気が感じられる。事が露見していることに気付いても、もう遅かった。

「どうした? せっかくだから、そなたも一緒にどうかと思ったのだが?」

 明らかにイザベラの目はこの状況を楽しんでいる。まるで猫が弱った鼠をいたぶるかのように。間者の女官は頬を引きつらせると、咽喉がこわばったかのような、かすれた声をようやく絞り出す。

「お、畏れ多きことにございます」
「構わぬと申しておるのだ。ああ、私が無理なら女官長が勧めてくれ」
「リーザ、イザベラ様は四ヶ月後には正式な皇后陛下となられるお方。ご好意を無下にするつもりか?」

 まるで叱責のようにエリーゼ女官長からも請われ、ますます引っ込みがつかなくなる。
ここで毒入りの茶を飲もうが拒否しようが、捕まった後には厳しい詮議の末に処刑が待っている。どちらに転んでも、死は免れない立場にある。

(どうすればいい?)

 間者の女官は逡巡する。じっとこちらを見つめるイザベラの目は何の感情も宿っておらず、それが却って怖かった。

「もう良い、座が白けてしまった。茶も冷めてしまったようだしな。エリーゼ、悪いが新しく淹れ直してほしい」
「かしこまりました」

 エリーゼは立ち上がるとさり気なく茶器を全部下げ、一旦隣の部屋に移動した。戻ってきたときには別の茶器と茶葉を用意していた。その間、女官は全身から血の気が引いていくのを感じていた。二人は、毒殺しようとしたことを感付いている。知っていてわざと放置されていることに、たまらない恐怖を覚えた。

 これから自分はどうなるのだろうと、ガンガンと痛む頭の隅で呟いたとき衛兵がいきなり現れ、有無を言わさずに女官の両腕を捻りあげた。

「尋問をお願いします」
「はい。皇宮衛兵隊長には報告済みです」

 宮廷魔術師メリッサ特製の、姿隠しの呪文をかけられた使い魔が、絶えずイザベラの周囲に注意を払っている。女官が毒を入れた瞬間、使い魔はメリッサへ念を飛ばし、彼女を通じて衛兵へと連絡が回った。エリーゼと衛兵のやり取りを聞いた女官は舌を噛もうとしたが、もう一人の衛兵が丸めた布を口の中に強引に押し込み、自害を未然に防いだ。暴れる女官を引き摺るようして、衛兵達は出て行った。

「これから国葬と戴冠式と婚儀までの四ヶ月、このような事が続くかもしれませんよ。イザベラ様」
「退屈しなくてすみそうね」

 くすくすと笑うイザベラに、気負いは全く感じられない。まったく本当に豪胆なお方だと、エリーゼは苦笑せざるを得なかった。
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