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【企業舎弟の遥かな野望】-9(化野)
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第九話「化野」
夥しい石仏、石塔は八千余体あるという「化野念仏寺」は、東山の「鳥辺野」、北山の「蓮台野」と並ぶ平安の古よりある京都の墓地である。
風葬の地であったことが理由なのか、一歩そこに足を踏み入れると、漂う空気の違いに身構えることがある。
「落柿舎」から来た道を戻る途中、小野田は「念仏寺」に立ち寄った。
まだ、観光客もまばらで、石仏の表情も心なしか穏やかだった。
というのも、昼前にもなると、大陸から大挙してやって来た客が半ば喧嘩腰とも言えるハイトーンで使う北京語が此処の静寂を破り、骸たちの眠りさえも揺り起こしてしまうのが昨今の様だったのだ。
石仏の主は「無縁仏」であり、「水子」でもあった。
健斗は、父、耕三が希和子の腹に宿った命を強引にでも流させていたなら、ひょっとした自分は此処に居たのかもしれないと苔生した子安地蔵の一つを眺めて思った。しかし自分はこうして生きている。そして先ほど血の繋がった父親に「別れ」を告げて来たのだ。切っても切れない親子の「血縁」は、ヤクザ世界での盃《さかずき》を交わした親子、兄弟の繋がりとどっちが強いんだろうとか馬鹿げたことを考え、首を振って長い息を吐いた。
小野田はずっと感じていた。
自分に何者かの視線が向けられている。
いつからだ?ーーー(記憶を手繰る)
ーーー(そうだ、、、昨日の電車の中からだ。今も感じる。)
ふいに、現実に引き戻され、注意深く目の端で辺りを探る。
白人の男が独り、そして女子大生風の女が二人、、、健斗は扇状に視線を凝らす。
ーーー(あそこだっ!)
健斗の生来の能力が顔を擡げる
樹齢深い大木の陰に身を潜めるターゲット。女だ、カメラを肩から提げている。
健斗は気取られぬように、ゆっくり踵を返し寺を出た。
竹林で囲まれた小径を歩きながらタイミングを図った。少し先がT字路になっている。
ーーー(ちょっと遊んでやるか、、、)
【左 清涼寺】←→【右 祇王寺】
一本道の突き当たりに観光客用の道案内があって、その前で立ち止まり健斗は逡巡して見せる。
後から来た四、五人の観光客は左や右へと目的地を定めて通りすぎていく。
ブルーのコートを着た女が右に曲がって「祇王寺」方向に歩いて行くのを見定めると、健斗はゆっくり歩を「清涼寺」に向けた。
ーーー(やっぱりそうだ、昨夜、鴨川でも見た、、、あの女)
「清涼寺」をやり過ごし、時折背後を確認しながら「野々宮神社」まで来た。鳥居の前にはかなりの数の観光客が居て、聞き慣れぬ言葉が飛び交って騒々しくもあった。健斗はその人息に閉口して「お守り」など販売している社務所の陰の喫煙所で煙草に火を点けた。
何人かの若い女連れが「縁結び」のお守りを嬉しそうに物色しているのを横目に、ふっ、と息をついた。
ーーー小野田社長っ!?
いきなり背後から本名を呼ばれ不覚にも振り返ってしまった。
声の主はあの女だった。
コートのポケットに両手を突っ込み仁王に立って不敵な笑みを投げて寄越している。
名刺入れから名刺を一枚取り出し健斗の前に差し出した。
「 フリーライター 斎藤 亜希 」(秀文社所属)
白地に黒だけの素っ気ない名刺だった。
健斗は中指と人差し指で不愛想にそれを挟んで一瞥呉れることもなくシャツのポケットに入れた。
ーーー実のお父さまとの再会はいかがでした?
女は小首を傾げ試すように小野田に問う。
ーーーなんの事だ?
人様《ひと》の休日までズカズカ踏み込んで来て、、、クソだな、てめぇ。
健斗は声音を下げ威嚇したが、女は怯む事なく返す
ーーーまぁー!、東証一部上場目前の優良企業の社長さんには似つかわしくない言葉ですこと、、、お里が知れますよ? 小野田シャチョウっ。
健斗は逆立つ感情を抑え、じっとその女を見据えた。
眉の尾はキリッと切れ上がり、その下の存在感ある大きな瞳。ぽってりと膨らんだ下唇には淡いピンクのルージュにグロスの艶。耳にヒラヒラ揺れるパールのピアス。
健斗は無防備にこの女に興味を持った。
ーーーさすが、「野々宮神社」だな
ーーー(、、、?)
健斗は社務所の脇に掲げられた【良縁縁結】の案内書きを悪戯な笑みを浮かべ指差した。
(第九話 了)
夥しい石仏、石塔は八千余体あるという「化野念仏寺」は、東山の「鳥辺野」、北山の「蓮台野」と並ぶ平安の古よりある京都の墓地である。
風葬の地であったことが理由なのか、一歩そこに足を踏み入れると、漂う空気の違いに身構えることがある。
「落柿舎」から来た道を戻る途中、小野田は「念仏寺」に立ち寄った。
まだ、観光客もまばらで、石仏の表情も心なしか穏やかだった。
というのも、昼前にもなると、大陸から大挙してやって来た客が半ば喧嘩腰とも言えるハイトーンで使う北京語が此処の静寂を破り、骸たちの眠りさえも揺り起こしてしまうのが昨今の様だったのだ。
石仏の主は「無縁仏」であり、「水子」でもあった。
健斗は、父、耕三が希和子の腹に宿った命を強引にでも流させていたなら、ひょっとした自分は此処に居たのかもしれないと苔生した子安地蔵の一つを眺めて思った。しかし自分はこうして生きている。そして先ほど血の繋がった父親に「別れ」を告げて来たのだ。切っても切れない親子の「血縁」は、ヤクザ世界での盃《さかずき》を交わした親子、兄弟の繋がりとどっちが強いんだろうとか馬鹿げたことを考え、首を振って長い息を吐いた。
小野田はずっと感じていた。
自分に何者かの視線が向けられている。
いつからだ?ーーー(記憶を手繰る)
ーーー(そうだ、、、昨日の電車の中からだ。今も感じる。)
ふいに、現実に引き戻され、注意深く目の端で辺りを探る。
白人の男が独り、そして女子大生風の女が二人、、、健斗は扇状に視線を凝らす。
ーーー(あそこだっ!)
健斗の生来の能力が顔を擡げる
樹齢深い大木の陰に身を潜めるターゲット。女だ、カメラを肩から提げている。
健斗は気取られぬように、ゆっくり踵を返し寺を出た。
竹林で囲まれた小径を歩きながらタイミングを図った。少し先がT字路になっている。
ーーー(ちょっと遊んでやるか、、、)
【左 清涼寺】←→【右 祇王寺】
一本道の突き当たりに観光客用の道案内があって、その前で立ち止まり健斗は逡巡して見せる。
後から来た四、五人の観光客は左や右へと目的地を定めて通りすぎていく。
ブルーのコートを着た女が右に曲がって「祇王寺」方向に歩いて行くのを見定めると、健斗はゆっくり歩を「清涼寺」に向けた。
ーーー(やっぱりそうだ、昨夜、鴨川でも見た、、、あの女)
「清涼寺」をやり過ごし、時折背後を確認しながら「野々宮神社」まで来た。鳥居の前にはかなりの数の観光客が居て、聞き慣れぬ言葉が飛び交って騒々しくもあった。健斗はその人息に閉口して「お守り」など販売している社務所の陰の喫煙所で煙草に火を点けた。
何人かの若い女連れが「縁結び」のお守りを嬉しそうに物色しているのを横目に、ふっ、と息をついた。
ーーー小野田社長っ!?
いきなり背後から本名を呼ばれ不覚にも振り返ってしまった。
声の主はあの女だった。
コートのポケットに両手を突っ込み仁王に立って不敵な笑みを投げて寄越している。
名刺入れから名刺を一枚取り出し健斗の前に差し出した。
「 フリーライター 斎藤 亜希 」(秀文社所属)
白地に黒だけの素っ気ない名刺だった。
健斗は中指と人差し指で不愛想にそれを挟んで一瞥呉れることもなくシャツのポケットに入れた。
ーーー実のお父さまとの再会はいかがでした?
女は小首を傾げ試すように小野田に問う。
ーーーなんの事だ?
人様《ひと》の休日までズカズカ踏み込んで来て、、、クソだな、てめぇ。
健斗は声音を下げ威嚇したが、女は怯む事なく返す
ーーーまぁー!、東証一部上場目前の優良企業の社長さんには似つかわしくない言葉ですこと、、、お里が知れますよ? 小野田シャチョウっ。
健斗は逆立つ感情を抑え、じっとその女を見据えた。
眉の尾はキリッと切れ上がり、その下の存在感ある大きな瞳。ぽってりと膨らんだ下唇には淡いピンクのルージュにグロスの艶。耳にヒラヒラ揺れるパールのピアス。
健斗は無防備にこの女に興味を持った。
ーーーさすが、「野々宮神社」だな
ーーー(、、、?)
健斗は社務所の脇に掲げられた【良縁縁結】の案内書きを悪戯な笑みを浮かべ指差した。
(第九話 了)
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