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3日目(4)

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食堂でいつも通り郁哉と飯を食べる。
今日はトンカツだが、それにソースをかけて食べる大半の生徒に物申したい、それは下策だ。
このカツ丼は厚切りの豚ロースに下味がしっかりついており衣はサクサク。この丁寧に作り込まれたトンカツにソースを掛けてしまってはソースの主張が強過ぎて、台無しになってしまう。
よって味付けは塩一択。

「晃ってホント美味そうに食うよな」

「ここの料理は全部美味いよ」

ムシャムシャと勢いよくトンカツを消費していく俺を眺めて苦笑する郁哉が、そういえば、といった様子で尋ねる。

「今日も俺の部屋くる?まだ幽霊怖いんじゃないか?」

そう言って気遣わしげに首を傾げる郁哉。
それに合わせて整えられた茶髪がサラリと揺れる。

郁哉の部屋に忍び込んだ理由を昼休みに話していたので、俺を心配してくれているのだろう。
子供じゃないのだから、放っておけばいいのに。
過保護だと思わなくもないがいい奴だよ、ホント。

「今日は弓川先輩の部屋に行くから大丈夫!」

口いっぱいのトンカツを咀嚼して、そう答えれば、途端に郁哉が顔色を変える。

「え、なんで弓川先輩………」

あー、こいつも弓川のファンなのか?
こないだ弓川が郁哉を認知してると知ったときも喜んでいたもんな。
これでもかと顔を曇らせる郁哉は、雨に濡れて震える犬のようにも見えて、なんだか放っておけない気分になる。

「崇月祭の準備が間に合わなさそうだから、弓川先輩の部屋で何日か徹夜するんだけど。今度郁哉も行っていいか聞いてみるな」

生徒会の仕事を理由にできる、これが弓川が言う生徒会の特権らしく、今回弓川の部屋に行くために寮には予めそう通してあり承認を得ている。
意外にも、もう崇月祭の準備が殆ど終わっていると知っている七條からの同意も得ている。
なんでも、生徒会は都合よく仕事を押し付けられすぎているから、バレない範囲で多少の甘い蜜は吸ってもいいと。

だが内部事情を知らない郁哉今日は連れて行くことができない。
なんとか弓川と先輩後輩の仲を深めたら、宿泊は無理でも、ゆくゆくは郁哉の部屋への同伴も許してもらえるようになるかもしれない。

いつも世話になってる郁哉のためだ、お前が憧れの先輩に近づけるよう、俺が人肌脱いでやりますよ。

心の中で弓川張りにこなれたウインクを郁哉に送る。

「え、今日だけじゃないの………」

郁哉が何か不満そうに呟くも、食堂の喧騒にかき消されてそれは俺の耳まで届かない。
なんて言ったの?と耳に手を当てて聞こえないジェスチャーをすれば、郁哉がまた口を開く。

「生徒会の手伝いも大変なんだな。俺の部屋にはいつでも来ていいから」

それなら仕方ないといった表情で納得してくれた様子の郁哉に罪悪感を抱きつつも、いつか絶対弓川の部屋に招待させてみせるからと心に誓う。

「晃は無防備なんだから、気を緩め過ぎないように」

お気づきだろうか、お前がそれを言えた立場じゃないことを。
お前は俺に寝惚けて行ったことを忘れているようだな。
俺は一から十まで覚えているんだからな。



3年である弓川の寮室は1年の寮棟とはまた別になっていおり、一度外に出て、3年の寮棟に入る必要がある。
寮の自動ドアの前ですれ違った3年の生徒が物珍しそうにこちらを見ていたので、他学年の寮に入れることは滅多にないのだろう。
入り口横の管理室に小窓越しにこちらを伺う寮監がいたので、挨拶をして要件を告げた。

「あの、申請していたのですが、弓川先輩の部屋に宿泊する予定の1年の半澤です」

眼鏡をかけた壮年の寮監が、乾いた指先を舐めて帳簿を開く。

「はいはい、半澤晃くんね。弓川くんの部屋は4階の410号室だからね」

淡白かつ速やかに確認作業を終えた寮監は、弓川の部屋番を伝えると、そそくさと小窓を閉めた。
素気なさ過ぎる。多分この人、テレビを観ていたな。

密かにぶーたれながら、弓川の部屋の前に辿り着く。
弓川の部屋は角部屋のようだ。羨ましい。

トントンッ

小気味よくノックすると、間も無くしてガチャリとドアが開いた。
風呂上がりのようで、弓川の髪は湿っており室内の湿度がやや高い。

「いらっしゃい、晃。どうぞ」

部屋に入れば、仄かにハーブ系のいい匂いがする。
芳香剤のようなものは見受けられないので、これは郁哉が俺に感じたようなイケメン香りマジックなのかもしれない。

「なんか3年生の部屋に入るの初めてなので緊張します」

しかも部屋の主はいい匂いがするイケメンだし。

「まあ気にしないで、同級生と思って過ごしてもらっていいよ。俺は可愛い後輩を眺められてラッキーだし、晃は安心した睡眠を取れる。お互いwinwinな条件なんだから」


わーい、イケメンに可愛いって言ってもらったぞ。
表面上はどうも、とあっさり礼を言うまでに留めたが、内心は小躍りしそうな勢いだ。

弓川がベッドに、俺はローテーブル脇に置いてあったクッションに腰掛けた。

「これ」

おもむろに渡されたのはポータルゲーム機で、弓川もそれと同じものを手にしている。

「ゾンビゲームすき?」

「嫌いじゃないです」

「1人だと、奴らが突然出てきた時心臓飛び出そうになるから出来なかったんだよね。最初から始めて一緒にやろう。あ、そのセーブデータは残しておいてね」

そう言って「第9章廃屋」のセーブデータを指で指し示す弓川。ここに上書きしなければよい訳だな。

「はい。あの、このゲーム機って先輩のですか?」

1人で2台同じゲーム機を所持することは珍しい。
純粋な疑問を抱き尋ねると弓川は、少しだけ顔をこわばらせる。

「それは、森藤の」

森藤………
聞き覚えがある名前に、記憶を巡らせると、生徒会の手伝いの初日に弓川が口にしていた名前だったことを思い出す。

「森藤も生徒会役員だよ。書記で、晃ほどではないけどパソコンが得意なタイプ。1年のときから生徒会書記で、去年の生徒会選挙は不参加だったけど、全校生徒満場一致で森藤の席を残すことに決まった、それくらい有能な奴。あと僕のゲーム仲間でもある」

「それって………」

今日クラスメイトの会話で聞こえてきた噂がよぎり、口を開きかけたが、当事者の友人である弓川にそれを聞くのは思慮に欠けた行為だと思い直し、口をつぐむ。

「もしかして、晃も噂聞いた?」

俺の様子を見て察したようで、弓川から噂について触れてくる。

「その人のことかどうかは、わかりませんが何となく、少しだけ」

気まずさに目を逸らしながら、言葉を選んで答えると、弓川は噂が真実であると肯定した。
やはりと言うべきか、友人の失踪に胸を痛めるように弓川の表情には憂いが浮かんでいた。

「そうだよ、森藤は去年の失踪者。毎年の失踪者の噂は知ってると思うけど。けど、それを今年は僕達生徒会が止めたいと思ってる」

普段のおおらかな様子はなく、言葉や視線の鋭さに強い意志を感じる。
今年の失踪予定者である俺にとってそれは、とても心強いもので。

「何でお前がって思うかもしれませんが、俺にも手伝わせてもらえませんか?」

俺は森藤のことを知らない。
だから弓川達の気持ちに100パーセント寄り添えるかといったらそれは難しいだろう。
だが、弓川達が何らかの形で動いているのならば、協力したい。
協力することによって何かしら俺に有利な手がかりを得られるかもしれない。

「いいの?」

そんな返答とは裏腹に、弓川の目が座る。
どこか違和感を感じたが、俺は迷うことなく頷いた。

「わかった、じゃあ僕たちの秘密を見せようか」

そんな、あっけなく決定していいのだろうか。
名乗りを上げたのは、まあ俺なのだが、七條や佐竹にも相談とかした方が………
俺がおろおろしている間に、ベッド頭側の壁の隙間に弓川がカードのようなものを走らせた。カードを通した箇所がカードを追いかけるように青色に光っていく。

「こっちだよ」

そう言って机の横棚を押せば、どこに奥行きがあったのか、棚が壁に埋もれそして自動ドアのように横にスライドした。
思いの外強い力で弓川に手を引かれ、俺は新たに現れた部屋に足を踏み入れる。

ここも隠し部屋か。
感心して、薄暗い部屋を見渡すと、後ろでドアが閉まる音がした。
目を凝らせば豆電球のような灯りのもと、スーツを着た男がソファに座り、こちらに背を向けて何やら書き物をしている。
カリカリカリとひたすら何かを書き殴る音だけが響く室内。
少なからずホラー要素を感じて、ギョッとし俺は縮み上がった。

「なんだ、随分早いな」

こちらの様子を既に把握しているかのように男は振り向くことなく、机にある書類に依然ペンを走らせながら声を発した。どこかで聞いたことのある低音だ。

「寝てから連れ込もうかとも思ったんだけど、なんか手伝ってくれるって言うし、いいかなって思って」

弓川も男がいることを予め知っていたのか、特に男の存在に驚く様子もなく平然と返事をした。

ようやくペンを止め、こちらを鷹揚に振り向いたのは、先日の生物教師だった。

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