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第4話
ばいばい、やっちゃん
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やっちゃんのあとについて、のろのろと歩く。
うなだれた先の視線に、スニーカーのかかとを踏み潰す、派手なオレンジ色のソックスが見える。
「おい、ダメ子」
三歩どころか五歩も前を行くやっちゃんが、意気揚々と言ってくる。
「俺に感謝しろよ。これでもうあのストーカー野郎が、お前の前に現れることもないだろうからな」
ああ、そうか、とぼんやり思う。
一ノ瀬さんはもう、二度とわたしをつけ回さない。
ひどいことを言われて、ひどい仕打ちをされるのを、わたしはただ見ていた。あんなに良くしてもらったのに。幻滅したに決まっている。
「偶然にも俺が通りかかってよかったよなぁ」
「うん……」
そうだ。よかったんだ。
わたしなんかにつきまとったところで、一ノ瀬さんにメリットなんて一つもない。
「いつもは気づかれたらびゃっと逃げ出すくせによ。人の女を連れ出しやがって」
「それは……」
一ノ瀬さんはただ、夜道を一人で帰るわたしを心配してくれただけのこと。
「卑怯もんのクソヘタレが。生意気に」
「卑怯……?」
「お前も、素直にくっついて行ってるんじゃねぇっつうの。だから、俺にダメ子だって言われるんだろが」
「あのタルト……カフェのシェフさんが、忙しいのにわざわざ作ってくれたんだよ」
やっちゃんが足を止める。怒った顔で振り向いた。
「はあ? 今そんな話、してねぇだろ」
「わたしはあのお店の人たちとは、厳密には何の関係もない。それなのに、困ってるってだけで、助けてくれたんだよ」
一ノ瀬さんがわたしの前に出てきてくれたのは、わたしを助けるためだ。階段から転げ落ちそうになるのを。求めるタルトが見つからないのを。
自分が責められるかもしれないリスクを背負って。
「一ノ瀬さんは、卑怯者なんかじゃない」
卑怯者は、まったく見返りを求めずに、わたしを助けたりしない。
「やっちゃんは、いつも人の悪口ばかり。相手を尊重しようともしないやっちゃんのほうが、ずっと卑怯者だよ」
「はあ?」
切れ長の目の横が、ぴくぴくと痙攣する。
「なんで俺が、あのストーカーを尊重しないとならねぇんだよ。忘れたのかよ、ダメ子が。あのクソヘタレは、お前をストーキングしていたんだろうが」
それは確かにそう。だけど。
「一ノ瀬さんは、やっちゃんのこと、一回も悪く言ったことないよ!」
珍しくわたしが大声を出したからか、やっちゃんは少し怯んだ。
「……わたしのことも。一ノ瀬さんはどんなに辛辣なこと言われても、絶対にわたしを悪く言わなかった」
一ノ瀬さんが悪く言う相手は、自分だけ。いじめてきた相手にだって、見返してやろうとは思っても、人格を否定したり貶したりなんてしない。
「わたしは確かにダメ子だよ。自覚してるよ。だけど、それを彼氏が言ったら、わたしは自信を取り戻す場所が、どこにもなくなっちゃうよ……」
本音と一緒に涙が溢れ出て、呼吸するたびに鼻水がずびずびと音を立てた。
わたしはきっとこれからも、周りの誰かの笑顔のために、自分を犠牲にするんだろう。それは性格だから、そうそう治らない。
でも、だから、好きな人は、すり減ったわたしを守って包み込む、シェルターのような存在であって欲しい。わたしも、大切な人にとって、そういう存在でありたい。
「気持ちわる」
やっちゃんは吐き捨てるように言った。
「ちょっと可愛い顔してると思ったから付き合ってやったけど。しょせんダメ子だな。お前みたいなやべぇやつ、あのクソヘタレがお似合いだ」
足早に去っていく背中。それを見届ける心の中が、意外にもすっきりしていることに驚いた。口汚く罵られたのに、腹も立たない。
思えば、これまでずっとそうだった。ドタキャンされても、しかたないかと納得して、悲しくもならなかった。
わたしは涙と鼻水を袖口でぐいっと拭いて、深呼吸した。スマホを取り出す。
直接の連絡先はわからない。でも、お気に入りのお店の電話番号なら、知っている。
うなだれた先の視線に、スニーカーのかかとを踏み潰す、派手なオレンジ色のソックスが見える。
「おい、ダメ子」
三歩どころか五歩も前を行くやっちゃんが、意気揚々と言ってくる。
「俺に感謝しろよ。これでもうあのストーカー野郎が、お前の前に現れることもないだろうからな」
ああ、そうか、とぼんやり思う。
一ノ瀬さんはもう、二度とわたしをつけ回さない。
ひどいことを言われて、ひどい仕打ちをされるのを、わたしはただ見ていた。あんなに良くしてもらったのに。幻滅したに決まっている。
「偶然にも俺が通りかかってよかったよなぁ」
「うん……」
そうだ。よかったんだ。
わたしなんかにつきまとったところで、一ノ瀬さんにメリットなんて一つもない。
「いつもは気づかれたらびゃっと逃げ出すくせによ。人の女を連れ出しやがって」
「それは……」
一ノ瀬さんはただ、夜道を一人で帰るわたしを心配してくれただけのこと。
「卑怯もんのクソヘタレが。生意気に」
「卑怯……?」
「お前も、素直にくっついて行ってるんじゃねぇっつうの。だから、俺にダメ子だって言われるんだろが」
「あのタルト……カフェのシェフさんが、忙しいのにわざわざ作ってくれたんだよ」
やっちゃんが足を止める。怒った顔で振り向いた。
「はあ? 今そんな話、してねぇだろ」
「わたしはあのお店の人たちとは、厳密には何の関係もない。それなのに、困ってるってだけで、助けてくれたんだよ」
一ノ瀬さんがわたしの前に出てきてくれたのは、わたしを助けるためだ。階段から転げ落ちそうになるのを。求めるタルトが見つからないのを。
自分が責められるかもしれないリスクを背負って。
「一ノ瀬さんは、卑怯者なんかじゃない」
卑怯者は、まったく見返りを求めずに、わたしを助けたりしない。
「やっちゃんは、いつも人の悪口ばかり。相手を尊重しようともしないやっちゃんのほうが、ずっと卑怯者だよ」
「はあ?」
切れ長の目の横が、ぴくぴくと痙攣する。
「なんで俺が、あのストーカーを尊重しないとならねぇんだよ。忘れたのかよ、ダメ子が。あのクソヘタレは、お前をストーキングしていたんだろうが」
それは確かにそう。だけど。
「一ノ瀬さんは、やっちゃんのこと、一回も悪く言ったことないよ!」
珍しくわたしが大声を出したからか、やっちゃんは少し怯んだ。
「……わたしのことも。一ノ瀬さんはどんなに辛辣なこと言われても、絶対にわたしを悪く言わなかった」
一ノ瀬さんが悪く言う相手は、自分だけ。いじめてきた相手にだって、見返してやろうとは思っても、人格を否定したり貶したりなんてしない。
「わたしは確かにダメ子だよ。自覚してるよ。だけど、それを彼氏が言ったら、わたしは自信を取り戻す場所が、どこにもなくなっちゃうよ……」
本音と一緒に涙が溢れ出て、呼吸するたびに鼻水がずびずびと音を立てた。
わたしはきっとこれからも、周りの誰かの笑顔のために、自分を犠牲にするんだろう。それは性格だから、そうそう治らない。
でも、だから、好きな人は、すり減ったわたしを守って包み込む、シェルターのような存在であって欲しい。わたしも、大切な人にとって、そういう存在でありたい。
「気持ちわる」
やっちゃんは吐き捨てるように言った。
「ちょっと可愛い顔してると思ったから付き合ってやったけど。しょせんダメ子だな。お前みたいなやべぇやつ、あのクソヘタレがお似合いだ」
足早に去っていく背中。それを見届ける心の中が、意外にもすっきりしていることに驚いた。口汚く罵られたのに、腹も立たない。
思えば、これまでずっとそうだった。ドタキャンされても、しかたないかと納得して、悲しくもならなかった。
わたしは涙と鼻水を袖口でぐいっと拭いて、深呼吸した。スマホを取り出す。
直接の連絡先はわからない。でも、お気に入りのお店の電話番号なら、知っている。
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