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第四章 本懐を遂げる

第34話

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「む、イザベラ公女め逃げるのか?」
「待たれよクヴァンツ大将とやら。我はプラテリーア公国の将軍オスティ。貴公の相手は私がしよう」
「おお、卿《けい》が公国にこの人ありとうたわれるオスティ将軍か。イザベラ公女も良いが、卿を討ち取れば陛下への良き土産。よかろう、お相手いたす。者ども、一騎打ちである。手出し無用!」

 イザベラを追いかけていく小隊以外の兵士たちにそう告げると、クヴァンツはオスティに合わせ槍を掻い込んだ。

 互いの馬が主の呼吸にあわせ、走るタイミングを伺っている。双方共に闘志を高め、一撃にかける。周囲を囲む兵士たちは、滅多に見られぬ大将の戦いを固唾を呑んで見守っている。

 言い表しようのない緊張感が場を支配し頂点に達した刹那、二人は同時に馬を突進させた。二人はすれ違いざまに槍を繰り出し、槍先を打ち合う。互いに馬首をめぐらせ再び対峙すると、馬を操りながら二合三合と打ち合う。腕は互角と見えて、互いの顔に汗が伝う。突きを互いに繰り出すも、そこは百戦錬磨の猛者同士。ギリギリのところを見切り隙を伺う。

 勝負は十五分ほども続いただろうか。双方に疲れの色が見え始めてきたところで、オスティの馬が急に暴れだした。戦場に紛れ込んだ一匹の蜂が、馬の耳に入ったのだ。その隙を見逃す筈のない、クヴァンツ。

「おおっ!」

 帝国軍の声に喜色が混じった。オスティ将軍はぐらりと馬上でバランスを崩すと、そのまま落馬した。鎧の繋ぎ目を的確に突かれ、脇腹から出血している。

「待て、その御仁を殺すな!」

 深手を負ったオスティの首を掻き切ろうと近寄っていく兵士を制し、クヴァンツは馬を降りると苦しげに息を吐く敵将に近づく。

「オスティ将軍、殺すには惜しい男よ。誰か、傷の手当てをいたせ。よいか、丁重にな。その御仁は儂の客人だ」

 命令を受けて、近習がオスティの鎧を脱がせ傷の手当てをする。イザベラ公女は逃がしたが、側近であるオスティ将軍を捕虜にすることができた。公女を生け捕りにする役目は、プラテリーア公国内にいる『草』に任せてもよいだろう。

 側近の者に魔法による伝令を命じると、失血のために気を失っているオスティを見た。

「思わぬ拾い物だ。この男は、役に立つ」

 クヴァンツ将軍は、全員に退却命令を出す。迫り来るダークエルフ軍たちも帝国軍の前に全滅となり、今ではほとんどいない。小競り合いをしながらも、クレメンスが待っているであろう宮殿へと急いだ。

「あとは任せたぞ、公国内の『草』よ」

 クヴァンツ大将の顔に、男くさい笑みが浮かんだ。 


※※※※※※※※※※※※※※※


 蒼旗そうき騎士団から五百名が密かに戦場を離脱し、皇帝クレメンスの許に集結した。連絡係になったマクシミリアンも彼らと共に転移魔法陣で戻ってきており、クレメンスらは、馬車の中で荷物の中に潜ませていた武器防具を装備する。クレメンスは聖騎士の象徴である白く輝く全身鎧と聖剣グラムを帯剣し、他の者たちも職業クラスに応じた装備をしている。

「陛下、“草”からの連絡です」

 魔術師ヴィーラントの腕に、鷹を模した使い魔が静かに舞い降り、何事か囁いて消えた。

「準備は整っております、とのことです。城壁で待機している弓兵たちの真後ろと、謁見の間に直接転移できるよう、魔法陣を用意したとのことです」
「さすが“草”は、けいの師匠だけあるなヴィーラント。大公の傍近くに居ながら、誰にも怪しまれずに転移の魔方陣を描いてしまうのだから」
「御意。陛下、わたくしめは城壁の弓兵どもを一掃しますゆえ、蒼旗《そうき》騎士団と共に謁見の間へ赴かれてはいかがでしょうか?」
「師匠仕込みの幻術イリュージョンでも見せるか? 弓兵隊の数は約八百と聞く。まぁ、卿ならば問題はないな」

 ヴィーラントの術士ならば、一人で八百人の弓兵が相手でも問題はない。ましてや、ここプラテリーア公国は魔法に対する知識も防備も薄い。
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