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第3章 学園に通おう
66話 学園
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ノインくんの衝撃発言から場が収まるまでしばらくかかった。
ツヴァイくんドライくんの年長組2人が宥めても座ろうとしなかったノインくんだけど、何故かフィーアくんの話を聞いたら大人しく座ってくれた。
座ったノインくんが少し照れたようにチラチラこっちを見てきてるけど、フィーアくんはなにを言ったんだろう?
なんか嫌な予感がしてしょうがない。
「では、他に提案のある人はいますか?」
みんなを見回すユニさん。
だけどもう誰も手を挙げる人はいない。
あがった進路は、『このまま男爵』、『冒険者』、『エルフの里へ』、『使用人に転職』、『モレスくんちに就職』、『みんなに養ってもらう』か。
あとは、僕の『頑張って働く』。
まあ、それはどの仕事でも一緒か。
結局みんなの好意に甘えなきゃいけないのは情けないけれど、この世界になんのツテもない僕にはどうしようもない。
もう少しこの世界のことがわかれば選択肢も増えるんだろうけど、そうしようとすると、しばらく『みんなに養ってもらう』ことになるからなぁ。
それはそれでこの世界で生きるための努力だとは思う。
……だけど、もっと早く分かりやすく努力したいっていうのは、僕の甘えなのかなぁ。
「とりあえず、もうないみたいですね」
そう言って、もう一度念のためといった感じで周りを見回すユニさん。
みんながただユニさんを見返すのを見て、ユニさんはひとつ頷いた。
「では、最後に私からひとつ提案したいと思います」
ん?ユニさんの案?
あれ?ユニさんはこのまま男爵をやるって案じゃなかったの?
ユニさんはマヌケな顔をしている隣りに座った僕を見つめていう。
「ハル、学園に通ってみませんか?」
学園?
「学園って言うと、ユニさんも通っているっていう貴族様が通う学園?」
前にユニさんはあまり登校していないけど、一応学園の生徒だ、って話を聞いた覚えがある。
確か、貴族の子弟にとっては通うのが義務みたいなことを言ってた記憶があるけど……。
「そうですが、そうじゃないです。
私が通っている学園ですが、貴族だけではなく平民も通っています。
1等国民を中心とした富裕層が多いですけどね」
なるほど、貴族だけの学園ってわけではないのか。
「学園の生徒には富裕層が多いですが、学園の外に出れば当然ながら普通の街ですから一般的な生活に触れることも出来ます。
そこまでしなくても、学園の職員として2等国民はたくさんいますし、この世界を知り、慣れることには不自由しないと思います」
「えっ!?学園の外に出られるの?」
なんかそういう偉い人の通う学校って外界からは隔絶されているイメージがあった。
「ええ、簡単な外出許可を取れば普通に出られますよ。
『学園の生徒』という身分を手に入れられるので、うちの屋敷から『愛人のハル』が外に出るより楽とすら言えると思います」
なんだろう?日本でいえば、名門学校の生徒が街で出歩いてるみたいな感じだろうか?
たしかにユニさんの屋敷からお忍びで外に出るよりは楽な気がする。
「もちろん、この屋敷にいるのとは比べ物にならないほどの多種多様な人と知り合えますから、この世界に馴染むって観点からすれば市井で暮らすのと遜色ない体験ができると思いますよ」
なるほど。
このお屋敷だと決まったメンバーしかいないからなぁ。
大抵の使用人さんや家臣さんたちにとって僕はユニさんの友人(愛人)ってポジションだから、どうしても自然な付き合いって出来ないんだよなぁ。
何より、ほとんどの人がケンタウロスの人だしな。
このお屋敷で、僕の恋人たち以外でケンタウロス種以外の人の顔見知りって言うと、ルキアンさんしか思いつかない。
多種多様な種族の人たちと知り合ってこの世界のことを知れるというのは魅力的だ。
「外の人との交流の他にも、もちろん勉学を通してこの世界のことを知ることも出来ます。
文字を習うことも出来ますし、貴族としての嗜みももちろん学ぶことが出来ます」
あー、他のことを勉強できるのは嬉しいけど、文字はなぁ。
「えっと、文字は実はアッキーに……」
「ああ、師匠に教わっているんでしたね」
ありゃ、やっぱりバレてたか。
まあ、秘密でやってたのは大事にするのが嫌だったのと、急に出来るようになって驚かしてやろうって言う程度で、別に真剣に隠したりはしていなかったけど。
「うん、だから文字は別に学園で習わなくてもいいかな」
「って言ってますけど、師匠?」
「ん?別に学園で教わってもかまわんぞ」
ユニさんに話を振られて、あっさりとそういうアッキー。
えー、アッキーに文字教わるの楽しかったのに。
結構お気に入りの時間だっただけに、あっさりと無くなってもいいと言われてちょっと寂しい。
「そのような顔をするな。
文字の代わりにお前には魔法やらエルフのことやら教え込まなければいけないことがたくさんあるんだからな。
ヴィンターももう独学で問題ない程度には文字を覚えておるし、文字からそちらに教える内容を変えようってだけだ」
ぶーたれた顔をしている僕を見て、苦笑気味に言うアッキー。
なるほど、そういうことか。
それなら僕はなんの文句もない。
「学園に通うこと自体が貴族としての基礎教養という面もありますし、このまま男爵を続けるのならば通っておいて損は有りません。
もちろん、今のハルのように何らかの功績を上げるなどで平民から貴族になった者には学園を卒業していない者もいますが、やはり社交の場では苦労しているようです。
学園での交友関係がそのまま社交の場での交友関係になったりしますからね」
あー、そういうのは日本でも聞くなぁ。
男爵としてきちんと仕事をしていくとしたら、学園に通っておいたほうがいいのかなぁ。
「さらにいえば、もし市井で暮らすとしても学園卒業生という経歴は有利に使えます。
着ける職の選択肢は増えますし、学園時代の交友関係を元に自分で事業を立ち上げる人もいます。
モレス、たしか貴方のご家族にも学園出身者がいましたよね?」
「そうですね。
実際、ルバッハ商会の跡取りの兄も、支店を任される予定のその次の兄も学園を卒業しています。
うちの商会は比較的叩き上げの人が多いと思いますけど、他の商会では叩き上げと学園出身の人で半々か、学園出身の人が多い感じでしょうか?
やはり商会としては上流階級の方とツテが作れるというのは大きいところです」
ちょっと考えながらそう答えるモレスくん。
なるほど、どうもユニさんとモレスくんの話聞いていると、社交の場という目的が大きいのかもしれないな。
「それと、モノケロス卿のおっしゃるとおり、市井で職を持つにしても学園出身という肩書は大きいです。
学園出身か少なくとも私塾を出ていないと、いやらしい話になりますが、やはり給金や待遇の面で大きな差が出ます」
ほへーという顔でモレスくんを見ている、4人衆-1。
少しとは言えみんなのほうがモレスくんより歳上なのに、やっぱり、貴族出身と商家出身でこういう知識や感覚には差が出るのかもしれない。
つまるところ学園は日本で言う大学みたいなものなのかな。
出なくてもなんとでもなるけれど、出ておけばスタート地点が変わってくる。
そういうものなんだろう。
もちろん、なにかなりたい専門職があれば別だけど、僕の場合残念ながらそういうのはないからなぁ。
そういうことを考えると、学園に通うのはいいことだと思う。
「えっと、学園に通うとしたら何年くらい通うことになるんだろう?」
「厳密には決まっていませんね、必要になって成人後に入学してくる人もいますし、通う年数も卒業する年齢もバラバラです。
ただ、貴族の子弟の場合、成人後数年内に卒業するのが一般的ですからハルの場合は2、3年って感じでしょうか?
学位が取れなければもちろん伸びますが、ハルの場合それはあまり気にしなくていいと思います」
「そうなの?
自分で言うのもなんだけど、僕そんなに頭良くないよ?」
いや、本当に自分で言うことじゃないけど、事実だから仕方ない。
日本で通ってた学校も普通の公立校だったし、今までの定期試験ではだいたい真ん中らへんがいいところだ。
「ハルの場合、ある程度の基礎的な教養は身についていますからね。
そもそも、教授資格を取りたいとかでない限り卒業自体は別に難しくありませんから。
私もフォローしますし大丈夫ですよ」
そう言ってくれると心強いけど、頭の良い人の『難しくない』は信用ならないからなぁ。
まあ、でも、2、3年で卒業できると考えればそこまで時間がかかるわけでもないしそれほど問題はないのかな?
「卒業してから市井の仕事につくんでも問題ないのかな?
ミゲルくんとかの年で働いている人もいるけど」
「ボクたちの場合は、奉公に出ている形なので仕事とはちょっと違うんです。
有り体に言ってしまえば、ボクの家がモノケロス家に従うという人質みたいなものです」
え?そういうものだったんだ?
ミゲルくんの言葉を聞いて少し驚いた。
なんか日本の戦国時代とかにも家臣の人から家族を人質に出させたりしていたらしいからそういう感じなんだろうか?
「……あれ?それなのにミゲルくんたち僕の家臣になっちゃっていいの?」
ユニさんちに出された人質を僕がもらっちゃったら不味いんじゃないだろうか?
「ああ、それは問題ないと思いますよ。
はっきりと人質として求めたとか差し出したというものじゃないですから、忠誠の証とか親交を保つためとかそう意味合いがほとんどです。
私の身内と言ってもいいハルに仕えるのですし、親交はただの家臣以上に深くなっていますし、両家にとってもなにも問題ないです」
『ねー』と身分差を感じないくらい仲良さそうに笑い合っているユニさんとミゲルくんたち。
最近はよく僕をネタにじゃれ合っているし、本当にみんな仲良さそうで嬉しい。
たしかに両者の関わりをよくするって意味じゃなんにも問題なさそうだ。
「仕事の件ですが」
ミゲルくんのあとをついでモレスくんが口を開く。
「確かにボクたちくらいの年齢やもっと下の頃から働きに出る子もいますが、だいたいが親がいないか、いても貧しいなどで子供を養う余裕が無い場合になります。
しかも、働きに出ていると言ってもまずは基礎的なことを学ぶところから初めなければいけないので、見習いや下働きなどといったところから始めなければいけません」
あー、たしかに計算も出来ない、文字も読めないじゃなにも出来ないだろうからなぁ。
まずはそういうのを覚えるところから始まることになるのか。
……そういうの考えると、この年で一人前に働いているミゲルくんたちは本当に優秀なんだなぁ。
「農家の方などは子供の頃から労働力として見込まれているという話も聞きますが、商家の場合は一人前に『仕事』を教えられるのはせいぜい主様の年齢くらいからです。
それに、そもそも学園出身の場合は任される『仕事』自体が違うので、子供の頃から働いているいわゆる叩き上げの人とは単純な比較はできません」
なるほどなぁ。
これに関しては日本でもこの世界でも社会のことを知らない僕には『そういうものなのか』と思うことしか出来ない。
「じゃ、とりあえず学園に通いながら仕事先を考えてもそれほど問題はない、と?」
僕の質問に、ユニさんもモレスくんも頷いてくれる。
むぅ、そうなってくるととりあえず学園に通うのが1番な気がしてくるなぁ。
なんか、とりあえずで大学に行く人が多いって話を聞いたことあるけど、分かる気がする。
色んな意味でこの世界のことを勉強できるし、後々仕事につく土台を作ることも出来る。
「えっと、学園に入る上でなにか問題とか負担になることとかってあるのかな?
そもそも学費っていくらなの?」
一応、ユニさんから日本の知識とかの対価でもらった金貨がまだ400枚くらい残っているけど、それで足りるかな?
「んー、授業の受け方とかにもよりますけど、だいたい年間金貨10枚ってところでしょうか?」
あれ、思ったより安い……のか?
貴族の人とか、お金持ちとかが通う学校だから学費もバカ高いのかと思ってた。
平民の年収が金貨30枚くらいって聞いた記憶があるから、安いってほど安くはないんだろうけど、思ったほど高くもなかった。
なんかまだこの世界での金銭感覚が分からない。
「あとは、その他に我々貴族の場合寄付金が必要になりますが、うちの縁者ですからそこらへんは必要ありません」
「え?そうなの?」
「ふっふっふー、伊達に侯爵家やってないですよ。
毎年多額の寄付をしていますからね」
「ちなみに、寄付するとしたらどれくらいなのかな?」
「んー、爵位と経済状況によってまちまちですけど、男爵家なら最低金貨100枚からスタートってところですかね?」
「毎年っ!?」
「はい、毎年です」
おーう、毎年10人分の学費が飛んでいくのか……。
最下級だって言う男爵家でこれなんだから、もっと上の貴族さんとかはどうなってるんだろう。
ほぼ最上位のユニさんちなんかどれだけ寄付してるんだろう。
こういう貴族からの寄付があるから、それほど高くない学費でやれてるのかな?
「えっと、ごめんなさい、ユニさんに甘えさせてください」
手持ちじゃほぼ間違いなく足りなくなります、ごめんなさい。
「はい、遠慮なく甘えてください。
ハルに限らずこういうところで寄り子の援助をするのも寄り親の義務ですから」
にっこり笑ってくれるユニさん。
なるほど、貴族同士の関係強化の側面もあるのか。
「他にはなにか問題になりそうなことはないの?」
「そうですねぇ。
あとはなにかあるとしたら学園で生活する上での話になるので、そのときになってみないとなんとも……。
まあ、良くあるところでは交友関係や学力に関することの悩みはよくあるみたいですね」
なるほど、そういうところも日本の学校と似てるな。
学生の悩みはいつでもどこでもどの世界でも、恋っ!友情っ!……そして試験なのだろう。
「なるほどね。
それなら……」
「待ってくださいっ!」
この世界に馴染むという意味でも、これからのために勉強するって意味でもなんにも問題がなくって、それなら学園に通おうか。
そう考えていた僕にストップを掛けたのはミゲルくんだった。
「モノケロス卿にいくつかお聞きしたいことがあります」
立ち上がって、ユニさんをキッと睨みながらそういうミゲルくん。
「なんでしょう?何でもおっしゃってください」
そんなミゲルくんの厳しい視線をどこ吹く風と受け流して、鷹揚にうなずくユニさん。
今、最後の戦いが始まる。
ツヴァイくんドライくんの年長組2人が宥めても座ろうとしなかったノインくんだけど、何故かフィーアくんの話を聞いたら大人しく座ってくれた。
座ったノインくんが少し照れたようにチラチラこっちを見てきてるけど、フィーアくんはなにを言ったんだろう?
なんか嫌な予感がしてしょうがない。
「では、他に提案のある人はいますか?」
みんなを見回すユニさん。
だけどもう誰も手を挙げる人はいない。
あがった進路は、『このまま男爵』、『冒険者』、『エルフの里へ』、『使用人に転職』、『モレスくんちに就職』、『みんなに養ってもらう』か。
あとは、僕の『頑張って働く』。
まあ、それはどの仕事でも一緒か。
結局みんなの好意に甘えなきゃいけないのは情けないけれど、この世界になんのツテもない僕にはどうしようもない。
もう少しこの世界のことがわかれば選択肢も増えるんだろうけど、そうしようとすると、しばらく『みんなに養ってもらう』ことになるからなぁ。
それはそれでこの世界で生きるための努力だとは思う。
……だけど、もっと早く分かりやすく努力したいっていうのは、僕の甘えなのかなぁ。
「とりあえず、もうないみたいですね」
そう言って、もう一度念のためといった感じで周りを見回すユニさん。
みんながただユニさんを見返すのを見て、ユニさんはひとつ頷いた。
「では、最後に私からひとつ提案したいと思います」
ん?ユニさんの案?
あれ?ユニさんはこのまま男爵をやるって案じゃなかったの?
ユニさんはマヌケな顔をしている隣りに座った僕を見つめていう。
「ハル、学園に通ってみませんか?」
学園?
「学園って言うと、ユニさんも通っているっていう貴族様が通う学園?」
前にユニさんはあまり登校していないけど、一応学園の生徒だ、って話を聞いた覚えがある。
確か、貴族の子弟にとっては通うのが義務みたいなことを言ってた記憶があるけど……。
「そうですが、そうじゃないです。
私が通っている学園ですが、貴族だけではなく平民も通っています。
1等国民を中心とした富裕層が多いですけどね」
なるほど、貴族だけの学園ってわけではないのか。
「学園の生徒には富裕層が多いですが、学園の外に出れば当然ながら普通の街ですから一般的な生活に触れることも出来ます。
そこまでしなくても、学園の職員として2等国民はたくさんいますし、この世界を知り、慣れることには不自由しないと思います」
「えっ!?学園の外に出られるの?」
なんかそういう偉い人の通う学校って外界からは隔絶されているイメージがあった。
「ええ、簡単な外出許可を取れば普通に出られますよ。
『学園の生徒』という身分を手に入れられるので、うちの屋敷から『愛人のハル』が外に出るより楽とすら言えると思います」
なんだろう?日本でいえば、名門学校の生徒が街で出歩いてるみたいな感じだろうか?
たしかにユニさんの屋敷からお忍びで外に出るよりは楽な気がする。
「もちろん、この屋敷にいるのとは比べ物にならないほどの多種多様な人と知り合えますから、この世界に馴染むって観点からすれば市井で暮らすのと遜色ない体験ができると思いますよ」
なるほど。
このお屋敷だと決まったメンバーしかいないからなぁ。
大抵の使用人さんや家臣さんたちにとって僕はユニさんの友人(愛人)ってポジションだから、どうしても自然な付き合いって出来ないんだよなぁ。
何より、ほとんどの人がケンタウロスの人だしな。
このお屋敷で、僕の恋人たち以外でケンタウロス種以外の人の顔見知りって言うと、ルキアンさんしか思いつかない。
多種多様な種族の人たちと知り合ってこの世界のことを知れるというのは魅力的だ。
「外の人との交流の他にも、もちろん勉学を通してこの世界のことを知ることも出来ます。
文字を習うことも出来ますし、貴族としての嗜みももちろん学ぶことが出来ます」
あー、他のことを勉強できるのは嬉しいけど、文字はなぁ。
「えっと、文字は実はアッキーに……」
「ああ、師匠に教わっているんでしたね」
ありゃ、やっぱりバレてたか。
まあ、秘密でやってたのは大事にするのが嫌だったのと、急に出来るようになって驚かしてやろうって言う程度で、別に真剣に隠したりはしていなかったけど。
「うん、だから文字は別に学園で習わなくてもいいかな」
「って言ってますけど、師匠?」
「ん?別に学園で教わってもかまわんぞ」
ユニさんに話を振られて、あっさりとそういうアッキー。
えー、アッキーに文字教わるの楽しかったのに。
結構お気に入りの時間だっただけに、あっさりと無くなってもいいと言われてちょっと寂しい。
「そのような顔をするな。
文字の代わりにお前には魔法やらエルフのことやら教え込まなければいけないことがたくさんあるんだからな。
ヴィンターももう独学で問題ない程度には文字を覚えておるし、文字からそちらに教える内容を変えようってだけだ」
ぶーたれた顔をしている僕を見て、苦笑気味に言うアッキー。
なるほど、そういうことか。
それなら僕はなんの文句もない。
「学園に通うこと自体が貴族としての基礎教養という面もありますし、このまま男爵を続けるのならば通っておいて損は有りません。
もちろん、今のハルのように何らかの功績を上げるなどで平民から貴族になった者には学園を卒業していない者もいますが、やはり社交の場では苦労しているようです。
学園での交友関係がそのまま社交の場での交友関係になったりしますからね」
あー、そういうのは日本でも聞くなぁ。
男爵としてきちんと仕事をしていくとしたら、学園に通っておいたほうがいいのかなぁ。
「さらにいえば、もし市井で暮らすとしても学園卒業生という経歴は有利に使えます。
着ける職の選択肢は増えますし、学園時代の交友関係を元に自分で事業を立ち上げる人もいます。
モレス、たしか貴方のご家族にも学園出身者がいましたよね?」
「そうですね。
実際、ルバッハ商会の跡取りの兄も、支店を任される予定のその次の兄も学園を卒業しています。
うちの商会は比較的叩き上げの人が多いと思いますけど、他の商会では叩き上げと学園出身の人で半々か、学園出身の人が多い感じでしょうか?
やはり商会としては上流階級の方とツテが作れるというのは大きいところです」
ちょっと考えながらそう答えるモレスくん。
なるほど、どうもユニさんとモレスくんの話聞いていると、社交の場という目的が大きいのかもしれないな。
「それと、モノケロス卿のおっしゃるとおり、市井で職を持つにしても学園出身という肩書は大きいです。
学園出身か少なくとも私塾を出ていないと、いやらしい話になりますが、やはり給金や待遇の面で大きな差が出ます」
ほへーという顔でモレスくんを見ている、4人衆-1。
少しとは言えみんなのほうがモレスくんより歳上なのに、やっぱり、貴族出身と商家出身でこういう知識や感覚には差が出るのかもしれない。
つまるところ学園は日本で言う大学みたいなものなのかな。
出なくてもなんとでもなるけれど、出ておけばスタート地点が変わってくる。
そういうものなんだろう。
もちろん、なにかなりたい専門職があれば別だけど、僕の場合残念ながらそういうのはないからなぁ。
そういうことを考えると、学園に通うのはいいことだと思う。
「えっと、学園に通うとしたら何年くらい通うことになるんだろう?」
「厳密には決まっていませんね、必要になって成人後に入学してくる人もいますし、通う年数も卒業する年齢もバラバラです。
ただ、貴族の子弟の場合、成人後数年内に卒業するのが一般的ですからハルの場合は2、3年って感じでしょうか?
学位が取れなければもちろん伸びますが、ハルの場合それはあまり気にしなくていいと思います」
「そうなの?
自分で言うのもなんだけど、僕そんなに頭良くないよ?」
いや、本当に自分で言うことじゃないけど、事実だから仕方ない。
日本で通ってた学校も普通の公立校だったし、今までの定期試験ではだいたい真ん中らへんがいいところだ。
「ハルの場合、ある程度の基礎的な教養は身についていますからね。
そもそも、教授資格を取りたいとかでない限り卒業自体は別に難しくありませんから。
私もフォローしますし大丈夫ですよ」
そう言ってくれると心強いけど、頭の良い人の『難しくない』は信用ならないからなぁ。
まあ、でも、2、3年で卒業できると考えればそこまで時間がかかるわけでもないしそれほど問題はないのかな?
「卒業してから市井の仕事につくんでも問題ないのかな?
ミゲルくんとかの年で働いている人もいるけど」
「ボクたちの場合は、奉公に出ている形なので仕事とはちょっと違うんです。
有り体に言ってしまえば、ボクの家がモノケロス家に従うという人質みたいなものです」
え?そういうものだったんだ?
ミゲルくんの言葉を聞いて少し驚いた。
なんか日本の戦国時代とかにも家臣の人から家族を人質に出させたりしていたらしいからそういう感じなんだろうか?
「……あれ?それなのにミゲルくんたち僕の家臣になっちゃっていいの?」
ユニさんちに出された人質を僕がもらっちゃったら不味いんじゃないだろうか?
「ああ、それは問題ないと思いますよ。
はっきりと人質として求めたとか差し出したというものじゃないですから、忠誠の証とか親交を保つためとかそう意味合いがほとんどです。
私の身内と言ってもいいハルに仕えるのですし、親交はただの家臣以上に深くなっていますし、両家にとってもなにも問題ないです」
『ねー』と身分差を感じないくらい仲良さそうに笑い合っているユニさんとミゲルくんたち。
最近はよく僕をネタにじゃれ合っているし、本当にみんな仲良さそうで嬉しい。
たしかに両者の関わりをよくするって意味じゃなんにも問題なさそうだ。
「仕事の件ですが」
ミゲルくんのあとをついでモレスくんが口を開く。
「確かにボクたちくらいの年齢やもっと下の頃から働きに出る子もいますが、だいたいが親がいないか、いても貧しいなどで子供を養う余裕が無い場合になります。
しかも、働きに出ていると言ってもまずは基礎的なことを学ぶところから初めなければいけないので、見習いや下働きなどといったところから始めなければいけません」
あー、たしかに計算も出来ない、文字も読めないじゃなにも出来ないだろうからなぁ。
まずはそういうのを覚えるところから始まることになるのか。
……そういうの考えると、この年で一人前に働いているミゲルくんたちは本当に優秀なんだなぁ。
「農家の方などは子供の頃から労働力として見込まれているという話も聞きますが、商家の場合は一人前に『仕事』を教えられるのはせいぜい主様の年齢くらいからです。
それに、そもそも学園出身の場合は任される『仕事』自体が違うので、子供の頃から働いているいわゆる叩き上げの人とは単純な比較はできません」
なるほどなぁ。
これに関しては日本でもこの世界でも社会のことを知らない僕には『そういうものなのか』と思うことしか出来ない。
「じゃ、とりあえず学園に通いながら仕事先を考えてもそれほど問題はない、と?」
僕の質問に、ユニさんもモレスくんも頷いてくれる。
むぅ、そうなってくるととりあえず学園に通うのが1番な気がしてくるなぁ。
なんか、とりあえずで大学に行く人が多いって話を聞いたことあるけど、分かる気がする。
色んな意味でこの世界のことを勉強できるし、後々仕事につく土台を作ることも出来る。
「えっと、学園に入る上でなにか問題とか負担になることとかってあるのかな?
そもそも学費っていくらなの?」
一応、ユニさんから日本の知識とかの対価でもらった金貨がまだ400枚くらい残っているけど、それで足りるかな?
「んー、授業の受け方とかにもよりますけど、だいたい年間金貨10枚ってところでしょうか?」
あれ、思ったより安い……のか?
貴族の人とか、お金持ちとかが通う学校だから学費もバカ高いのかと思ってた。
平民の年収が金貨30枚くらいって聞いた記憶があるから、安いってほど安くはないんだろうけど、思ったほど高くもなかった。
なんかまだこの世界での金銭感覚が分からない。
「あとは、その他に我々貴族の場合寄付金が必要になりますが、うちの縁者ですからそこらへんは必要ありません」
「え?そうなの?」
「ふっふっふー、伊達に侯爵家やってないですよ。
毎年多額の寄付をしていますからね」
「ちなみに、寄付するとしたらどれくらいなのかな?」
「んー、爵位と経済状況によってまちまちですけど、男爵家なら最低金貨100枚からスタートってところですかね?」
「毎年っ!?」
「はい、毎年です」
おーう、毎年10人分の学費が飛んでいくのか……。
最下級だって言う男爵家でこれなんだから、もっと上の貴族さんとかはどうなってるんだろう。
ほぼ最上位のユニさんちなんかどれだけ寄付してるんだろう。
こういう貴族からの寄付があるから、それほど高くない学費でやれてるのかな?
「えっと、ごめんなさい、ユニさんに甘えさせてください」
手持ちじゃほぼ間違いなく足りなくなります、ごめんなさい。
「はい、遠慮なく甘えてください。
ハルに限らずこういうところで寄り子の援助をするのも寄り親の義務ですから」
にっこり笑ってくれるユニさん。
なるほど、貴族同士の関係強化の側面もあるのか。
「他にはなにか問題になりそうなことはないの?」
「そうですねぇ。
あとはなにかあるとしたら学園で生活する上での話になるので、そのときになってみないとなんとも……。
まあ、良くあるところでは交友関係や学力に関することの悩みはよくあるみたいですね」
なるほど、そういうところも日本の学校と似てるな。
学生の悩みはいつでもどこでもどの世界でも、恋っ!友情っ!……そして試験なのだろう。
「なるほどね。
それなら……」
「待ってくださいっ!」
この世界に馴染むという意味でも、これからのために勉強するって意味でもなんにも問題がなくって、それなら学園に通おうか。
そう考えていた僕にストップを掛けたのはミゲルくんだった。
「モノケロス卿にいくつかお聞きしたいことがあります」
立ち上がって、ユニさんをキッと睨みながらそういうミゲルくん。
「なんでしょう?何でもおっしゃってください」
そんなミゲルくんの厳しい視線をどこ吹く風と受け流して、鷹揚にうなずくユニさん。
今、最後の戦いが始まる。
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ファンタジー
あるとき神の采配により異世界へ行くことを決意した高校生の大輝は……ちっちゃくなってしまっていた!
精霊と神様からの贈り物、そして大輝の力が試される異世界の大冒険?が幕を開ける!
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