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第3話
桃ではないのよ栗なの
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「や、谷中くんと話したの?」
スマホがちゃんと動いて安堵するわたしの二、三段下で、あいかわらず顔を真っ赤にした彼がバッグを拾い上げた。菌が、なんて言っていたわりに、念入りに埃を払ってくれている。
なんとも不思議な感じ。わたし今、自分のストーカーと会話している。
目が合うと逃走していた彼は、いざ話せば、意外と普通にやり取りができる。若いながらもお店を持って経営しているわけだし、恋愛にあんまり免疫がないだけで、実はちゃんとした常識人なのかも。
そんなことを考えていたら、うっかり返事を忘れるところだった。
「えっと、ランチを食べていたお店で、たまたま会って……」
手の中でスマホが震えた。
突然だったから、びっくりして落としそうになる。
画面に表示されたメッセージを見て、冷や汗が吹き出た。ドクロマークのスタンプ一つ。もはや言葉ですらない。
「やややややばい。モモモモモ」
崇高な使命を仰せつかっているわたしに、立ち話をしている余裕などないのだった。
「桃?」
「モンブランのタルトを見つけないといけないの。まだやっていそうなお店に望みをかけないとならないから、ごめん、わたし行くね。助けてくれてありがとう」
もう一度お礼を言って、バッグを受け取ろうと彼に向かって手を伸ばす。
彼はバッグを差し出さない。なんだか変な顔をしている。
「それ、もしかして彼氏さんが?」
「あぁ、うん、そう。あれ? やっちゃんのこと知ってる?」
問いかけてから、ああ、そういや彼はストーカーだ、と思い直した。愚問だ。
彼は口元だけに笑みをたたえて言う。
「もちろん。むしろ知らないことがない僕でいたい。多恵子ちゃんのことなら、どんな小さな情報も見逃さないように、朝だろうが夜だろうが時間の許す限り、血眼で観察して」
「うをほほほほほ怖いよう。常識ある人の考えではありませんでした」
彼はおずおずと尋ねてきた。
「タルト? ただのモンブランではだめなんだ?」
「え? あ、うん。栗を使ったタルトならいいんだけど……モンブランは歯応えがないから嫌なんだって」
その理由に違和感を覚えたことなかったけど、改めて声に出して第三者に説明してみると、どことなくおじいちゃんの言い分みたいである。
「ぴちぴちですよ」
「え? 何が?」
戸惑う彼に、わたしは笑って誤魔化す。
「この時間では、もう厳しいんじゃないかな。モンブランだったら大抵の店で出しているし、残っている可能性もありそうだけど」
さっきよりもさらに萎縮して、こわごわと彼は言った。自分の意見を述べることが、まるで悪いことであるかのよう。
「やっぱりそうかなぁ」
たはは、と力なく笑うほかない。
でも、もう少し足掻いてみよう。手ぶらで帰れば、きっとやっちゃんはがっかりする。
彼はこぶしを顎に当てて、考え込んでいる。
「あの、わたしそろそろ」
わたしが再度バッグに手を伸ばすと、口を開いた。
「谷中くんに頼んでみようか」
「え?」
あの無愛想で距離感近すぎで、人を見下したシェフに?
心の中で驚いたつもりだったのに、どうやら声になって出ていたらしい。彼は苦笑いだ。
「愛想はないけど、根は優しいんだ。頼めば、きっと作ってくれると思う」
「え!」
なんと。あの彼はスイーツまで作れるらしい。パティシエと呼ぶべきだろうか?
「でも……それは嬉しいけど、迷惑じゃないかな」
「迷惑だ、とは言われるだろうね」
「あああ、目に浮かぶ」
「ふふ。でも、はっきりそう言われちゃうと、なんとなく気が楽になる。僕なんかはだけど」
「あ、わかる気がするかも」
わたしのセリフに、彼ははにかみながらも嬉しそうに笑う。
「じゃあ、もし時間が許すようなら、お店に寄ってもらえる?」
「うん。ありがとう。お願いします」
意外と話せるどころか、穏やかで話しやすい。顔のパーツがどれも美しくて配置も完璧な彼は、笑ってもそれが崩れないものだから、目にも健やか。
改めて、どうしてこんな人が、わたしのストーカーなんてしているんだろう。
にこにこと笑い合っていたかと思うと、彼は急に青ざめた。空気を切る音が聞こえるほどの素早さで、はるか後方に退く。
「わわわわわわ! ごごごごごごめんなさい! 僕なんかが気軽に多恵子ちゃんと話すとかかかかか!」
「うーん。なんとなくその理由がわからないでもないような」
スマホがちゃんと動いて安堵するわたしの二、三段下で、あいかわらず顔を真っ赤にした彼がバッグを拾い上げた。菌が、なんて言っていたわりに、念入りに埃を払ってくれている。
なんとも不思議な感じ。わたし今、自分のストーカーと会話している。
目が合うと逃走していた彼は、いざ話せば、意外と普通にやり取りができる。若いながらもお店を持って経営しているわけだし、恋愛にあんまり免疫がないだけで、実はちゃんとした常識人なのかも。
そんなことを考えていたら、うっかり返事を忘れるところだった。
「えっと、ランチを食べていたお店で、たまたま会って……」
手の中でスマホが震えた。
突然だったから、びっくりして落としそうになる。
画面に表示されたメッセージを見て、冷や汗が吹き出た。ドクロマークのスタンプ一つ。もはや言葉ですらない。
「やややややばい。モモモモモ」
崇高な使命を仰せつかっているわたしに、立ち話をしている余裕などないのだった。
「桃?」
「モンブランのタルトを見つけないといけないの。まだやっていそうなお店に望みをかけないとならないから、ごめん、わたし行くね。助けてくれてありがとう」
もう一度お礼を言って、バッグを受け取ろうと彼に向かって手を伸ばす。
彼はバッグを差し出さない。なんだか変な顔をしている。
「それ、もしかして彼氏さんが?」
「あぁ、うん、そう。あれ? やっちゃんのこと知ってる?」
問いかけてから、ああ、そういや彼はストーカーだ、と思い直した。愚問だ。
彼は口元だけに笑みをたたえて言う。
「もちろん。むしろ知らないことがない僕でいたい。多恵子ちゃんのことなら、どんな小さな情報も見逃さないように、朝だろうが夜だろうが時間の許す限り、血眼で観察して」
「うをほほほほほ怖いよう。常識ある人の考えではありませんでした」
彼はおずおずと尋ねてきた。
「タルト? ただのモンブランではだめなんだ?」
「え? あ、うん。栗を使ったタルトならいいんだけど……モンブランは歯応えがないから嫌なんだって」
その理由に違和感を覚えたことなかったけど、改めて声に出して第三者に説明してみると、どことなくおじいちゃんの言い分みたいである。
「ぴちぴちですよ」
「え? 何が?」
戸惑う彼に、わたしは笑って誤魔化す。
「この時間では、もう厳しいんじゃないかな。モンブランだったら大抵の店で出しているし、残っている可能性もありそうだけど」
さっきよりもさらに萎縮して、こわごわと彼は言った。自分の意見を述べることが、まるで悪いことであるかのよう。
「やっぱりそうかなぁ」
たはは、と力なく笑うほかない。
でも、もう少し足掻いてみよう。手ぶらで帰れば、きっとやっちゃんはがっかりする。
彼はこぶしを顎に当てて、考え込んでいる。
「あの、わたしそろそろ」
わたしが再度バッグに手を伸ばすと、口を開いた。
「谷中くんに頼んでみようか」
「え?」
あの無愛想で距離感近すぎで、人を見下したシェフに?
心の中で驚いたつもりだったのに、どうやら声になって出ていたらしい。彼は苦笑いだ。
「愛想はないけど、根は優しいんだ。頼めば、きっと作ってくれると思う」
「え!」
なんと。あの彼はスイーツまで作れるらしい。パティシエと呼ぶべきだろうか?
「でも……それは嬉しいけど、迷惑じゃないかな」
「迷惑だ、とは言われるだろうね」
「あああ、目に浮かぶ」
「ふふ。でも、はっきりそう言われちゃうと、なんとなく気が楽になる。僕なんかはだけど」
「あ、わかる気がするかも」
わたしのセリフに、彼ははにかみながらも嬉しそうに笑う。
「じゃあ、もし時間が許すようなら、お店に寄ってもらえる?」
「うん。ありがとう。お願いします」
意外と話せるどころか、穏やかで話しやすい。顔のパーツがどれも美しくて配置も完璧な彼は、笑ってもそれが崩れないものだから、目にも健やか。
改めて、どうしてこんな人が、わたしのストーカーなんてしているんだろう。
にこにこと笑い合っていたかと思うと、彼は急に青ざめた。空気を切る音が聞こえるほどの素早さで、はるか後方に退く。
「わわわわわわ! ごごごごごごめんなさい! 僕なんかが気軽に多恵子ちゃんと話すとかかかかか!」
「うーん。なんとなくその理由がわからないでもないような」
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