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「急に呼び出すなんて、珍しいな」
「ごめんね、祐介。仕事中に」
平日のカフェは、昼時でも空いている。隣の席に品がいい老婦人と、離れた角の席に、小さな女の子を連れた若い母親がいるくらい。これなら、込み入った話も気兼ねなくできる。
「いいよ、どうせ外回りだし、少しくらい。何かあったのか?」
「あのね、ここらでスパッと決めようと思うの。結婚のこと」
そう宣言すると、表情を強張らせた祐介だけど、わたしがおもむろにコインを取り出すと、今度は眉根を寄せた。
「わたし、不器用だから、いっぺんに複数のことはこなせない。わかるでしょ? このままだと、胃に穴が開きそう。だから、会社を取るか、祐介を取るか、コイントスで決めようと思う」
そこまで言って、戸惑う祐介の目の前で、コインを高く放り投げた。
「……お、おい!?」
頭上で、照明に照らされキラリと瞬いたコインは、重力に逆らわず、わたしの手の中に落下した。わたしはそれを、そのままハンドバッグの中に滑り込ませる。
「え? 見ないのか? どっちなんだよ」
まるでこの世の終わりが来るみたいな、情けない顔をして祐介はうろたえる。わたしは声を立てて笑ってしまった。
「いいんだよ。コインの表裏を確認しなくたって、もう決まった」
「え?」
例えば、仕事を失ったとしても、祐介さえいてくれれば、何とかなるだろう。
でも、祐介を失ったとしたら、きっと、わたしはだめだ。祐介以外の人とのオアシスは、わたしにはとても想像できないし、オアシスを潤わせる森林を、育てる気力すら持てないだろう。
そんなことは、とっくにわかっていた。わたしと別れることになるのかと、蒼白になる祐介の顔を見たことで、もう一度確認できた。
愛ほど、得がたいものはない。そして、たやすく失いやすいものはない。自分の選択次第で、それは、この手から簡単に離れていってしまう。
そのことに、コイントスから祖父が気づかされたように、わたしも、祖父の手紙から気づかされたのだ。
わたしは、祖父に似て不器用だ。一つのものしか、まっすぐに守れない。だったら、選ぶのは、祐介との愛以外に何もない。
「祐介。わたし、祐介と同じ苗字になりたい」
「加菜恵……!」
直接伝えることは、もう叶わない。だけど、あなたの想いは、しっかりと受け取り、次の愛へと受け継がれていく。
おじいちゃん、ありがとう。
隣のテーブルから、ふふふ、と小さく漏らした笑みが聴こえた。見ると、老婦人が、優しい表情でこちらを見ていた。
「ごめんなさいね、聞き耳立てちゃって。あまりに微笑ましくて」
「あ……いえいえ、すみません、お騒がせして」
「いいの。コイントス、懐かしいわ。すごく昔に、怖い顔で悩んでいらした男性に、やり方を教えてあげたことがあったわ」
「え? あの、それって……し、失礼ですが、お名前をお伺いしても?」
(fin)
「ごめんね、祐介。仕事中に」
平日のカフェは、昼時でも空いている。隣の席に品がいい老婦人と、離れた角の席に、小さな女の子を連れた若い母親がいるくらい。これなら、込み入った話も気兼ねなくできる。
「いいよ、どうせ外回りだし、少しくらい。何かあったのか?」
「あのね、ここらでスパッと決めようと思うの。結婚のこと」
そう宣言すると、表情を強張らせた祐介だけど、わたしがおもむろにコインを取り出すと、今度は眉根を寄せた。
「わたし、不器用だから、いっぺんに複数のことはこなせない。わかるでしょ? このままだと、胃に穴が開きそう。だから、会社を取るか、祐介を取るか、コイントスで決めようと思う」
そこまで言って、戸惑う祐介の目の前で、コインを高く放り投げた。
「……お、おい!?」
頭上で、照明に照らされキラリと瞬いたコインは、重力に逆らわず、わたしの手の中に落下した。わたしはそれを、そのままハンドバッグの中に滑り込ませる。
「え? 見ないのか? どっちなんだよ」
まるでこの世の終わりが来るみたいな、情けない顔をして祐介はうろたえる。わたしは声を立てて笑ってしまった。
「いいんだよ。コインの表裏を確認しなくたって、もう決まった」
「え?」
例えば、仕事を失ったとしても、祐介さえいてくれれば、何とかなるだろう。
でも、祐介を失ったとしたら、きっと、わたしはだめだ。祐介以外の人とのオアシスは、わたしにはとても想像できないし、オアシスを潤わせる森林を、育てる気力すら持てないだろう。
そんなことは、とっくにわかっていた。わたしと別れることになるのかと、蒼白になる祐介の顔を見たことで、もう一度確認できた。
愛ほど、得がたいものはない。そして、たやすく失いやすいものはない。自分の選択次第で、それは、この手から簡単に離れていってしまう。
そのことに、コイントスから祖父が気づかされたように、わたしも、祖父の手紙から気づかされたのだ。
わたしは、祖父に似て不器用だ。一つのものしか、まっすぐに守れない。だったら、選ぶのは、祐介との愛以外に何もない。
「祐介。わたし、祐介と同じ苗字になりたい」
「加菜恵……!」
直接伝えることは、もう叶わない。だけど、あなたの想いは、しっかりと受け取り、次の愛へと受け継がれていく。
おじいちゃん、ありがとう。
隣のテーブルから、ふふふ、と小さく漏らした笑みが聴こえた。見ると、老婦人が、優しい表情でこちらを見ていた。
「ごめんなさいね、聞き耳立てちゃって。あまりに微笑ましくて」
「あ……いえいえ、すみません、お騒がせして」
「いいの。コイントス、懐かしいわ。すごく昔に、怖い顔で悩んでいらした男性に、やり方を教えてあげたことがあったわ」
「え? あの、それって……し、失礼ですが、お名前をお伺いしても?」
(fin)
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