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 衣裳合わせには、本当は遣史くんが付き合うはずだった。でも、前日の夜になって、断れない仕事が入ってしまった、と連絡がきた。食品会社の営業に携わっているからなのか、その辺はよくわからないけど、実はこういうことが珍しくない。

 俺のタキシードなんて誰も楽しみにしていないから、適当に選んでおいてくれ、と勇ましく言っていた遣史くんでも、姉のウェディングドレスを一緒に選んであげられない悔しさはあるはず。せめて、気分だけでも味わってもらいたい。

「試着を繰り返すから、ほぼノーメイクだし」
「今さら」
「メガネもかけたままだし」
「別にいいじゃん」
「とにかくだめったらだめ」

 しかめっ面をした姉は、本当に嫌そうだ。

 ドタキャンされたことを怒っているのだろうか。
 予定が変わったのが前日では、急すぎて別の日に差し替えられない。そうかと言って取りやめたら、忙しい二人のこと、次はいつ休みを合わせられるかわからない。しかたなく、たまたま暇だったママとわたしを代わりに引き連れてきた。
 遣史くんとの予定が急にだめになることは、しょっちゅう起こることで慣れていると言っても、ウェディングドレス選びはやっぱり特別なのかもしれない。

 そこで、ママが噴き出した。

「希美は、遣史くんを驚かせたいのよ」
「驚かせたい?」

 目をしばたたかせて姉を見ると、わたしより十個も年上のくせに、子供みたいに唇を尖らせていた。頬骨のいちばん高いところが赤く染まっている。

「いいじゃない。当日まで我慢させておいたって」
 
 少女さながらのその表情から、「驚かせたい」が悪い意味ではないとわかって、わたしは口角を上げずにいられなかった。

 二人は高校生の頃から付き合っていて、時々ケンカしながらも、十五年以上も一緒にいる。
 そんなに長い時間を過ごしてきた間柄であっても、パートナーにまだきれいと言われたいと願う姉が可愛らしくて、愛おしかった。

「決めた。優愛がきれいって言ってくれたから、このドレスにする」
「かしこまりました。当日、ご新婦様のあまりのお美しさに感激するご新郎様が、目に浮かぶようです」

 今朝の夢を引きずるわたしは、姉が楽しみにしていた時間に水を差してしまうのでは、と不安だった。気を遣って無駄に喋ったせいか喉が渇き、フリードリンクをガブ飲みしたら、肝心のフィッテイングの最中にもよおす始末。

 でも、ついてきてよかった、と心底思った。
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